第115話 脱出 其の一

「行くのか? 頼む、同胞の命は助け……?」


 ドワーフの錬金術師ソーンは俺を不思議そうな顔で見つめている。

 見つけたぞ。彼が連れて帰ればアリアを救えるはずだ。


「あんた、ソーンだよな? 助けにきた。時間が無い」

「な、何のことだ? 私はコアニヴァニアに行くことになっているのだが……?」


 状況を理解してないな。俺を魔女王軍の兵士だと思っているのだろう。

 仕方ない。少しだけ話すとするか。


「俺はタケ。あんたの味方だ。あんたらは解放軍って呼んでるらしいな。名前はどうでもいい。

 いいか、今からあんたを隣の国マルカに連れて行く。やって欲しいことがあってな」

「解放軍だと!? あぁ…… 大地の神ニーサよ…… 感謝いたします……」


 祈るのは後にしてくれ。

 これからもっと大変な目に会うんだからな。


 俺はソーンに何があったのか話す。

 バルル、ヴィジマ、マルカで魔女王軍と戦ったこと。

 三国間で同盟を結んだこと。

 マルカを復興したが、ラーデで魔物が襲って来たこと。

 そしてアリアのこともだ。


「……というわけだ。あんたが作った薬で仲間が苦しんでいる。助ける方法はあるんだよな?」

「…………」


 おい、黙るなよ…… あるんだろ? 

 まさかこいつ、出来ないなんて言わないよな……?

 ま、万が一アリアを治す薬が無いんだったら…… 

 

「すまんが今は完全には治せないのだ…… だが変異の進行を止める薬なら作れる」


 完全には治せないだと……!?

 そんな……

 それじゃアリアはこのままサキュバスの体で生きていくしかないのか!?


 マジかよ…… 

 だが進行を止めることは出来るんだよな?

 今はそれでいい。それでも構わない。

 

 アリアの変異は進行したままだ。

 俺の精を取り込むことで変異自体は自らの意思で遅らせている。

 だがそれでもゆっくりと変異は進行しているのだ。

 このままではアリアは自我を失い魔物と化してしまう。


「なぁソーンさん。今はって言ったよな? つまりその内変異を治せる薬は作れるんだよな?」

「しばらく時間はかかるだろうが…… いや、約束する。必ず作る。私の薬で多くの命を奪ったのたは事実だ。罪滅ぼしになるか分からないが錬金術師の誇りにかけて作ってみせる!」


 とソーンは真っ直ぐに俺の目を見つめる。

 今は彼に頼るしかない。

 時間はたっぷりある。

 彼を仲間に向かえ、研究に時間を取ってもらえばいい。


 だがそれにはソーンを無事にラーデまで送らなくてはならない。


 さてここからどうするか……

 俺一人なら再び霊峰サルーを越えてラーデに戻ることが出来る。

 ソーンに薬さえ作ってもらえたら、それを使ってアリアを治せばいい。

 だが期待通りにはいかないものだ。


「すまん。それは出来ないのだ。変異薬、そしてその治療薬は繊細な薬だ。調合してから一時間以内に飲ませないと効果が無い。その時間を過ぎると劇薬に変わる。飲めば一瞬で死ぬことになる……」

 

 なるほどね。やはりソーンをラーデに連れていく必要があるな。

 そのためには魔女王軍がいる国境付近を通らなければならない。

 やはり俺一人では無理だな。

 あの手を使うしかないか……


「ソーンさん、話はここまでだ。すぐにでもここを出るぞ。何か必要な材料があったら持っていってくれ」

「分かった。荷物は馬車に積んであるはずだ。そこから拝借しよう。それと私のことはソーンと呼んでくれ」


 と言ってソーンは笑う。

 中々気さくな男だ。


 少し和やかな空気の中、俺達は外に出る。

 だが兵士の死体を見てソーンは悲鳴をあげそうになっていた。


「これは……!? 君がやったのか!?」

「しー! 近くに兵士がいるんだ! さっさと荷物をまとめてくれ!」


 俺に急かされソーンは馬車に積んである荷物を漁る。

 見たこともない鉱石、植物片の入った小瓶、その他実験に使うような機材一式を袋に詰め込んでいく。

 忘れ物はしないでくれよ。

 しばらくは戻れないかもしれないんだからな。


「よし! 大丈夫だ! で、どうやって町を出るんだ?」


 とソーンは聞いてくる。

 町を出るまでは兵士に見つからないよう慎重に進むしかない。

 その後は俺の背に乗って国境付近まで走るのが一番近いだろう。

 身体強化をかけた俺なら一日で百キロは進めるはずだ。


「ゆっくりでいい。俺の後についてきてくれ」


 さて行くかな。

 ここからはルネの出番だ。


(呼んだの?)


