第116話 脱出 其の二

 ダッダッダッダッダッ


「はぁはぁ……」


 俺はドワーフの錬金術師、ソーンを背負いひたすら夜道を走る。

 気功を発動し、身体能力をあげてるとはいえ、さすがに疲れた……

 東の空がうっすらと白くなっている。

 もうすぐ日が昇るのか。

 ということは五、六時間全力で走ったことになる。

 そりゃ疲れるよな。


「はぁはぁ…… ソーン、少し休もうか……」

「…………」


 あれ? ソーンが答えない。後ろを振り向くと……

 うわ、ゲロ吐いて失神してる。

 しょうがないか。

 上下にガクガク揺られながら数時間だ。

 気持ち悪くなっても仕方ないだろう。

 気絶もするわな。


 とにかく少し休ませなくちゃな。

 適当な木陰を見つけたので、そこでソーンを降ろす。

 俺も木を背にして少し座ることにした。


 本当だったらコーヒーでも淹れたいところだが、あいにくほとんど手ぶらで来てしまった。

 あるのはソーンに食べさせる数日分の携帯食のみだ。


 それにしても臭いな。

 走っている間にソーンが俺の背中に戻したようだ。

 くそ、まさかゲロまみれになるとは思わなかったよ。


 俺はシャツを脱いでゴシゴシと体を擦る。

 すると……


「うーん…… こ、ここは?」

 

 ソーンが目を覚ました。

 こいつ、いつから気絶してたんだろうな。

 目覚めたらアシュートから知らない場所にいるんだ。

 そりゃ驚くだろう。


「多分もうすぐマルカとバクーの国境に着く。これから少し長旅になる。今のうちに休んでくれ。何か食うか?」

「そ、そうなのか…… 食べ物は結構だ。うぷっ…… まだ気持ち悪い……」


 と言ってソーンは横になってしまう。

 しょうがないのでお湯を沸かしてソーンに渡す。


「白湯ですまんな。少しでも水分を摂っておいてくれ」

「水分を? ならついでに……」


 ソーンは少し苦しそうに起き出す。

 大丈夫か? 無理させといてなんだが、今は寝てたほうがいいぞ。


 ソーンは鞄から小瓶を取り出す。

 そして中に入っている粉を一摘まみ白湯に入れる。

 すると……


 シュワワッ


 白湯が泡立ち、色が変わっていく。

 何をしたんだ?

 ソーンはその液体を一気に飲み干す。


「ふう…… 落ち着いたよ。もう大丈夫だ」

「今のはなんだ? 錬金術でも使ったのか?」


 液体を飲んだソーンは一瞬で回復したように見える。

 真っ青だった顔色が正常に戻り、気分も良さそうだ。


「そういうことさ。万能薬エリクサーを飲んだからね」


 万能薬だと!? あの一摘まみの粉でか!?

 すごいな。俺が知っている万能薬は作り方が難しい。

 しかも生成にはかなりの時間を要するはずだ。

 これがソーンの錬金術か。


 ソーンは余ってるお湯を使い、俺にも万能薬を作ってくれた。


「どうぞ」

「す、すまんな」


 だが効果の程はどうだろうか? 一瞬で作った万能薬だ。

 それほど効果は望めないのでは? 


 恐る恐る万能薬を一口……


 ゴクッ ドクンッ


 うわっ。一口飲んだだけで疲れが吹き飛ぶ。

 血の巡りが早くなる。

 全身に力が湧いてくるような感覚……


 これは本物だ。

 なるほど、魔女王軍がソーンを利用するわけだよ。


「すごいな。まさか一瞬で万能薬を作るとはね……」

「ははは、本当は高いんだぞ? だが君には特別だ」


 と言って笑う。中々お茶目なことを言う。

 好きな部類の男だ。

 せっかくだ。少し話してみるか。


「なぁソーン。あんたなんで魔女王に協力したんだ?」

「…………」


 ソーンは言葉に詰まる。

 別に責めているのではない。

 俺は知っているんだ。

 ルネのサイコメトリーで見たソーンは仲間のために魔人に変異薬を投与した。

 それに俺と初めて出会った時も同胞の命を救うよう懇願していた。


 他者の命を憐れむことが出来る男だ。

 だがそれならなぜ薬を作った? 

