第75話 マルカでの戦い 其の四

 ズガァァァァァァァァンッ



 カラッ カランッ


 

 西の街道からトンネルを作って進むこと三日。俺達はまだラーデに到着せずにいる。

 今も魔銃レールガンを発射し、目の前には奥に何キロ続いているのか分からないほどの大穴が開いている。

 

 レールガンは魔力の消費が激しい。

 魔力枯渇症一歩前だ。フラフラする……

 魔力を失った俺は自身の能力である湧出で産み出した温泉に浸かり、MPを回復するを繰り返している。


「すげぇな…… なぁタケよ。後一回穴を掘ればラーデに続く道に出られると思うぜ!」

「そうか…… なら気を付けていかないとな。すまんが俺は少しだけ休ませてもらうぞ」


「あぁ、いつも悪いな。俺はトンネルの補強をしておく。それじゃまた後でな」


 フゥと別れ一人で魔力回復用に作った湯船に温泉を湧かす。

 ゆっくり浸かっていると、誰かがこちらに駆け寄ってきた。

 こいつは竜人だ。


「どうした?」

「フゥ殿とアリア殿からです。現在フゥ殿は戦闘を継続中、ですが援軍に来た敵部隊が一部戻り少しずつ押し返しているようです。

 アリア殿は中央街道で魔女王軍を引き付けることに成功。タケ殿の指示通り後ろに下がりながら戦闘中です」

「そうか。二人に伝えておいてくれ。そのまま戦闘を継続しつつさらに後ろに下がれとな。まもなく援軍を送る。敵が狼狽え始めたら一気に押し返せ」


「はっ」


 竜人は下がっていった。俺も魔力が回復したので風呂を出て再び掘削作業開始だ。


「もういいのか?」


 と熊獣人のルーが言う。


「あぁ、後一発でラーデに続く道に出られるんだよな? だがその前に作戦を伝える。俺達は全部で二万人。それをさらに三つに分ける。一万は俺とそのままラーデに侵攻、残り五千ずつは東の街道、中央街道に後ろから回り込み魔女王軍に挟撃をかける」

「挟み撃ちかよ! がはは! 奴等驚くぜ!」


 だろうな。敵にしたら突然俺達が湧いて出てきたみたいなもんだからな。


 これも兵法三十六計の一つ。敵戦計、暗渡陳倉ってやつだ。

 項羽と劉邦との戦いに用いられた策だ。

 劉邦は項羽と戦う気が無いことを誇示するために蜀の桟橋を焼き払った。

 劉邦は項羽が各地を転戦していることを機に蜀の桟橋の補修を開始。

 だがこれは偽装工作であり、項羽にわざと見つかるように動いていた。その間奇襲部隊は秘かに陳倉から旧道を利用して関中に攻撃を仕掛けたってわけだ。

 これで劉邦は天下統一の先駆けとなる戦いを征した。


 だが失敗例もあるからな。

 三国時代に姜維が魏の鄧艾にこの作戦を仕掛けあっさり見破られた。

 俺達の目的は首都ラーデにある強制収容所を落とすこと。

 そこがマルカにおける魔女王軍の本拠地のはずだからな。

 それを悟られないためにも俺は軍を分け、東、中央街道に挟撃を仕掛けるのだ。


「はぁー…… あんた本当にすげえな。くそ、もしあんたが始めっから一緒に戦ってくれたらマルカは取られなくてすんだかもな」


 とルーは悔しそうにしている。気持ちは分かる。

 でもな、過去に起こってしまったことは覆せない。

 戦いに『もし』は禁句なのだ。


「そう言うな。ほら、これが最後だ。ここを抜ければ俺達も戦わなくちゃならない。準備はいいか?」

「あ、あぁ…… 大丈夫だ」


 ん? 気のせいか、ルーの元気が無いように見える。

 いつも豪快に笑ってるこいつが。気になることでもあるのだろうか?


「どうした?」

「い、いや気にしないでくれ。ほら、さっさとあんたの力でここを出ようぜ!」


 急かされるように俺達はトンネルの先に向かう。

 ほう、内部、天井はしっかりと土魔法で強化されている。これで落盤の心配は無いだろう。

 戦いが終わったらこのトンネルを街道として利用してもらうってのもいいな。

 それは魔女王軍を追い出してからだな。


「ここだ。頼むぜ……」


 俺はトンネルの行き止まりに到着する。ここに穴を開ければ外に出られる。

 ではやりますかね。オドを練ってから…… 発動!