 はは、相変わらず反応が早くて助かるよ。

 ソーンが見つかったよ。

 また兵士に見つからずに進みたい。

 もし敵がいたら教えてくれ。


(はいなのー。あのね、左の建物の角を右に曲がって後は真っ直ぐなの)


 左の建物ね……

 俺はルネの案内通りに進む。


 バタンッ


 うわっ!? いきなり誰が飛び出してきた!

 咄嗟に棍を構え……!?


「きゃあっ!?」


 きゃあ? 女の声? 

 声の主は棍を突きつけられ、尻餅をつく。

 あれ? この子は……


「あいたた…… あ、あれ!? タケさ…… むぐー!?」

「しー! 声を出さないで!」


 そこには先程俺が助けたドワーフの少女チコがいた。

 声が大きいって! 手で口を塞いでもまだムームー言ってる。

 でもチコがここにいるということは……


「仲間に知らせてるんだな?」

「むー」


 と頷く。

 少し心配だが他のドワーフの避難は彼女に任せるしかない。

 ゆっくり手を離す。


「しー、大声出すなよ…… まだかかりそうか?」

「いえ…… あとこれで最後です…… タケさんが衛兵をやっつけてくれたから門が使えたんです…… そこから逃げますね…… って、ソーンさん! 無事だったんで…… むー!?」


 おバカ! 声が大きいって言ってるだろ!

 この子結構天然だな。

 普段なら笑って済ませられるが今はダメだ。


「こら…… 静かにしてくれ…… いいか、チコも逃げるんだ…… 助けに行くまでしばらくかかる…… なるべく水と食料を持って行くんだぞ……」

「むー」


 手を離すとチコはゆっくり喋りだす。小さい声で頼むぞ。


「タケさん…… 待ってますね…… 私達を助けて下さい…… 魔女王達から私達を解き放って……」

「約束する。さぁ行くんだ……!」


 ダッ


 チコは最後に頷いてからこの場を走り去った。


「チコ。無事でな…… ニーサよ、彼女をお守り下さい……」


 ソーンは神に祈る。

 ごめんなチコ。

 本当だったら連れていってあげたい。

 でも今は駄目なんだ。

 アリアを助けたら必ず迎えに行くからな。

 それまで待っててくれ。


「行こう」

「あぁ……」


 俺達は再び暗闇に包まれた町を進む。

 すると……


 カーン カーン カーン

 

 鐘の音が町中に響く! ヤバい! 多分死体が見られたんだ!

 仕方ない! 多少見つかっても構わない!


「ソーン! 乗ってくれ!」

「え!? 乗るって背中にか!?」


「そうだよ! さっさと乗れ! 走るぞ!」

「わ、分かった! って、うわぁ!?」


 ビュオッ


 ソーンを乗せ俺は走る!

 既にハンドキャノンは発動済みだ!


(パパ! 前に悪い子がいるの! 三人なの!)


 はいよ! 

 ルネの言う通り、こちらに向かって来る兵士の姿が!

 狙いはつけられない! 当たればいい!

 ハンドキャノンを連射する!


 パスパスパスパスパスパスパスパスパスパスパスパスパスパスパスパスパスッ


「ぎゃあ!?」「うはぁ!?」「ぐぉっ!?」


 とりあえず命中! 生死を確認している暇はない!

 倒れた兵士を飛び越えさらに走る!


 ダッダッダッダッダッダッ


 もうすぐ! 門を抜ける!


 ビュオッ


 門を抜けた。

 目の前には月明かりに照らされた街道が続いている。

 よかった…… アシュートを出たか……


「す、すごい速さだったな…… うぅ…… 気持ち悪い…… もっとゆっくり走ってくれ…… って、うわぁ!?」


 すまん! もう吐くなら遠慮なく吐いてくれ!

 俺は全力でアシュートの町を離れる。

 背中に温かい物を感じ、特有の酸っぱい匂いもしたが気にしている暇はなかった。

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