隠れた秋猫は星を追って

王子

隠れた秋猫は星を追って

 九月九日、午後八時三十分。緊急メンテナンスは予定時刻を大幅に過ぎても終わっていなかった。お知らせによれば終了予定時刻は午後八時だった。続報が無いまま三十分経過している。

 メンテが長引くこと自体は特段珍しいことではなかった。このアプリゲームはしょっちゅう緊急メンテが入る。その度に予定よりも大幅に時間をオーバーし、プレゼントボックスに詫びアイテムを配布するのだ。

 メンテがよく入るのはイベント開始直後。リザルト画面で表示されるドロップ報酬画像がのっぺらぼうだったこともあるし、そもそもイベントページに入れないこともあった。ランキングに影響するイベントポイントが加算されなかったときなんて、テストプレイしていないのではないかと疑ったものだ。あまりにもお粗末な不具合が多いために、運営は詫び配布したがり過ぎ、プレゼントボックスにアイテムを投げる簡単なお仕事、と揶揄やゆされるほどだった。

 それでも一定数の固定ファンは離れずに残っていて、俺もその一人だった。

 このゲームは、本業を持っている数人のメンバーが同人活動の一環として運営しているそうだ。そう聞いてしまえば、なんとなく辞めてはならない気になってくる。イベントのときにちょちょいと走る程度のエンジョイ勢として、アンインストールすることなく、ずるずると毎日ログインボーナスを受け取っている。

 それにしても今回のメンテは、いつもとは少し違う気がした。

 直近のイベントが終わったのは昨日。新しいイベントのお知らせも来ていない。不具合の起こりようが無い。八時にメンテというのも珍しい。もしかして、新たな詫び配布方法を編み出したのだろうか。そんな冗談をツイートでもしてみようかと愉快な気分になった反面、一つ気がかりなこともあった。

 最近のイベントのランキングボーダー。ランキングイベントで限定報酬がもらえるのは上位入賞者だけで、決められた順位を下回れば参加賞程度の報酬しかもらえない。ユーザーはそのボーダーラインを争って必死にイベントを走るものなのだが……。ここのところイベントのボーダーが機能していない。不具合でランキングが更新されないという意味ではなく、イベント期間中に一度でもプレイすれば限定報酬の獲得圏内けんないに入ってしまうのだ。

 つまり、アクティブユーザーのが深刻なのだ。

 アプリゲームの売り文句に「ウン万ダウンロード突破!」なんてのはよくある話だが、ダウンロードされた数と実際にプレイしている人数は一致しない。アンインストールされた数は不明だ。プレイ人口が減れば広告収入も課金も集まらなくなり、行き着く先はサービス終了だ。

 今回のイレギュラーな緊急メンテは、もしや。

 もし、このゲームがサービス終了したら、フレンドのみんなとお別れだ。顔を見たことは無いフレンド。それでもイベントのときには、お互いのためサポート枠にイベ特効キャラクターを据え、一緒に限定報酬を目指して走る。イベントが終わればツイッターで「イベおつでした」と言い合う仲だった。

 一番親しいフレンドのことが急に気になってきた。ツイッターのダイレクトメッセージを開く。宛先は、ユーザー名【あきねこ】さん。

『メンテ長いですね!』

 あきねこさんも待ちわびてスマホを握りしめていたのか、すぐに返信が来た。

『そうですね。いつものことですけど……』

『詫び缶待機ー!』

『ログインしたら、すぐに所持缶の数をチェックですね!』

 他のゲームでは石やらダイヤやらと名前が異なるが、要するにガチャを回したりスタミナを回復したりするために必要なアイテム、【かんづめ】。ユーザー間では【缶】と略している。

 やり取りを終えてから約三十分、九時を回ったときだった。

 ツイッターでゲームの公式アカウントからメンテ終了の知らせがあり、早速ログインを試みる。が、トップページは表示されても、そこから先のページに全く移動できない。「通信エラーです。リトライしますか?」のメッセージと共に、はい・いいえのボタンがあり、どちらのボタンを押しても同じメッセージが繰り返し表示される。アクティブユーザーの数は少ないはずなのに、サーバーが弱いのか一斉のログインには耐えられないようだ。

 時間をおいて、ようやくトップページの先に進むことができた。

 お知らせがポップアップされる。赤い太字で『重要なお知らせ』との題字。

 まさか。

 どうせサーバーに重大な障害が……とか、以前配布したキャラクターの性能に重大なバグが……とか、そんなところだろう。と思いたかったが、目の前の赤文字にはどうしようもなく緊張感がにじんでいるように思えた。

