召喚女子高生・ユヅキ

MaiKa

第1話

 世の中、ムカつくことばかりだ。

 蒼衣あおい柚月ゆづきは唇を噛む。

 何故、こんなことになったのか。

 ここへ来る度、そう思わずにはいられない。

 あばら家と表現するのが適切と思われる廃墟。そこから少し離れた場所に柚月は立っている。

 どこにでもいそうな女子高生。と、いうには語弊があった。

 ブラウスに赤いリボン。ベージュのカーディガンに風に揺れるスカート。そこまでなら何の違和感もない少女だが、足元のショートブーツだけが不自然だった。さらに言うなら、肩のあたりで切り揃えられたブラウンの髪は、光の加減でさらに赤みを増す。顔立ちも平凡ではあるが、強い煌めきを放つ瞳は猫科の動物を思わせた。とどめには、眉間に皺を寄せ、薄い唇はへの字に曲げている。機嫌は、とてつもなく悪そうだった。


「ここだな」

 乾いた風の中でも、よく通る声が響く。

「彼らは大貴族の姫を拐かした盗賊だ。いつものように遠慮はいらない。連中の鼻っ柱を折ってやれ」

 声の主は、彼女ではない。

 柚月の隣に立つ、白袴姿の青年だった。物騒な物言いとは裏腹に、覇気のない声音である。

 柚月は痙攣しそうになる眉を必死にこらえ、視線を横に滑らせた。

 いつ見ても『ムカつく』といった感想以外、柚月は思いつかない。

 歳は、二十代前半だろうか。

 色白で、華奢な印象の青年だ。線が細く、整った顔立ちからは中性的な雰囲気を醸し出している。薄く開かれた漆黒の双眸は眠たげで、何を思っているか読みにくい表情。だが、彼ならば憂いを感じさせる艶っぽさがあった。


 いっそ殴り倒したいくらいの眉目秀麗といった表現が相応しい男性。

 胸元には、水晶の数珠が幾重にも幾重にも巻きつけられている。端目からすれば神主なのか坊主なのか判断に迷う。


 そんな彼に向かって、柚月は右手を差し出した。

「漣。なんか武器ちょうだい」

「いやだ」

 間髪入れずに吐かれた、いっそ清々しいまでの拒絶。柚月の眉がぴくりと跳ねた。

「丸腰で行けっての? その腰の太刀は飾りか、コラ」

 チンピラのような挑発にも青年は動じない。冷めた表情で、視線すら動かさずに告げた。

「君みたいな狂犬に刃物なんか渡したくない」

 あくまで断固拒否する。

 柚月のこめかみにビシッと青筋が浮かんだ。

「なんですって? よく聞こえなかったわ」

「君みたいな狂犬に刃物なんか……」

「同じこと二度、言わんでいい!」

 先に耐えきれなくなったのは柚月の方だった。怒鳴りながら青年の胸ぐらを掴む。

「あんたねぇ、こうして何かっちゃ呼び出すけど、私にも生活があるの! その前に、女子高生なの! 未成年なの! バイト禁止の学校に通ってるの! 勉学に勤しむ現代日本の高校生をノーギャラで呼び出して悪人退治させるなんて……労働基準法どころか、人権無視よ! あんた、何様!?」

 一気にまくし立てた柚月に距離を詰められても、青年は眠たげな表情のままだ。

「初めて会った時、僕の名前は東雲しののめれんって教えたはずだけど」

「いつ、あんたの名前を訊き直したよッ!?」

 犬歯を見せて突っ込む柚月。

 さらなる迎撃体勢を強化したため、背後から近づく気配に気付かなかった。のび放題の葦を踏み、柚月たちに声をかける。


「おまえら……何者だ?」

 薄汚れた衣に、刃こぼれした太刀を手にしている三人の男。鋭い光を宿した瞳に、低い声音はお世辞にも友好的とは言えなかった。

 彼らは、青年の言っていた盗賊だ。柚月たちが派手に騒いでいたので様子を見に来たとは、露ほども思い至らない当人たちである。

「静かにしろ」

 突きつけられた白刃は、彼女頬に触れる寸前だった。それでも、柚月は動じない。

「ちょっと後にして! そろそろ、お互いの立場をハッキリさせようってとこなんだから!」

 条件反射的に、怒鳴り返す。青年に向き合ったまま、視線を寄越すことさえない。そんな物怖じしないリアクションが予想外だったらしく、男たちは戸惑う。

 一方の青年は、ゆったりとした動作で腕組みする。柚月の拘束など無意味に思えるほど。

「そうかな」

「そうよ! 今さらだけど、あんたと私の関係は!?」

「恋人」

「さらっと適当なことほざいてんじゃないわよ! 話をごまかすにしても突飛すぎ! ますます不信感が強まったわッ!」

 真顔でさらりと爆弾発言するも、柚月は真に受けたりしない。ヤツが本心を口にしないことは、わかりきっている。

「そんなことないよ。毎回、悪党を懲らしめる君の強さに惚れ惚れしてる……」

「ウソつけ! 呼び出す度に『怪力娘』だの『破壊神』だの言ってたのは、どこのどいつ!?」

 そこで、青年は初めて視線を逸らした。

 そっぽを向くなり、整った顔を盛大に歪めて舌打ちする。そのふてぶてしい態度に、柚月はぶるぶると怒りに震えた。即刻、ヤツの首を絞めてやりたい衝動にかられるが、かろうじてこらえる。


