第76話 マルカでの戦い 其の五 ルーの気持ち

「はぁはぁ……」


 俺は一人、首都ラーデがあった強制収容所を目指し走る。もうすぐ着くはずだ。

 俺は仲間を裏切った。油断したタケを魔剣で刺した。

 俺の役目は魔女王軍に刃向かう反乱分子のリーダーを殺すこと。

 そうしなければ妻のスウが殺されてしまうからだ。


 丘を越えた辺りで景色が違ってくる。

 マルカは貧しい土地で作物があまり育たない。

 緑が全体的に少ないのだがラーデ周辺は違う。

 この国では珍しく土が肥えており、木々も多い。

 帰ってきたんだな……


 現在ラーデは魔女王軍に占拠されている。

 町は滅茶苦茶に壊されてはいるが、城壁はそのままだ。俺は城門に向かう。

 すると門の前にいる兵士が俺に剣を向けた。


「お前…… ふん、帰ってきたのか。戦果はあったのか?」

「あぁ。それを伝えに来た。アイヒマンに会いたい。中に入れてくれ」


「待ってろ。おい! 隊長に報告だ!」

「はっ!」


 俺はまだ中に入れてもらえなかった。

 早くスウに会いたい。彼女の無事をこの目で確かめたい。

 そればかり考えていた。


 しばらくすると報告に行った兵士が帰って来る。


「入れ! 隊長がお呼びだ!」


 ギィー……


 城門が開き、俺は元ラーデの町に入る。

 つい最近までここにいたんだが、今見ても無残な姿だ。

 ここには様々な商業施設があった。町は活気に溢れていた。

 ここには平和があった。だが今は…… 

 瓦礫が散乱し、見えるのは王が住んでいた城と俺達がいた収容施設のみ。


 ここにマルカに住む獣人が集められ、そしてその多くがここで死んでいった。

 俺は町を滅茶苦茶にした人族が許せなかった。

 だが今俺はこいつらの手先として生きている。


 殺してやりたい。だが出来ない。

 スウ、無事でいてくれ……


 兵士に連れられやってきたのは収容施設前の広場だ。


「ここで待て。間もなく隊長が来る」

「ここでか? いつもはあいつの部屋だろ。なんでここなんだ?」


 俺はラーデにいる時に数回アイヒマンにあっている。指示を受けるためにな。

 普段は縛られてから私室に通されるのだが……

 

 しばらく待っていると、暗闇の中から松明を持ってこちらにやってくる者がいる。

 アイヒマンだ。奴は重装歩兵を引き連れやってきた。

 くそ、最悪こいつを殺してやろうとも思ったか、それは無理そうだな。


 アイヒマンはいつものムカつく笑みを浮かべてから俺に話しかけてくる。


「戻ったか。で、どうなんだ? 反乱軍の首謀者は殺ってきたのか?」

「あぁ。後ろから刺してきた。二回もな」


 カランッ


 俺は魔剣を放り投げる。その剣はタケの血でべっとり汚れていた。


「ふん、首はとってこれなかったか。なら殺してきた証拠にはならん」

「おい! 話が違うぞ! この魔剣で刺せば相手は魔法が使えなくなって死ぬんだろ! 首を取ってこいとは言われてないはずだ!」


「だがお前が首謀者を殺してきたという証拠にはならん。ふん、使えん奴だ。おい……」

「はっ!」


 ジャキンッ


 アイヒマンの声に従い、兵士が剣を抜く。

 くそ、こいつ俺を殺す気か!? 汚い奴だ。だがこの展開は俺も考えていた。

 この状況を切り抜け、スウを助けるには……


「情報がある! とっておきのやつだ!」


 俺は西の街道付近からタケが掘ったトンネルを使ってラーデに襲撃をかける策を話すつもりだ。

 これをアイヒマンに伝えれば仲間の多くは死ぬことになるだろう。

 だが言わなければ。そうしないと俺もスウも死ぬことになる。


「ふん、話せ……」

「駄目だ。妻と…… スウと話したい」


 俺の言葉を聞いてアイヒマンの顔が引きつる。

 だがすぐに冷たい笑みを浮かべて……


「連れてこい」

「はっ!」


 兵士はアイヒマンの指示を受け一人闇に消えていった。

 スウ、生きてるよな? もうすぐ会えるんだよな? 

