第143話 決戦 其の一

 ガヤガヤ


 家の外から兵士の声が聞こえてくる。


『うおぉー! 俺達は勝つぞ!』

『大地の女神、ニーサよ! 我らに祝福を!』

『ルカめ! 首を洗って待ってろ!』


 それを聞いたベルンドは満足そうに喉を鳴らす。


「グルルル、皆気合いが入っているな。士気も高い」

「そうだな、それは俺達もなんだけどな」


 軍議を終えてから九日が経つ。

 現在、アシュートには突撃部隊として全部で三十万の兵士が集まっている。

 明日にはここを発ち、俺達は決戦に臨むということだ。 


 今日は俺の家で最終確認だ。

 集まったのは俺とアリア、そしてルネ。

 ベルンド、サシャとフリン、そしてソーンだ。


 このメンバーを三つに分け、街道に陣を敷く魔女王を三方から一気に殲滅する作戦なのだ。


「今日はよく来てくれた。俺達は明日、魔女王軍に戦いを仕掛ける。今日はその最終確認だ」

「グルルル、分かっている。変更は無いんだな?」


 そういうことだ。

 ベルンドは十万の兵士と共に東回りで北上してもらう。

 サシャとフリンは西回りだ。


「ベルンド、サシャとフリンは俺達より移動距離が長くなる。攻撃のタイミングを合わせるためにも中央を進む俺達より半日早くアシュートを出発してほしい」

「はいよ! フリン、戦うのは久しぶりだね! 腕がなるよ!」

「サ、サシャ、落ち着いてよ! でも実は僕もうずうずしてたんだ。仲間を焼いた魔女王…… 僕は絶対に許さない……」


 フリンは拳を握りしめる。

 そうだな。ヴィジマで最も被害にあったのはフリン達なんだ。

 故郷である北も森を焼かれ、多くの仲間を失った。

 

「フリン……」


 サシャは心配そうにフリンの手を握る。

 さすがに決戦前だ。そのままイチャイチャすることは……


「大丈夫だよ。おかげで落ち着いた。でもせっかくだから抱きしめてくれた方が嬉しかったかな?」

「もう! 馬鹿なんだから!」


 嘘です。やっぱりイチャイチャし始めた。

 こいつら変わらないな。

 

「ごほん! 仲良くするのは家に帰ってからで頼む。フリン達の西回りの部隊には伝令役として竜人をつける。何かあったらルネと経路パスを繋いで知らせてくれ」

「分かった!」


 元気良くサシャが答える。

 少し危なっかしいところはあるが、基本的には信用している。

 二人に任せても大丈夫なはずだ。多分……


 で、俺達だ。

 街道を真っ直ぐ進軍するのは俺とアリア、ルネ、ソーンの部隊だ。

 この部隊は敵との距離が短く、正面からぶつかることになる。

 なので最も戦力の高い俺達が担当することにした。

 ソーンはステータスとしては戦闘には向いてない。

 だがドワーフの士気を上げるのと、錬金術の技術を発揮してもらうため、俺達の援護役として同行してもらうのだ。


「以上だ。質問が無ければ出撃まで待機だ。いいか?」

「「「…………」」」


 黙って頷く。だがみんな笑っていた。

 自分達の勝利を信じて疑わないって感じだな。

 それはもちろん俺もだ。


 最後に俺は檄を飛ばす。


「いいか。俺達は勝つ。ここにいる全員で勝利の酒を飲もう。誰一人欠けることは許さない。必ず帰ってこい!」

「「「おう!」」」


 こうして最終確認を終え、ベルンド達は出ていった。

 彼らの出発は今日の深夜だ。

 俺達は日が昇ったら北に向け進軍を開始する。


「ではタケ様、私は一度自宅に戻ります」

「あぁ。ソーンのことだから遅れるとは思わんが、集合はアシュート北門だ。それじゃ明日な」


 バタンッ


 ソーンも家を出ていき、残ったのは俺とアリア、そしてルネだ。

 

「行っちゃいましたね…… タケオさん、私達、ここまで来たんですね……」

「あぁ。俺達も明日には北に向かう。それまで少し休んでおくか」


 俺達はコタツに入って団欒の時を過ごす。

 

「ふふ、温かいですね。タケオさん、コーヒー飲みますか?」

「あぁ、頼むよ」


 アリアは一人キッチンに向かう。

 ルネはコタツに入りながら俺の膝を枕に横になっている。


(気持ちいいのー)