【魔銃! レールガン!】


 ジャキンッ


 俺は匍匐体勢を取る。トリガーに指をかけ……


 ズガァァァァァァァァンッ










 カラッ カラン……


 土煙が視界を塞ぐ。だが前方から吹いてくる風が土煙を吹き飛ばしていく。

 視界がゆっくりと開けていき、前方から見えるのは……


「ぬ、抜けた! 抜けたぞ!」

「外だ! 俺達は帰ってきたんだ!」


 獣人の歓声が上がる。みんな嬉しそうに外に向かっていく。

 俺も久しぶりにお天道様を拝みたいが……


「おい大丈夫か?」

「ははは…… すまん、俺を外に連れてってくれ……」


 魔力をほとんど使い切ってしまい、まともに動けない。

 ルーが俺を起こして肩を貸してくれた。


「掴まってろよ。ははは、本当に抜けちまうとはな。恐れ入ったよ」

「あぁ…… だがこれからが本番だ。少し休んだら……!?」


 ザクッ


 なんだ? 背中が痛い。腹にも熱を感じる。

 何があった? 俺は視線を落とす。

 すると……

 俺の腹から刃が飛び出している。


 一瞬で意識が飛びそうになる。訳も分からずルーを見上げると……


「すまねぇ……」


 ザクッ


 再び痛みが走る。まさかこいつ……


「ま、魔銃…… ハンドキャノン……」


 ジャキンッ


 かすれ行く意識の中、銃をルーに向けるが……


 ドサッ ザッ


 ルーは俺を離し、トンネルの外に向かって走りだした。


 お前が間者だったのか……


 意識が遠くなっ……


 ……………………


 ◇◆◇



「はぁはぁ……」


 くそ、やっちまった。俺は自分でしてしまったことに後悔しながらラーデに向けて走る。

 今頃みんな混乱してるんだろうな…… すまねぇ……

 でもな、俺にはこうするしかなかったんだ。

 

 実は俺は強制収容所にいる時に知ってしまったんだ。動けなくなった同胞がどうなったかをな。

 俺の女房であるスウも度重なる強制労働が体を壊して動けなくなった。

 そして他の同胞と同じように連れていかれそうになる。

 俺は必死に抵抗したんだが、多勢に無勢だ。あっという間にスウは連れていかれてしまった。


 俺は何日も泣いた。団長が慰めてくれたが俺の耳には入ってこなかった。

 スウにはもう会えない。そう思っていた。

 俺は荒れた。どうせ死ぬんだ。だったら一人でも魔女王軍を殺して死のう。

 そう思っていた。


 とある日、俺は魔女王軍から呼び出しを受ける。

 縛られ抵抗出来ないようにされてから連れていかれたのはアイヒマンの私室だった。

 アイヒマンは俺をゴミのように見つめ、いやらしい笑みを浮かべていた。


 俺はアイヒマンを殺してやろうと思った。例え縛られていても俺には鋭い牙がある。

 こいつの首を食いちぎってやる。俺はアイヒマンに飛び掛かろうとした時……

 

『なぁ、妻に会いたくないか?』


 アイヒマンが言った言葉を理解出来なかった。

 だがそんな俺を無視するようにアイヒマンは言葉を続ける。


『お前の妻は生きている。だがその命は私達が握っている。そこで提案だ。妻と生きていたいのであれば私達に協力しろ』


 こいつ!? 俺に仲間を裏切れと言うのか!? ふん、そんなことするわけないだろうが。

 それにこいつは俺達の敵だ。スウが生きているのも嘘だろう。

 そう思った。だが……


『おい、連れてこい』

『はっ!』


 ま、まさか…… 本当に生きているのか!? 

 しばらくすると部屋に向かってくる足音が聞こえる。そして……


 ガチャッ


 ドアが開くと、そこには後ろ手を縛られた痩せこけたスウの姿があった。


『あなた!』

『スウ!』


 俺達は縛られてはいたが頬を寄せ合い泣いた。

 アイヒマンが見ている前でな。そして奴は言葉を続ける。


『そいつの命はお前の態度次第だ。これから私達に協力するのであれば妻の命は保証しよう。だが断れば…… 生爪を剥ぎ、皮を剥ぎ、肉を少しずつ斬り落とす。ゆっくりと痛みを与え、この世の苦痛の全てを味わってもらうことになるがな』


 その言葉を聞いてスウは震えた。だが彼女は気丈な女だ。


『あ、あなた…… 私のことは気にしないで。仲間を裏切るなんて…… そんなことしないで!』


 と言うが俺の気持ちは決まっていた。


『やるよ。何をすればいい?』

『あなた!?』


 アイヒマンは冷たい笑みを浮かべ、俺に命令した。

 これから俺達は隣国ヴィジマに連れていかれる。

 そしてヴィジマで魔女王軍と戦う勢力のリーダーを殺せと。


『これを持っていけ』


 と短剣を一振り渡された。短剣からは禍々しい魔力を感じる。


『魔剣か?』

『あぁ。暗殺用のな。これで刺されたら体内で魔力を練れなくなり、外部からの魔法も効かなくなる。強い出血属性も付与されている。一度刺せば致命傷でなくともジワジワと死んでいく。くふふ…… それで我らに刃向かう者を殺してこい……』


 ガシッ


 俺は短剣を受け取る。

 俺は決意した。妻のために裏切り者になることを。

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