 頭の中でサイレンが鳴り響く。読むな。読むな。読むな。それでも、読むしかない。

 胸の鼓動を大きく感じながらメッセージに目を走らせた。


 あきねこさんは、俺と同じく【にゃんだふるオーケストラ!】の事前登録ユーザーだ。サービス開始前にユーザー登録を済ませるとパスコードが発行され、限定キャラクターと引き換えられる。あきねこさんは、その限定キャラクターを持っていたのだ。

 ゲームの略称は【にゃんオケ】で、公式もそう呼んでいる。いわゆる音楽リズムゲームだ。画面の上から肉球の形をしたマーカーが降ってきて、画面下に並んだ肉球のマークと合わさったときにタップする。判定タイミングでぴったりタップできれば、曲に合わせて「にゃあ」と猫の鳴き声がする。鳴き声はきちんとドレミの音階が付いているので、まるで猫の合唱団が歌っているようになるのだ。それならばオーケストラではなくコーラス隊なのでは? などとツッコむのはすいというものだ。

 他のソシャゲがそうであるように、このゲームも、キャラクターもとい猫を入手する方法としてガチャがある。一番高いレア度は星5で、排出確率は十パーセント。他のソシャゲと比べれば高めの設定だ。

 初期状態の猫メンバーは、星1が四匹と、星2が一匹。事前登録特典の限定猫は星3が一匹だった。初回のみ、かんづめを消費せず無料で十連ガチャを回すことができる。ガチャから排出されるのは星2以上なので、星1の猫は歌うことなくお役御免となってしまうだろう。

 星1の四匹は、それぞれ春夏秋冬をイメージした背景に、シルエットで描かれている。顔は無い。バグでのっぺらぼうなのではなく、そういうデザインだ。そのすらりとしたシルエットが好きで、ガチャを引いた後もしばらくそのままにしていた。

 猫のイラストは詳細情報を表示するとイラストレーターが分かるようになっていた。実装されている星1の猫は四匹だけで、全て【亜声INK】という人によるイラストだった。名前に【インク】が入っているなんて、イラストレーターらしい。亜声は【あせい】ではなく【あこえ】と読むらしい。クリエイターの感性は独特だ。

 特にお気に入りだったのは秋のイラストだ。画面の奥からぐるりと渦を巻くように枯葉が舞っている。枯葉はこちらに近付くほど濃い橙を帯び、遠近法によって大きく描かれている。それを見上げるように座っている白猫の後ろ姿。猫の両脇には、枯れて色を失った草がびしく傾いている。

 春、夏、冬も、それぞれ印象的な場面を切り取っていて、素人目から見てもセンスが良いと思った。星5のイラストはツイッターでも人気のイラストレーターが担当しているようで、そちらと比べてしまうと、どうしても力量の差を感じざるを得ないけれども。

 運営はイラストの利用におおらかで、ツイッターアイコンとして使うこともできたし、コメントを添えて投稿する機能もあった。俺もお気に入りの一枚を投稿した。

「この子が最推しです! #にゃんオケ」

 ツイートして五分と経たないうちに、いいねが付いた。

 これが、あきねこさんとの出会いだった。

 あきねこさんは、俺が投稿したのと同じイラストをアイコンにしていた。名前はわざわざ「あきねこ」に変えたのだろうか。好きなものを共有できるのは、なんとなく嬉しいものだ。

 それからは、ガチャの結果をツイートして一喜一憂し合ったり、イベント終わりにはお互いの健闘を称え合ったり、実装されている曲でどれが好きなのか語り合ったりした。日常のツイートにリプライを送る仲にもなった。顔も年齢も性別も分からないけれど、好きなコンテンツをとおして繋がる上で、そんなことは何の障壁にもならないのだ。

 ガチャを引くために必要なかんづめが、かなり集まっていた頃。

 それはそれはかわいい猫が追加された。【星5 メインクーン】の降臨こうりんである。

 メインクーンはイエネコの一種で、【ジェントルジャイアント――穏やかな巨人】の愛称を持つ。鼻先から尻尾の先までが一メートルに及ぶものもいる、大きくて、もふもふの長毛種だ。イラストのメインクーンは、雪のように白く大きな体に、アクアマリンと琥珀を埋め込んだようなオッドアイ、ルビーをはめこんだ可憐なティアラを頭に載せ、どっしりとしたたたずまいと相まって女王の風格を感じさせた。名前を並べ替えると「クイーン」の文字が見出だせることすら運命のようである。これはこじつけか。

 ガチャ画面への誘引力は過去最強だった。当然のように十連ボタンを押す。

 目指すは、十パーセントの向こう側!