 スウは俺の全てだ。彼女無しの人生などあり得ない。


 ボッ


 アイヒマンがタバコに火をつける。そして俺に近付いてわざとらしく俺に煙を吹きかける。


「ふー…… ふふ、それにしてもお前はどんな情報を持っているんだ? 話せ」

「ごほっ。断る。スウの無事を確認してからだ。もし彼女に何かしたら…… お前を殺してやる……」


「ははは! おぉ恐い恐い! 心配するな! 彼女は無事だ! まったく獣の分際で女一人にここまで執心するとはね。バカな奴だ。お? 来たようだな……」


 アイヒマンが視線を向ける先には縛られて首に縄をかけられたスウがいた。

 スウも俺に気が付いたのか……


「あなた!」

「スウ!」


 俺はスウのもとに駆け寄る。そしてスウを胸に抱いて泣いた。

 よかった…… 生きていてくれた……


「あなた…… ごめんなさい……」

「いいんだ……」


「おい、感動の再会を邪魔して悪いが話してもらうぞ」


 そうだった。俺はスウを抱きながら反乱軍の情報を全て話す。

 東と中央の街道はおとりであり、西の街道付近に掘ったトンネルを使ってラーデに襲撃をかけることを。

 そして奇襲部隊を率いるタケは俺が刺した。

 指揮系統を失った奇襲部隊は動くことが出来ないでいるはずだ。


 俺の話を聞いてアイヒマンが焦り始める。


「ほ、本当だな…… バクーに遣いを出せ! 急ぎ援軍を送ってもらう! 東と中央にいる兵士にも伝えろ! 半数をラーデに戻せ! 返り討ちにするのだ!」


 アイヒマンの指示を受け、伝令の兵士が走りだす。くそ…… 本当だったら俺達が優勢だったのに……


 ジャキンッ


 な!? 突然兵士が俺達に剣を向ける!?


「おい! どういうつもりだ!」

「どういうつもりだと? ふん、もうお前には間者としての価値は無い。顔は割れているのだろう。もう反乱軍に帰ることも出来ない役立たずを生かしておく必要はないからな。ここで死んでおけ」


 な、なんだと!? 兵士は剣を向けながら俺達を囲っていく!


「アイヒマン! 貴様、約束が違うぞ!」

「何を騒いでいる? 私は約束を守っただろ? 妻を今の今まで生かしておいてやったんだ。それに感謝してもらいたいね。愛する妻と一緒に逝けるんだ。それだけでも幸せだろうが。時間が無い。さっさと殺せ!」

「はっ!」


 俺達を囲む兵士が剣を振り上げた! 俺はスウを庇うように抱きしめることしか出来なかった……


「あなた!」

「スウ……!」


 だがその時だ。聞こえてきたのは剣を振り下ろす音ではない。俺の背を切り裂く音でもなかった。


 ズキュゥゥゥゥゥゥンッ


 バチュッ


 魔法でもない聞きなれない音が聞こえた瞬間、兵士の頭が弾けとんだ。


「な、なんだ!? うがっ!?」

「ひぃ! し、死んでる! うぐぁ!?」


 そして俺を囲む兵士が次々に死んでいく。

 頭を吹き飛ばされ、胸に大きな穴をあけ、手足を吹き飛ばされて。

 一体何が起こった!?


「わ、私を守れ!」

「はっ!」


 アイヒマンは盾を構えた重装歩兵の中に入る。

 怯えたように辺りの様子を伺っていた。


 俺も訳も分からずスウを抱いたまま立ち尽くしていると……

 遠くから雄たけびが聞こえてきた。



 うぉー……

 かかれー……

 ラーデを取り戻せー……



 こ、この声は!? まさか!?


 次第と声は近くなっていく。 

 恐らくラーデには魔女王軍はあまり駐屯していなかったのだろう。

 騒ぎはすぐに収まった。そしてこちらに近付いて来る者達がいる。


 ザッザッザッザッ


 足音が聞こえる。一人でこちらに歩いてくるだと?

 さすがに分かった。仲間だ。だがなぜ? 

 東と中央の街道は今は戦闘中であり、ここまで来られるはずがない。

 そして西の街道は…… 

 ふふ、そんな常識に囚われる相手じゃなかったか。


 ザッザッザッザッ ザッ


「こいつがアイヒマンか」


 暗闇から現れたのはタケだった。

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