 他種族なら不幸になってもいいと思っているのか?

 

 事実ソーンが変異薬を作らなかったらアリアは苦しまずにすんだはずだ。

 俺には何か理由があるように思えた。


 ソーンは溜め息を一つ。そしてゆっくりと口を開く。


「その質問か…… そろそろ懺悔してもいい頃なのかもしれないな」

「懺悔? 何に対してだ?」


「私のせいなのだよ。魔女王が大陸を支配しようとしたきっかけを私が作ったのだ」

「…………!?」


 何だと!? こいつ、何を言っているんだ!?

 ソーンは前から魔女王と繋がりがあった?

 

 実は魔女王が何で他国に戦争を仕掛けたのか誰も知らないのだ。

 今まで出会った全ての者はその目的を知らない。

 俺は不思議に思っていた。

 

 戦争が起きる理由は様々だ。

 所有欲、差別、報復などの理由で戦争は起きる。

 だが俺には魔女王の考えが分からなかった。

 他国に戦いを挑む大義が見えないのだ。


 以前魔女王軍の軍師リァンに魔女王ルカの考えを聞いたことがある。

 リァンは自分に勝ってから教えると言って去っていった。


 だがここに戦争を起こした原因を知っているかもしれない者がいるとは。


「話してくれるか?」

「あぁ。黙り続けているのは苦しいものでね…… 

 百年前、私が駆け出しの錬金術師だった頃の話だ。当時の私は自分の名を上げることに必死だった。皆に認めてもらいたい。必死で勉強して、研究もしたが既存の技術から抜け出すことは出来なかった。

 だが苦しむ私に手を差し伸べる男が現れた。彼の名はリァン……」


 リァン!? しかも百年前だって!? 

 ここは異世界。寿命の長い種族はいる。

 アリアだって千年は生きるって言ってたしな。

 だが人族の寿命は長くて八十年。

 リァンの姿を考えると計算が合わない。


 それに百年前って言ったら魔女王ルカが現れた時期と符合するな。

 それも関係あるのだろうか?


「リァンは頭のいい男でね。私はリァンと仲良くなった。何でも話したよ。お互いが持つ知識、理想とする未来なんかをね。

 こうして充実した日々を過ごす中でリァンが提案してきた。資金を用意するからコアニマルタに来て研究をしてくれないかとね」

「研究? しかもコアニマルタって……」


 コアニマルタは人族の国。大陸の中で北端に位置する。

 だいぶ嫌な予感がしてきた……


「私は断る理由は無かった。すぐにリァンとコアニマルタに向かったよ。

 ここからが私の罪になる…… 私が作った薬は身体能力を恒久的に向上させる薬さ。人族専用のね。私はその薬を狂人化薬ベルセルクと名付けた。

 本来ならそれは御法度だ。作ってはいけない薬なのだ。副作用はあるし、他国への驚異と成りかねない。だが私はリァンを信用していた。狂人化薬を打たれた兵士を自国の発展のみに利用すると約束してくれた。

 私はリァンを信じていたし、あの金と潤沢な設備を見せられては…… 断ることなど出来なかったのさ」


 なるほどね。つまりリァンは上手くソーンを口車に乗せ、自国の軍備増強に努めていたと。

 これで少し話が繋がった。

 魔女王が他国に進攻を始めたのが三年前。

 普通だったらあり得ない程の早さだ。


 それに本来人族の力はそこまで強くない。

 他種族に比べ、身体能力は落ちるし、寿命も短い。

 国としての力はそこまで無かったはずだ。

 だがソーンが作った狂人化薬でコアニマルタは強国となり他を圧倒する力を手に入れたというわけか。


 そこからは想像が付く。

 俺の考えてる通りなら……


「ソーン。あんた、リァンに脅されたんだろ? 戦争の火種を作ったしまったことをばらすとか言われてさ。で、あんたは断ることは出来ず、ドンドン泥沼にはまっていく。

 そして今に至る…… こんなところだろ?」

「…………」


 ソーンは黙ったまま頷いた。詐欺の手口じゃん。

 最初に甘い汁を吸わせておいてから、相手から絞れるだけ絞る。

 ソーンが懺悔と言うのが分かった。

 だがそれも今日までってことだ。

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