兄と姉の結婚

 1501年、兄のヨアヒムと姉のアンナの結婚式を、1カ月前に控えた7月13日に、母マルガレーテが亡くなった。そのため、兄と姉の婚礼は延期されることとなった。

 結局、兄と姉の結婚式は1502年4月10日にシュテンダールにて、シュレースヴィヒ司教のヘニンヒ・フォン・ポクヴィッシュを呼んで執り行われた。

 この二重結婚は莫大な出費をかけて贅沢なものとなった。しかし、この婚礼費用はリューベックの大商人マティアス・ムーリッヒが調達したらしい。ムーリッヒという男は大した商人のようだ。



 「姉上が遠くに行かれてしまうのは寂しいでしょう?」


 アダム・フォン・トロットが話しかけてくる。トロット家が側に送りこんできた1つ年上の男は、いつも一番近くにいる。


 「そうだな。兄上とも仲が良いが、姉上も優しいから、嫁いでしまうのは寂しい」


 「アル様がそんなこと仰るなんて珍しい」


 アダムが意外そうな表情を浮かべながら小馬鹿にしてくる。ちょっと腹が立つな。


 「とでも言うと思ったか?俺は姉上に付いて、シュレースヴィヒ=ホルシュタインへ行くぞ」


 「へ?」


 アダムが間抜け面を晒すので、少し噴き出してしまった。


 「兄上と姉上からも了承は得ている。兄上からすれば穀潰しの弟がいなくなるし、姉上も寂しくないから良いだろう。

 俺の夢は昔から船乗りになるのが夢だったのは知ってるだろ?インドへ行くなら、海の近くに住んでた方が機会はあるさ!」


 アダムのヤツは唖然として間抜け面を晒したままだ。アダムを放っておいて、俺は目的の人物を探す。


 俺の目的の人物は、兄と姉の婚礼費用を調達したリューベックの大商人マティアス・ムーリッヒだ。

相当な御大尽なのか、近くの人間に尋ねると、すぐに見つけることが出来た。

 豪奢な服装をしているが、痩せぎすだが、爛々と輝く大きな目と大きな鷲鼻が特徴的な男だった。


 「貴方がムーリッヒ殿ですか?私はヨアヒムとアンナの弟のアルブレヒトと申します。この度は、兄と姉のために御尽力してくださったそうで、ありがとうございます」


 「おぉ、ブランデンブルクの侯子様でございますか。私はリューベックのマティアス・ムーリッヒと申します。

 こちらこそ、このような盛大な婚礼にお力添えさせていただきましたこと、感謝いたします。

 以後、お見知りおき下さいませ」


 マティアスが丁寧に応えてくれる。しかし、その目は俺を品定めするような目であった。


 「こちらこそ、是非とも懇意にさせていただきたいものです。

 私はこの度、姉上に付いてシュレースヴィヒ=ホルシュタインに赴くつもりなので、是非とも良しなにお願いしたいものです」


 「ほぅ。姉上に付いていかれるなど、珍しいですな」


 マティアスは少し驚いたようだが、すぐにこちらを探るような目で見てくる。


 「私は船乗りになってインドに行くのが夢なのです。次男と言う気楽な立場ですし、兄も結婚しましたからね。海の近くのほうが、船乗りになる機会があるかもしれないでしょう?」


 「侯子様が船乗りなど御冗談を」


 マティアスは笑うが、こちらの様子を観て、冗談では無いと分かったのだろう。


 「シュレースヴィヒ=ホルシュタインならリューベックは近いですからね。今度とも良しなにお願いしますよ」


 俺はマティアスに笑いかけて、その場を去った。去っていった俺の背中、マティアスはその大きな目で見つめるのだった。


 姉は、やはり不安だったらしく、俺が付いてくるのを喜んでくれた。

 姉のアンナには、夫のフレゼリクから寡婦財産として、キール城とキール市が与えられるらしい。

 アンナはキールを夫が選んだ代官に任せようと思っていたそうだが、俺に任せてくれるそうだ。

 ブランデンブルクにいても穀潰し、シュレースヴィヒ=ホルシュタインに行っても穀潰しでは姉の評判に関わるから、アンナには感謝の気持ちしかない。

 アンナの花嫁持参金も、期限通りに全額支払われた。これも、ムーリッヒの尽力の賜物だろう。お陰様で、アンナのシュレースヴィヒ=ホルシュタインでの評判を高めることとなった。

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