 落ち着け。

 落ち着くのよ、柚月。

 ここで怒ったら、いつもと同じパターンだ。

 これ以上、ヤツの好きにさせてなるものか。


 柚月は一度、大きな深呼吸をして握っていた拳に力を込めた。

 息もかかるほど近くに青年を引き寄せる。揺るがぬ漆黒の双眸を見つめ、柚月は穏やかな口調で語りかけた。


「あんた……女の子を都合いいウルトラな人扱いしてると、そのうち刺されるわよ」

「刺される? 君の場合、嬲り殺しの間違いだろ?」

「わかってるなら結構! さぁ、今ここでスッパリ気持ちよく白黒つけようじゃないの!」


 軽くドンッと突き飛ばして、柚月は一歩だけ下がり、距離をとる。ふたりはじっと睨み合い、周囲は不穏な空気に包まれた。盗賊の彼らも迂闊に口出しできないほどだった。


 だが、しかし。

 しばらく押し黙っていた青年が地味な反撃に出る。


「野蛮人」


 ブチイィィッ!

 柚月の中にある、何かが音を立てて切れた。その瞬間、たまりかねた盗賊たちが騒ぎ出す。


「いい加減にしろ、おまえたちッ!」

「騒ぐなって言ってんだろうがッ!」

「もう構うか! いっそ、殺っちま────……」


 興奮した男たちの恫喝にも、柚月は怯えどころか、驚きさえもしない。


 そっと胸ぐらを掴む手を離した。

 緩慢な動きで振り向くと、スカートからのびる足を高々と持ち上げる。まるで、わざとらしい野球の投球フォームのようだ。

 盗賊たちが、白く細い足に見惚れること数秒。流麗な動きで、彼女のかかとが地面を打ち下ろされた。


 ドゴォッ!

 ありえない轟音とともに地面が大きく抉れた。

 地響きに似た激しい揺れに、盗賊たちは立っていられない。誰もが手にしていた武器を離して、四つん這いになる。

 次に幾筋もの亀裂が入り、隆起と陥没が同時に発生する。大量の地面の破片と砂塵が襲いかかり、視界を塞ぐ。


 彼らは、何が起きたかわからなかった。

 ようやく土埃が晴れ、周りの景色を見渡せる頃。地面の上に立っていた柚月に、男たちは瞠目した。彼女は、右足を踏ん張るような前屈みの姿勢で固定されている。しかも、腰まで地面に沈んでいる状態で。

 彼女を支点に大きな円を描くように地盤沈下しているのだ。目の前の光景に、盗賊たちは震えあがる。彼女は、かかと落としの要領で地盤を破壊した。


 まともに戦ったら、生命がいくつあっても足りない。


 恐るべき怪力を前にして、盗賊たちはそう直感した。


「あんたたち」

 ぽつりと呟く柚月の声に、男たち全員が肩を震わせた。

「『ちょっと後にして』って、言ったでしょ」

 射抜くような怒気を孕んだ鳶色の瞳。ただし、その視線は氷のように冷たい。


 彼らのとどめを刺すには十分だった。

 盗賊たちは、へなへなと地面に座り込む。

 崩れたあばら家から、ぼろぼろと何人か転がり落ちる。もともと、頑丈ではない建物だった上に地盤が大きく歪み、倒壊というより上下真っ二つにずれてしまったからだ。中にいた盗賊の仲間に、なす術はない。


「────はッ!」

 すぐに我に返った柚月が気付くも、後の祭りだった。

 側にいる男たちも、腰をぬかし、がくがくと震えている。彼らは、化け物を見るような目で柚月を見つめた。その表情以上に、彼女の顔からは血の気が引いていく。

「しまった……」

「どうせ、こうなるんだ。必要ないでしょ」

 何もかもを見透かしたように、ぼやく青年の声。

 文句を言うために柚月は振り返るが、すぐ側にいたはずの彼はいなかった。いつの間にか、少し離れた木陰の下で袴についた土埃を払い落としている。ちゃっかり自分だけ避難していたらしい。


 やっぱり、ムカつくな! この野郎!

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