 小さな猫達がにゃあにゃあ鳴きながら画面端を埋めていく。新しくやって来る仲間を見守るように。画面中央がキラリと光って「にゃ~ん」という鳴き声と共に、一匹目が現れる。【星4 サイベリアン】。

 お前、もふもふだけど、今じゃない!

 だがしょぱなから星4というのは好調の滑り出しだ……と思ったが、その後は、星3が三匹、星2が五匹と排出され、残すところは、最後のレア枠のみとなってしまった。この一枠だけは、星4以上が確定で排出される。意味は無いと分かっていながら、両手を擦り合わせて画面を拝む。

 キラリンとエフェクトが光る。続けざまに、画面全体に星が降る演出。なんだこれ、見たこと無いぞ。突然の暗転。何が起きているのか分からないまま呆然としていると、画面の中央に文字が走った。

 Please love me!

 I'm……

 Maine Coon!!

 英語は苦手だ。なんて読むんだこれ? と目をらしていると、画面が明るくなる。映し出されたのは、待ち望んでいた【星5 メインクーン】。

 言葉が出なかった。初めての星5。そうか、あの演出は、星5の排出のときだけ見られる特殊演出だったのだ! メインクーンの英語表記を見ると、Queen を構成している文字は n とeしかない。クイーンとは一切関係無いじゃないか。自分の無知を恥じる。

 胸が高鳴っている。この高揚こうよう感を味わうために人はガチャを引き続けるのだろう。なんて恐ろしい! ガチャは悪い文明!

 さっそくツイッターにガチャ報告をアップすると、あきねこさんからリプライが付く。

『おめでとうございます! かわいいですね~!』

 高いレア度を引き当てたガチャ報告はうとまれることもあるが、あきねこさんは祝福してくれる。出来たお人だ。なんて素晴らしいフレンドなのだろう。お礼のリプライを送らねば。

『@akineko_meow ありがとうございます! かわいがります!』

 ツイートボタンを押した後、不思議な感覚が残った。言葉にするのは難しい。一番近い感覚で言い表すなら、既視感。星5を引き当てたことで脳から変な物質がドバドバあふれているからかもしれない。きっと気のせいだ。

 猫メンバーの編成画面を開く。今までメンバーから外さずにいた星1の秋猫を、メインクーンに差し替えた。サポート枠もメインクーンにしておく。

 そういえば、あきねこさんだって星5を引いたことはあるはずだ。ツイッターで報告を見たことがあるし、そのときは俺から「おめでとうございます」とリプライを送った覚えがある。それなのに、あきねこさんのサポート猫は秋猫のままだった。名前に合わせてそのままにしているのかもしれない。随分なこだわりようだ。

 スマホを手から離しても、全力疾走した後のように胸は高鳴り続けていた。


 今は全く違う理由で鼓動は強く脈打っている。運営からのお知らせは、こうだ。


 猫コレクション&音楽リズムゲームアプリ【にゃんだふるオーケストラ!】は、本年、十月三十一日の午後九時をもちまして、サービスの提供を終了いたします。これまで多くのお客様にプレイいただきましたことを、運営一同、心よりお礼申し上げます。

 緊急メンテナンスが終了予定時刻を大幅に過ぎたお詫びとして【かんづめ十個】と、サービス終了に伴うお詫びとして【かんづめ四十個】を、プレゼントボックスに配布いたしました。

 ※かんづめは、プレゼントボックスから受け取らないと所持缶に加えられません。

 ※プレゼントボックスの受け取り期限は配布から三ヶ月です。


 寝耳に水、どころではない。寝耳にノルウェージャンフォレストキャットだ。

 いや、ふざけたことを考えている場合ではない。でも何を考えろというのか。

 サービスの終了はもう決定事項なのだ。

 とりあえず、詫び缶の配布を確認しておこうとプレゼントボックスを開く。

 ……なんだ! 配布されてないじゃないか!