 ははは、ルネは甘えん坊だな。

 そうだ、他の町の状況を知りたい。

 竜人と経路パスを繋いでくれ。


(はいなのー)


 ルネは各地にいる竜人から現状を聞いてくれた。

 ラベレ砦には二十万の増援が到着し、敵の襲撃に備えていること。

 そしてマハトンとラベレ砦の間に陣を構えた二十万の兵士はいつでも援護に回れる状態にあるらしい。


 分かったよ、ありがとな。

 何かあったらまずルネに連絡が来ることになっている。

 すぐに教えてくれ。


(任せてなのー)


 よし、これで全ての準備が整った。

 後は時を待つだけ……


 俺達はいつも通り過ごし、そして決戦の朝がやってくる。

 外に出ると剣や槍を担いだ兵士が北門に向かっていく姿が見える。

 

 俺達も彼らを追いかけるように北門に進むと……


 そこには勇ましい顔をした十万の戦士の姿があった。


「タケ様ー! 早く行きましょうぜ!」

「仇をこの手で!」

「勝利を我らに!」


 はは、みんな気合い充分だな。

 なら俺も一発かますか!

 兵士に向かって檄を飛ばす! 


「いいか! 俺達はこれからコアニヴァニアに進軍する! この戦いを制すれば奴等にはもう後がない! 勝利は目前ってことだ! だが油断するな! 指示に従い作戦通りに戦えば勝てる! いいや、必ず勝つ! そして真の自由をこの手に!

 では進軍!」

「「「おぉーーー!!」」」


 ザッザッザッザッ


 待ってろよリァン! 勝つのは俺だ!



◇◆◇



 タケオがアシュートを出て一日が経ち、ラベレ砦ではフゥが部下からその報告を聞いていた。


「竜人の伝令からです。現在タケ様は西に街道を進み、魔女王の陣まであと一日の距離にいらっしゃいます」

「そうか、タケよ。全てはお前にかかっているのだ。頼むぞ……」


 フゥは祈るように呟く。まだ攻めてきてはいないが、目の前には百万近い魔女王の軍勢が控えている。

 いつ戦いになってもおかしくないのだ。

 だが敵は攻めてこない。

 それがかえって不気味だった……


「奴等、何を考えている……?」

 

 部下を下げ、フゥは一人砦の最上階に上がる。

 そこにある魔導鏡マナスコープに目を当てる……

 見えるのは人族の兵士と不気味な魔物達だ。

 

(あれらを相手にするのか。まるで地獄から湧いてきたような軍勢だな……)



 カーン カーン カーン



 突如警鐘が鳴り響く。

 フゥは理解出来なかった。

 目の前にいる敵は攻めてきてはいない。

 下を見ても砦の周りには人族も魔物もいなかった。


 何故警鐘が鳴った?

 フゥは砦の中に戻る。

 そして斥候に問いただす。


「おい! 報告しろ!」

「ひ、東です! 東から敵が攻めてきたのです! 報告では三十万近い敵が迫っています!」


(東だと!? 馬鹿な!?)


 フゥは理解出来なかった。

 東には広い海が広がっている。

 海路を使ったのか?

 いや不可能だ。

 

 この海域は沖に出るだけで体長百メートルを超えるリヴァイアサンの巣になっている。

 だからコアニヴァニアからヴィジマまでは海路は使えないはず……

 船を出せば一瞬で沈められ、リヴァイアサンの餌食になってしまう。


「船です! 敵は船に乗って東から攻めてきます!」

「そんな訳ないだろ! 何かの間違いではないのか!?」



 カーン カーン カーン



 再び警鐘が鳴り響く!


「今度はなんだ!?」

「北から一気に攻め込んできます! このままでは挟み撃ちにされてしまいます! 将軍! どうしたらいいでしょうか!?」


 挟み撃ち。

 この言葉を聞いてフゥの頭は真っ白になった。

 敵地からと自国内からの挟み撃ちなど……

 どう対処していいか分からなかった。

 唯一出来ること。

 それは……


「籠城だ! 守りを固めろ! タケに知らせるのだ! 援軍を送ってくれとな!」

「はい!」


 北からは百万の敵、そして東からは三十万の奇襲部隊。


 前門の虎後門の狼。

 この窮地をフゥは乗り切れるか……

 そしてタケオはフゥを助けられるのか……

 

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