第79話 奪還

「……せんせ……」


 ユサユサッ


 う…… 誰かが俺の肩を揺すっている。ここは……? 

 ゆっくりと目を開けると……


「先生!」


 ガバァッ


 うわっ!? アリアだ。目覚めた瞬間に抱きついてくる。

 って、いたた。背中とお腹が痛い。

 まだルーに刺された傷が癒えてないんだよな。 


 でもなんでアリアがここに?

 俺は確かラーデを取り返してから気絶したんだよな。

 だがアリアがいたのは中央の街道で、ラーデまではかなり距離があるはずだ。

 どのくらい寝てたのだろうか?


 俺はアリアを抱きしめながら……


「だ、大丈夫だから。それよりもちょっと離してくれないかな…… 傷が痛んで……」

「ふぇーん…… 心配したんですから……」


 アリアは俺の胸に顔を埋めて泣き続けた。

 心配かけてごめんな。


 ようやくアリアが泣き止んだので話を聞いてみる。


「ぐすん…… 先生の言った通り、私達街道で魔女王軍と戦ってたんです。最初は敵を引き付けて後退しながら戦ってたんですけど、急に撤退して……」

「撤退か。俺達がラーデに着いた頃だろうな」


 アリアが言うには魔女王軍は西に向かって進軍したそうだ。

 だがラーデに向かわず、そのまま隣国のバクーを目指し撤退したと。


 今回の戦いでこちらにも被害は出た。

 中央の街道の獣人は千人程戦死したそうだ。

 くそ、分かってはいたが全員無事にとはいかなかったか。


「ごめんなさい…… 一生懸命戦ったんですけど……」

「いいや、アリアはよくやった。それにこうしてまた会えたんだ。無事で良かったよ」

「先生……!」


 ギュウゥゥゥッ


 うげっ!? そんな強く抱きしめないでくれ! か、回復しなくちゃ。

 MPは回復しているだろ。俺は気功を発動するが……



名前:タケオ

年齢:???

HP:3549/9999 MP:1045/9999 

STR:9999 INT:9999

能力:杖術10  

ギフト:

時間操作:大年神の加護

空間転移:猿田彦の加護

多言語理解:思金神の加護

分析:久延毘古の加護

魔銃:吉備津彦の加護

気功:日本武の加護

湧出:少彦名の加護

 

状態:魔力阻害 



 出血は止まったが、完治には至らず。

 まだ魔力阻害が残っているからだろう。

 これを治すには時間がかかりそうだな。

 

 湧出で発動した温泉なら効果が見込めるかもしれない。

 もう少し良くなったら試してみよう。

 今温泉に入ったら傷口が滲みそうだしな。


「先生、本当に無事でよかった……」


 そう言ってアリアは目を潤ませて顔を近付けてくる。

 ちょ、ちょっと。いかん、いい雰囲気になってしまう。

 アリアの気持ちは知っている。俺自身もアリアのことが好きだ。

 キスだってした。でもアリアへの想いが強くなるほど、気持ちを伝えていいのか分からなくなる。


 もし俺がアリアを抱いたとしたら…… 

 

「先生…… ううん、タケオさん……」


 な、なんだか今日は積極的だな。どんどんアリアの顔が近づいてきて……


 バッ


 突然テントに入ってくる者が! 誰だ!? 邪魔するな! い、いや、助かった!


「タケ! 無事だったか!」


 ガバァッ


 うおっ!? アリアごと俺を抱きしめる! このフワフワした感触は……


「フゥ? お、お前も無事だったんだな……」

「く、苦しいですぅ……」


 虎獣人のフゥだ。彼は東の街道で魔女王軍と戦ってくれてたんだ。


「うおぉ…… お前のおかげでラーデを、そしてマルカを取り戻した…… 感謝するぞ……」


 とフゥは涙を流した。そして他にもテントに入ってきた者がいる。

 