 運営のドジっ子っぷり、ここに至ってまで発揮されるとは……と思ったが、所持缶の数を見れば明らかに増えている。いつもみたいにプレゼントボックスにではなく、所持缶に直接配布されたのか。お知らせを訂正するお知らせが、そのうち入るだろう。なんて間の抜けたお知らせだろうか。

 スマホが振動する。ダイレクトメッセージの通知だ。画面を開くと、あきねこさんからメッセージが届いていた。

『とても残念です……。せっかく親しくなれたので、サービスが終わっても仲良くしていただけると嬉しいです』

 俺も全く同じ気持ちだ。

 アクティブユーザーが減ってきても、数曲でも演奏すればイベントの上位に食い込めてしまうようになっても、それでも俺は、あきねこさんは、このゲームに愛着を持って留まってきたのだった。そこにフレンドとの繋がりが大きく関わっていたのは間違いない。たとえゲームから始まった繋がりであっても、俺達は、今やゲームを超えたフレンドと言ってもいいんじゃないか。

 ふいに、星1イラストの亜声INKさんのことを思い出した。自分が生んだ猫達が消えていくのをどんな気持ちで見守るのだろう。メインクーンに差し替えたことを少し後悔した。

 お知らせの衝撃はまだ受け止めきれないが、あきねこさんに返信する。

『突然でしたね。亜声INKさんの秋猫イラストも消えちゃうんですよね、残念です……。こちらこそ今後とも仲良くしてください!』

 送信ボタンを押そうとして、またあの既視感にも似た感覚がよみがえった。

 自分の文面を声に出して読み返してみる。既視感は消えるどころか強まった。

 そして、送信先のアカウント。宛先は 「akineko_meow」 ……。

 瞬間、メインクーンの演出が思い起こされた。

 メインクーンは女王じゃなかった。だけど。既視感の正体に理由を見出した。

 気付きに連鎖するように違和感が首をもたげる。過去のダイレクトメッセージ。確かあのとき、あきねこさんは……。やり取りを確認する。やはり。記憶は正しかった。手掛かりはわずかな隙間に隠れていた。

 俺はついに、一つの可能性にたどり着いた。

 返信の文面を入力し直す。

『秋猫イラストが消えちゃうの、残念です。ところで、あのイラストを描いたのは、あきねこさんですね?』

 あきねこ、亜声INKとも称しているであろうフレンドからの返事は早かった。

『どうしてですか』

 意味不明な指摘に困惑しているのか、俺の推測に理由を求めているのか、文面からは読み取れなかった。いずれにせよ、俺の発見を述べることにする。

『まずは、名前です。亜声INK……ローマ字に直すと akoeink です。並べ替えると、あきねこさんのアカウント名に入っている akineko になります。単純なアナグラムです』

『偶然じゃないですか』

 あきねこさんの感情はまだ読み取れなかった。文字というのはなかなかに不便なものだ。突然始まった推理ごっこに困惑しているのか、それとも隠しとおすつもりなのか。

『もう一つは、運営からの詫び缶。お詫びは今回、所持缶に配布されました』

 一旦ここで区切って送信する。

『まだ確認してませんけど、それのどこがおかしいんですか』

 どうやら俺の予想は的中したようだ。おかしいと思わなかったことが既におかしいのだ。一般のユーザーなら違和感を覚えるはずなのだ。

『あきねこさんも読んだとおり、お知らせでは、詫び缶はプレゼントボックスに配布されると書いてありました。今まで何度も見てきた、いつもどおりの文面です。それなのに今回は、所持缶に直接配布されたんです。おかしいと思いませんか』

 うっかりミスは運営の伝統芸だ。でも、今回ばかりは。

 返信が途絶える。五分ほど経って、メッセージが届く。

『私が、、と言ったからですか』

 ようやく気付いてくれた。そのとおりだ。

 お知らせが出る前から、あきねこさんはそう言っていた。詫び缶はいつもプレゼントボックスに配布されるのに、なぜ『所持缶の数をチェック』と言ったのか。なぜ俺の言葉に違和感を覚えなかったのか。

 それは、に他ならない。

 訂正のお知らせは、どんな文面で出るだろうか。

『プレゼントボックスに配布するとお知らせしましたが、誤って所持缶へ直接配布してしまいました』

 だろうか? いや、そうじゃない。

『プレゼントボックスへの配布というお知らせは誤りで、正しくは所持缶への配布でした』

 となるはずだ。結果的には同じだが、運営の意図を考えれば文面は違ってくる。

 サービス終了のお詫びとして配布する詫び缶を、受け取り期限が三ヶ月のプレゼントボックスに配布するのは不親切だ。サービス終了まで二ヶ月弱しかないのに。うっかりミスの多い運営でも、そのくらいの分別はあるだろう。所持缶へ配布しようと決めていたに違いない。

 運営は配布先を誤ったのではない。お知らせ文を誤ったのだ。恐らく文面の後半は、何度も使ってきたお詫び文のテンプレートをコピペしたのだろう。運営はもとより所持缶に直接配布するつもりだったし、実際、間違えずに配布した。しかし、テンプレを使ったためにお知らせの文面を間違った。

