一通目 『河原の娘』さんからのお便り

 小学生時代の夏休み、親戚の家族と一緒に河原カワラでバーベキューをした日の出来事です。

 その日は本当にいい天気で、カラッとした暑さでした。

 わたしは、叔父や従兄弟イトコたちと、キャンプ用のテントを組み立てるのを手伝っていました。

「こっちはもうだいじょうぶだから、バーベキューの準備をしておいで」

 叔父にそう言われて、わたしは叔母の待つところへ歩き出しました。

 でも、その途中、誰かに見られている気がしたのです。

 足を止めて、すぐそばを流れる川のほうを見ました。


 川の真ん中辺りに、若い女の人が立っていました。

 肩まで伸びた黒髪を、夏風になびかせて。向日葵ヒマワリ色のワンピースからのぞく素足を、水に浸して。


 最初は、その地域に住んでいる人かもしれないと予想しました。わたしたちと同じように、涼みに来たのかもしれないと。

 でも、女の人はその場からぴくりとも動こうとはしませんでした。まっすぐに立ったまま、ただじっとわたしを見つめていたのです。まばたきさえしないで、無表情で。

 顔色が蒼褪あおざめていて、両目もクマがひどくて落ちくぼんでいたような気がします。

 わたしは不思議に思って、身体カラダごと彼女と向き合いました。

「よかったら、いっしょにバーベキューしませんか?」

 そう呼びかけたかったのですが、なぜか声が全然出ませんでした。口や舌はちゃんと動いていたのに。

 叔父たちに聞いてみようかとも思いましたが、手や足も固まってしまっていました。

 不思議と怖さは感じませんでした。なんとなく、女の人はわたしに何か伝えたいんじゃないかという気がしていました。

 何十秒どころか何十分も見つめ合う感覚の中、女の人は、ついに口を開きました。


「私、まだ、ここにいる?」


 暗い声でつぶやかれた言葉の意味は、よくわかりませんでした。でも、彼女がわたしの目の前にいたのは事実です。

 わたしがうなずくと、女の人はゆっくりと背を向けて、少しずつ遠ざかっていきました。

 歩くというよりは、水の中で足が浮いているみたいな、スーッとした移動でした。

 後ろ姿が見えなくなった頃、わたしは自分の指が動くことに気がつきました。

 叔母がわたしを呼ぶ声がして、すぐにそっちへ向かいました。

「ねぇ、今、あそこに女の人がいたんだけど」

「え? 誰もいなかったよ」

 叔母は、きょとんと答えました。

「変なの」

 わたしは気を取り直して、野菜を切り始めた叔母を手伝ったのでした。

 その後は何も起きませんでしたし、バーベキューのお肉もとてもおいしかったです。


 あとから聞いた話ですが、その川では過去に激しい雷雨があった日、上流の橋から女の人が飛び降り自殺をしたそうです。

 警察や消防の人たちが何日もかけて探しても、遺体はとうとう見つからなかったとか。


 わたしがあの時、彼女を無視していたら、どうなっていたのでしょうか……。

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