決戦

第140話 アリアの願い

 ん…… 

 カーテンから漏れる朝日が明るい……

 私は一人目を覚ます。

 

 吐く息が白い。

 もう冬だもんね。

 でもとても温かい。

 だってタケオさんと直接肌で触れ合っているから。

 

 私はいつも通り腕と尻尾を使ってタケオさんを抱きしめる。

 もう慣れたのかな? これぐらいでは目を覚まさないね。

 ふふ、かわいい人。寝ているタケオさんの唇に軽くキスをする。


 でも今日は起きないと。やることがあるんだ。

 ベッドを出て服を着る。

 私は一人一階に降りて朝ごはんの支度を始める。


 ごはんを炊いて、お味噌汁を作って。

 昨日の残りのお肉があったね。冷蔵庫から取り出して温める。

 タケオさん、納豆食べるかな? 私は苦手だけど用意しておこ。

 ごはんが出来上がる頃、タケオさんはルネを抱いて起きてきた。


「ふぁー、おはよ。いつも悪いな」

「ふふ、おはようございます。いいんですよ。私がやりたいだけですから」


 いつも通り三人でごはんを食べる。

 ルネもようやくお箸の使い方に慣れてきたみたいだね。

 上手にごはんを摘まんでる。


「キュー」

「美味しいな。しっかり食べろよ」


 ふふ、嬉しいな。タケオさんはいつも美味しいって言ってくれる。

 食事を終え、三人でコタツに入ってお茶を飲んでいると……


「アリア、今日は行くんだろ?」

「はい、夕方には帰ってきますね。タケオさんは?」


「俺はベルンドのところに行ってくる。竜人のための鎧が出来上がったからな。アリア、そろそろだ。もうすぐ準備が整う」


 タケオさんは少し怖い顔をする。

 そうだね、私達はまだ戦っている最中なんだ。

 

 復興祭が終わって一月が経つ。

 その間、私達は戦いの準備を進めてきた。

 武器防具を作り、訓練をして、そしてみんなで何回も話し合いをした。


 いつでも戦える。そう思ってたけど、いざ本番が近付いてくると緊張してしまう。

 でも敵は待ってくれないもの。

 やるしかないんだ。

 私達は勝って、そして真の自由を手に入れるんだ。


「分かってます。覚悟は出来てますから……」

「ならいいさ。それじゃそろそろ行こうか。途中まで一緒に行こう」


 私達は一緒に家を出る。

 うわぁ…… 降ったね。雪が足首くらいまで積もってるよ。

 うぅ、寒いはずだ……


「キュー」


 ルネは嬉しそうに駆けまわってる。

 ふふ、元気だね。

 

「それじゃ行ってきます」

「あぁ、がんばってな」


 タケオさんと別れ、私は一人ソーンさんの家に向かう。

 ソーンさんの家はアシュートの町の中央にある大きなお屋敷だ。

 私はいつも通りソーンさんがいる一階の書斎を訪ねる。


 トントンッ


『はい、どうぞ』


 中に入るとソーンさんが出迎えてくれる。


「ようこそ。今日で一月ですね。時間通りです。それでは始めましょう。こっちに座ってください」

「は、はい……」


 今日は定期健診の日だ。ソーンさんは錬金術師でもありお医者さんでもある。

 私が変異したのはソーンさんの変異薬のせいだけど、変異を止めてくれたのもソーンさんだ。

 もちろんこの人を恨んだりはしていない。

 だって仕方ないことだもん。

 脅され、やむなく薬を作ったんだ。


 ソーンさんは私の体を気遣い、定期的に検診することを申し出た。

 正直自分の体が心配だったので私は検診を受けることにしたんだ。

 でもちょっと恥ずかしい……


「それじゃ上着を脱いでください」

「はい……」


 うぅ、見られちゃう…… 

 相手はお医者さんだって分かっててもやっぱり恥ずかしい。


 ピトッ


「きゃあっ!?」

「ははは、すいません。冷たかったですよね。はい、大きく息を吸ってー……」


 聴診器が冷たかった…… 寒いから余計に冷たく感じるね。

 言われた通り息を吸う……


「はい、いいですよ。では後ろを……」

 

 その後も私は触診を受け、今日の定期健診を終える。

 最後にソーンさんはお茶を持ってきてくれた。


「どうぞ、飲みながら話しましょう。今のところ異常はないですね。変異も止まっているし健康です。ですが、やはりアリアさんは魔物と魔人の中間的存在になってしまったので安心は出来ません。

 また一月後に検診を行いましょう」


 よかった…… 安心したよ。

 やっぱり緊張してたんだね。

 喉がカラカラだ。

 お茶を一口飲んだところでソーンさんは言葉を続ける。


「今日の検診は終わりですが、何か気になることはありませんか?」


 気になること? 

 一応あるんだ。

 でもこれは今まで恐くて聞けなかった。

 でももうすぐ戦いが始まるんだ。

 勇気を出して聞いてみよう。


「あ、あの…… 私って赤ちゃんは出来ますか?」

「…………」


 ソーンさんは黙ってしまう。

 沈黙が痛い。

 や、やっぱり私の体ってほとんど魔物に戻っちゃったし、赤ちゃんは出来ないのかな?