 といっても、これは予想に過ぎない。状況を見るに当たっているだろうが、証拠は無い。事実を確かめるなら本人に直接尋ねるしかない。

『詫び缶の配布先を事前に知っていたのは、あきねこさんが運営の一員、もしくは運営にとても近しい人がいるからですか』

 運営が配布場所をミスっただけで私は無関係だ、なんて答えが返ってきたら、もう追及するのはやめよう。確かめようが無いことだから。

『私は運営の人間ではありません。ただの星1イラストレーターですよ』

 ただの……そんなことを言わせるつもりはなかった。傷付けてしまっただろうか。何と言えばいいのか分からない。「星1でも素敵なイラストです」か? それとも「ゲームのイラストに携わったこと自体立派じゃないですか」か? そんな言葉はなんの慰めにもならないだろう。あきねこさんだって星5を描きたいに決まっている。より輝きの強い星を追い求めるのは当然だ。

 今後の関係を壊さないためにも、やはり問いただすべきではなかったか……と悔やんでいると、もう一通メッセージが届く。

『でも、私の父は運営責任者です。サービス終了の件も、詫び缶の配布先も聞かされていました。誰にも口外しないよう言われていたので黙っていました。あきねこアカウントは、亜声INKの隠れアカウントです。イラストレーターとしてではなく、一人のゲームユーザーとしてフレンドさんと繋がりたかった。私のうっかりミスで全部バレてしまいましたが。親子そろって、うっかり者ですね』

 父は運営責任者という破壊力のある言葉に面食らったが、納得できた。ツイッターで亜声INKではなく、あきねこを名乗っていたのは、そういうことだったのか。

 またメッセージが届く。

『父から謝られました。私がイラストレーターとして活動できる場を守れなかったって。そんなの気にしなくていいのに。イラストレーターが活躍する場は他にも沢山あるし、私にもっと実力があればいいだけの話だし』

『俺は本当に、亜声INKさんのイラストが好きですよ』

 本心だった。俺は亜声INKさんのファンであり、あきねこさんを最も大切なフレンドだと思っている。たとえゲームでの繋がりが絶たれても、ゲームを超えたフレンドであり続けたいと願っている。

『秋猫は、私もお気に入りの子です。ツイッターで最推しだって言ってもらえて本当に嬉しかったんです。そういえば、サポート枠、メインクーンちゃんに変えてましたよね』

 痛いところを突かれギクリとする。何と返せばいいものかと迷っているうちに、一通受信。

『ごめんなさい、意地悪を言いました。星5にふさわしい実力を付けて、いつか他のゲームでも描かせてもらえるように頑張ります! 改めて、これからも亜声INKをどうぞよろしくお願いします。あきねことも今後もお友達でいてくださると嬉しいです』

『もちろんです! こちらこそ今後も仲良くしてください』

『サービス終了の日、運営からプレゼントがあるのでお楽しみに。他の人には内緒ですよ。大切なフレンドさんだけに、特別なお知らせです』


 十月三十一日。日付が変わったのを確認してゲームを起動し、お知らせを読む。


 本日をもちまして、サービスの提供は終了となります。

 そこで、全てのユーザー様に、本日限定の猫ちゃんをプレゼントします!

 限定猫ちゃんは、プレゼントボックスではなく控え室に直接お贈りします。

 イラストは長押しすることで端末に保存できます。

 ぜひ、最後まで猫ちゃん達との合唱をお楽しみください。


 控え室の画面には、お知らせどおり限定猫が仲間入りしていた。最後にミスが無くて良かった。オーケストラではなく合唱だと認めてしまっているが、まあよしとしよう。

 レア度は、なんと星5だ! 拡大表示すると、画面いっぱいにイラストが表示される。

 赤く色付いたもみじの葉が、秋風に吹かれて舞っている。後ろ足で立ち上がった白猫が、一葉にじゃれついている。シルエットで描かれた猫は、つばの広い大きなとんがり帽子を被っていた。魔女の使い猫のようだった。なるほど。限定猫は、ハロウィン秋猫というわけだ。

 詳細情報を見ると、イラストレーターは亜声INKさんだった。星1の秋猫と比べると、格段に上手くなっているのが分かる。このゲームがリリースされてから、ずっと腕を磨き続けていたのだろう。星5猫として、堂々たる仕上がりだと思う……が、どうだろう、俺には絵の良し悪しはよく分からない。

 フレンド達のサポート枠を見れば、もうハロウィン秋猫がずらりと並んでいる。もちろん、あきねこさんも。

 サポート設定画面を開く。かわいいかわいいメインクーンちゃんに「ありがとう」と声をかけて、新たな推し猫、ハロウィン秋猫と差し替えた。

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