「タケ様、起きたんだな」


 と少し申し訳なさそうにしているのは熊獣人のルーだ。


「あの…… 実は団長には話したんだ。俺が……」

「ストップ。俺は何も知らん。聞くつもりも無い」


 俺はルーの言葉を遮ると、フゥは俺を抱きしめながら……


「いいのか? 我々の掟では裏切りは死罪に値する」

「それじゃ聞くぞ。フゥはルーを殺したいのか? 苦楽を共にした仲なんだろ? それにルーが間者だったことを知る者は少ない。さらに言うならもうルーが間者を続ける理由も無い。まだあるぞ。ルーの持つ土魔法の技術はマルカ復興に役に立つ。戦力としても申し分ない。ルーを裏切り者として処分するのと、今後ルーがいることのメリットを天秤にかけろ。お前はどっちを取る?」


 言葉を続ける。ふふ、もう聞く必要は無いだろ。


「すまん…… 感謝する」

「うおぉー! タケ様ー!」


 ガバァッ ギュウゥゥゥッ ギュウゥゥゥッ


 さらにルーまで抱きついてきた! 暑苦しいよ! それに痛いんだって!


 ゲシッ ゲシッ ゲシッ


「出てけー!」

「きゃあんっ」

「ぐはぁっ」

「タケ様ー」


 俺は三人をテントから追い出した。まったく奴等ときたら…… 

 ふふ、しょうがない奴等だ。


 俺はテントから顔だけ出して皆に話しかける。


「おい、もう少ししたら軍議を始める。アリア、コーヒー用意しておいて」

「は、はい!」


 そしてテントに戻り、少しだけ休むことにした。



◇◆◇



 夜になり、テントを出て辺りを見渡す。

 そこにはマルカでの戦いに参加してくれたであろう獣人のほとんどがいるみたいだ。

 みんな焚き火を囲んで酒を酌み交わしていた。


「うぅ…… 帰ってきたんだな……」

「あぁ。でも家も店も壊されてる。どうやって暮らしていけばいいんだよ……」

「そうだな。先のことを考えると……」


 獣人達は国を取り返した喜びと将来への不安の両方を感じている。

 大丈夫。それについてはこれから話すんだから。

 

 さてみんなのところに行くかな。って、しまった。どこにいるか分からん。

 一際大きなテントを探すが、見当たらないな。


(パパー、こっちなのー)


 これは…… 経路パスだ。ルネ、いるのか? でもお前はノルの町にいたはずじゃ……


(竜人から連絡があったのー。勝ったからこっちにきてもいいよーって)


 そうだったのか。でもかなり距離があるぞ? 走ってきたのか?


(変身したらすぐ着いたのー。早く来て欲しいのー。みんな待ってるのー)