 覚悟してたけど、やっぱり涙が出てきちゃう……


「失礼ですが、医学的検知から質問します。正直に答えてください。アリアさん、ここ一月での性交渉の頻度はどれくらいですか?」


 そ、それ言うの!?

 でもソーンさんはお医者さんだ。

 私の答えを聞いて何か分かるかもしれない。


「そ、その…… 生理以外の日は…… 毎日です……」

「なるほど。月経は来ているのか…… アリアさん、魔物としてのサキュバスがどうやって個体を増やしていったのかは分かりません。ですが、魔族と人族の間に子供が産まれた事例はいくらでもあります。

 それに現在月経が来ているのであれば多分大丈夫でしょう。性欲が強いのは種を残そうとする本能が働いている証拠です。全く問題ありません。

 ですが、アリアさんの変異は九割近く進んでいます。妊娠しにくいのは間違いないでしょう。ですが可能性はゼロではない。諦めてはいけませんよ」


 ゼロじゃない!?

 ほんとなの!?

 それじゃもしかしたら……


「う、うぅ…… ふえーん……」

「な、泣かないでください! 大丈夫です! きっと赤ちゃんは出来ますから!」


 ソーンさんは私が悲しんでると思ったんだろうね。

 でも違うの。嬉しいの。

 少しでも可能性があるなら、私は諦めない。

 昔からの夢だった。

 好きな人と家族になって、そのうち赤ちゃんが出来て……

 私はこんな体になっちゃったけど、タケオさんと同じ時間を生きることが出来る。

 だから私にもチャンスはあるんだ。


「グスン…… ごめんなさい。もう大丈夫ですよ。ソーンさん、ありがとうございました」

「は、はい…… ごほん、それでは次の検診は一ヵ月後に行います。今日はお疲れ様でした」


 ソーンさんと別れ家に戻る。

 タケオさんはまだいないね。

 ふふ、今日は嬉しいから御馳走を作って待ってよっと。


 夕方になりタケオさんが帰ってきた。

 

「ただいまー。お? いい匂いだな」

「んふふ、お帰りなさい。今日は味噌ラーメンと餃子でーす!」

「キュー!」


 タケオさんのおかげで一般家庭でも気軽にラーメンが食べられるようになった。

 今日は奮発して餃子も作ったんだよ!


 みんなで美味しくラーメンをすする。

 今も楽しいけど、ここに自分の子供がいたらと考えると……

 ううん、今は考えちゃだめだよね。


「…………?」

 

 ん? タケオさんが私の顔を見てる。

 ま、まさかネギが歯に挟まってたとか!?

 そう思うと下を向いてしまう。

 

 ごはんを食べ終え、いつも通りみんなでお風呂に入る。

 最後にコタツに入って話してるとルネがウトウトし始めた。


「ルネ、コタツで寝ちゃ駄目だよ。ベッドに行こうか」

「キュー……」


 タケオさんはルネを上に連れていく。

 私達もそろそろ寝る時間だね。


 少しだけ二人きりの時間を過ごす。

 二人で肩を並べてコタツに入っていると、どちらかというわけじゃないけど、手が触れ合う。

 

「…………」

「…………」


 会話が止まり、私達は見つめ合う……


 タケオさんは私にキスをする。

 そして……


「上に行こうか……」

「はい……」


 私達は寝室に入ると、きつく抱き合い、お互いを求める。

 溶けあうような時間……

 全身でタケオさんを感じる……

 

 果てを迎えた私の背をタケオさんは優しく撫でてくれる。


「んふふ、くすぐったいです」

「アリア…… 何かあったな? 話してくれ……」


 う…… これって言うべきなのかな? 

 でもタケオさんは全てを見透かしたように私の目を見つめる。

 これは私だけの問題じゃない。

 タケオさんにも今日の検診結果を伝えることにした。


 タケオさんは悲しむだろうか? 私に失望しないだろうか?

 心配だった。タケオさんは子供が好きだってことはルネとの関係を見ていれば分かる。

 前の奥さんとの間にもお子さんがいたぐらいだもん。

 もし私との間に子供が出来なかったら……


 でもタケオさんはにっこり微笑んでからただ私を抱きしめてくれた。


「タ、タケオさん……?」

「何も心配いらないからな。大丈夫だ……」


 その言葉を聞いて安心した。

 タケオさんはそんなこと思うはずはないのに。

 

 最後にキスをして一言……


「アリア、愛してる……」

「私も……」


 それ以上は言えなかった。

 嬉しすぎて泣いてしまったから。

 そのまま抱き合っていると安心したのか眠気が襲ってくる…… 


 私はいつの間にか寝てしまったみたいだ。

 夢を見たのは覚えている。

 私が赤ちゃんを抱いている夢。

 その中でタケオさんは赤ちゃんの頭を撫で、お姉ちゃんになったルネが赤ちゃんのほっぺをプニプニと触っていた。

 幸せだった……

 

 ううん、これを夢で終わらせてはいけない。

 現実のものにするんだ。

 そのためにはやることは一つ。

 戦いに勝って自由を手に入れるんだ。

 私達は勝てる。絶対にだ。

 だって私達にはタケオさんがいるのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る