 はいはい。俺はルネの経路に従いラーデを歩く。すると大きなテントを見つけた。ここだな。中に入ると……


「キュー!」


 ルネが飛び掛かってきた。クリクリと俺の胸に頭を擦り付ける。


「ははは、ルネ久しぶりだな」

「キュー!」


 俺はルネを抱っこしながら用意された椅子に座る。

 今回の参加者はアリアとフゥ、そしてルーだけだ。

 本当はエルフ、竜人とも話したいがそれには一度戻らないと。

 後でルネに伝えてもらおう。


 さぁ軍議を始めようか。


「まずはみんなよくやった。おかげでマルカを取り返した。感謝する。だが戦いはまだ続く。まずは被害を確認する」


 俺の話を聞いてみんな現在の状況を報告する。

 東の街道を進んだ六万の獣人の内、戦死者は一万前後、重傷者も一万人。まともに動けるのは四万か。

 アリアが率いた獣人は千人程度の戦死者を出したが、アリアの回復魔法のおかげか重傷者は無し。

 そして俺と共にラーデに侵攻した獣人の被害は二千人程度だった。


「予想はしていたが、東の街道の被害が大きかったな。フゥ、すまない。俺の策が未熟だった。多くの戦死者を出してしまい……」

「言わないでくれ。彼らは勇敢に戦った。それに死んだのはタケのせいではない。むしろ礼を言いたい。感謝するぞ……」


 とフゥは言ってくれた。アリアもルーもそれを見て微笑んでる。


「そうか。それでは続けさせてもらう。重傷者は一度ノルの町の跡地に戻ってもらう。そこをマルカの俺達の本陣にする」

「ラーデはどうするんですか?」


 とアリアが聞いてくる。

 ラーデは隣国バクーに近い。

 元首都であるからここを本陣にするべきだろうが、俺の考えは違う。

 幸いラーデを囲む城壁は残っている。

 俺はラーデをマルカの守りの要として要塞都市にするつもりだ。


「首都を要塞都市にか…… たしかにその考えは正しいかもな」


 とフゥは賛成してくれた。ついでに言っておくか。


「フゥ、ここの責任者はあんたにやってもらいたい。頼めるか?」

「わ、私にか!? だ、だが私はそんな器ではないぞ。タケがやるべきでは……?」


「ははは、なに弱気になってる。あんたは立派だよ。被害は出たが東の街道で魔女王軍と真っ向からぶつかったんだ。しかも負けてないだろ? それにあんたは傭兵団を率いていたんだ。曲りなりにも組織のトップだ。人心掌握にも長けてる。ルーとの関係を見れば分かるさ」


 正直に言うと、フゥはもっと被害を出すと思っていた。

 東の街道は広く見通しがいい。

 伏兵もおけず策も使い辛い地形だったのにも関わらず、一万人の死傷者で抑えたのはフゥの指揮が良かったからだ。


「そ、そう言われるとくすぐったいが…… 分かった。ラーデは任せてくれ。で、タケはノルの町に行くのか? そこで何を? 補給拠点にするのか?」


 もちろんそれもある。だが未だ隣国ヴィジマには多くの獣人の難民がいる。

 だったらノルに新しい町を作る。そして難民にはそこに住んでもらえばいい。


 さらにもう一つ大事なことを言わないとな。


「ごほん…… 俺は以前フゥ達に王として一緒に戦うことをお願いされた。それはもちろんお断りさせてもらったけどな。だがそうも言ってられなくなった。

 そこで竜人の国バルル、エルフの国ヴィジマ、そして獣人の国マルカ。その三国を合わせた国家連合を作る。幸い責任者同士で同盟の話は進んでいたはずだ。だがそれでは弱い。もっと強固な結びつきが必要だ。

 主権はそれぞれの国家にある。だが今は戦時だ。より強い発言権を持つのは連合を率いる俺達になる」

「「「…………?」」」


 あれ? ここまでの話、理解してないかな? ちょっと聞いてみよう。


「アリア、今の話分かった?」

「全然分かりません!」

 

 そんな自信満々に言うなよ。しょうがない。かみ砕いて言うか。


「えーっとね。今から戦争が終わるまでの間だけ暫定的な国家を作るわ。責任者はみんなね」

「…………!?」


 ようやく分かってくれたか。みんな驚いた顔をしてる。アリアが手を挙げた。質問だろうか?


「はい、アリア君!」

「あ、あの…… 国を作るって、何をすればいいんですか?」


 それね。まず最初に行うのは……


「マルカを復興させる! ノルの町の跡地を使ってそこを首都にする!」


 魔女王に勝つには強い国が必要だ。

 敵を倒すだけが戦争じゃない。幸い最前線には強固な城壁を持った都市ラーデがあるからな。

 しばらくは復興に力を入れられるはずだ。


「俺とアリアは明日ノルの町に戻る。すまんがここの守りはフゥに任せるぞ」

「わ、分かった……」

 

「それじゃ今日はここまで。ここを出る前に挨拶に来るよ」


 俺とアリア、そしてルネは一緒に天幕を出る。

 その道中アリアが話しかけてきた。


「国作りかー…… なんだかすごいことになっちゃいましたね」

「まぁね。でも魔女王に勝つためには必要なことだ。それだけあいつらは強いからな」


 リァンの策、ユンの武力、そして俺達を超える兵力。一筋縄ではいかないだろう。

 今まで転移してきた世界の中で一番辛い戦いになるかもしれない。


 覚悟しなくちゃな。


 ギュッ


 俺はアリアの手を握る。


「せ、先生?」

「アリア…… 絶対に勝とうな」

「は、はい!」


 頑張ろうな。明日から忙しくなるぞ。

 また新しい戦いが始まるのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る