第38話 無駄な知識

「サシャ……」

「フリン……」


 敵同士であるエルフの二人は人目もはばからずイチャイチャしとる。

 ヤバイな。止めないとキスとかし始めるぞ。


「うわぁ…… いいなぁ……」


 アリアは恥ずかしがりながらも二人を見つめる。

 あんなのが羨ましいか? 


「ごほん……」


 咳払いをして気付かせよう。

 だが二人は自分達の世界から帰ってこない。


「ごほん! うぉっほん!!」


 大袈裟に咳をすると、ようやく気付いてくれた。


「あ、あら? どうしたの?」

「どうしたのじゃないよ…… そういうのは二人になった時にしてくれ。聞いてくれ。今後の方針を話したい」


 これから話すことを実行すれば、エルフの協力を得られるはずだ。

 そのためにもこいつらにはしっかり仕事をしてもらうけどな。


「確か魔女王軍の主な拠点は二つだと言ったな。まずはその一つを潰す」

「潰すって…… そう簡単に行くわけないだろ。それが出来たら僕達だけで対応してるさ」


 フリンは否定的だが、その通りだろうな。

 だがそれは最終目標だ。

 そこに至るまでにやらなくてはいけないことがある。


 彼等の話を聞く限りだと、エルフ達は魔女王軍を相手に戦うことはあったが、その圧倒的な物量を前に逃げだしたそうだ。


 これは決して悪いことではない。

 生きてさえいれば再起を図れるからな。

 だがここのところ士気は落ちており、攻めこまれたら全滅はまぬがれないだろう。


 俺達がまず最初にやらなければいけないこと。

 ごく小さい勝利でいい。それを積み上げていくことだ。

 それがエルフ達に広まれば士気は上がっていくはずだ。


 俺の話を聞いたサシャが不思議そうな顔をしている。

 いまいち信用してないな。


「士気が上がるのはいいことだけどさ、だからって私達が協力するとは限らないじゃないの?」

「ごもっとも。俺もエルフ、ダークエルフの全てを味方につけようとは思っていない。だが俺達に味方してくれる者は絶対いるはずだ」


 これはここにいる二人を見て確信した。

 憎しみあう種族同士でも恋人になれるんだからな。

 

 今までエルフ達の多くは洗脳に近い形でお互いを差別するよう教えられてきたはずだ。

 ならばお互いを忌避する感情を上書きしてやればいいだけのこと。

 俺がやろうとしているのはカウンタープロパガンダってやつだ。


 プロパガンダとは特定の世論に導くということ。

 戦争でよく使われてる手だよな。

 エルフ達はお互いを憎しみあっている。

 だがそれは間違いだということを広めてやればいい。


 効果的なのは視覚に訴えかけること。

 残念だがこの世界にテレビは無いから映像を見せるという手段は使えない。

 だが勝利を伝える手段なんていくらでも転がっている。


 かいつまんでフリンとサシャに説明すると、なんとなく理解してくれたようだ。


「へぇー、あんた頭いいんだね!」

「確かにその方法なら協力しあえるかもしれないな……」


「そういうことさ。さっき言った通りだ。まずは小さな勝利を積み重ねていく。それから仲間を増やして拠点を潰せばいいのさ。ではこのまま作戦会議といこうか!」


 

◇◆◇



 数時間後、ようやく会議は終わり辺りは夕闇に包まれる。

 二人の話では魔女王軍は少しずつ森を焼き、エルフ達を殲滅しようとしているようだ。


 バルルから撤退した本隊はヴィジマにある拠点を目指しているだろう。

 ならば撤退したルート沿いに必ず補給線があり、規模は小さいだろうが敵拠点もあるはずだ。


 それを一つずつ潰していくことで話がついた。

 出発は明日。今日はここで一泊していくことにした。


 夕食を終え、俺は一人で焚き火にあたる。

 アリアとルネは先にテントで眠っている。

 若いエルフの二人は俺達から少し離れたところで眠るようだ。


 そっちの方がいい。情熱的な二人だ。

 おっぱじめられて声が聞こえてきても困るしな。


 パキッ


 後ろから枝を踏みしめる音。

 振り向かなくても分かる。アリアだな。


「起きたのか?」

「あはは、こっそり近づこうとしたのに。ばれちゃいました」


 アリアは俺の横に座る。

 ちょうどお湯が沸いたので二人分のコーヒーを入れてアリアに渡す。


「どうぞ」

「ありがとうございます。ん…… 美味しいです。ねぇ先生? 少し話してもいいですか?」


「さっきの話か? 何か分からないことがあるのか?」

「ち、違うんです。私サシャさんから色々聞いたんですけど…… あ、赤ちゃんってどうやって作るんですか!?」


「ぶはぁっ!? げほっ! げほぉっ!?」


 コーヒーを噴いた! 

 き、気管に入った! 

 おま! いきなり何言い出すんだ!? 

 っていうか、お前ら何話してんだよ! 


「げほ、げほ…… はぁ、死ぬかと思った…… ア、アリア、なんでそんなことを聞く?」

「だ、だって、サシャさんの言ってることが信じられなくて……」


 アリアは顔と長い耳を真っ赤にする。

 あれ? まさかアリアって何も知らないのか? 

 だがその手の知識は友人とかから仕入れてきたりするもんじゃないの?


 一応聞いてみるか。


「アリアは知らないのか?」

「す、少しは知ってます! 交尾っていうんでしょ!? でも昔から不思議に思ってたんです。尻尾が無い種族だっているのに、どうやって赤ちゃんができるんだろうって。私も尻尾が無いから赤ちゃんは出来ないって思いこんでたんです……」


 どストレートに言うな…… 

 久しぶりに交尾って聞いたわ。

 話によるとアリアは友達が少なく、母親もその手の知識を教える前に死んでしまったと。


 つまりアリアは文字通り尻尾を絡ませれば子供が出来ると思っていたそうだ。

 地球でいう、赤ちゃんはコウノトリが運んできたっていうのを信じてたのと同じだな。


 アリアの話では彼女はサキュバスの特性を受け継いでいるらしい。

 ずいぶんと無垢な淫魔がいたものだ。

 

 で、サシャと話しているうちに、その手の話題になり自分の知識が間違っていたことを知ったそうな。


 どうするよ?  

 まぁ彼女も大人だし言っても問題無いとは思うが……


「う、うん。サシャが何を言ったのかは知らないけど、尻尾を絡ませても子供は出来ないのは本当だね……」

「そんな……!? そ、それじゃ赤ちゃんを作るには……」


 絶句した後、俺の腰の辺りを見つめる。

 そんなにマジマジと見るんじゃない…… 


「先生は結婚してたし、子供もいたんですよね? つ、つまり……」

「うん。することしてたら子供は出来るよね」


「ど、どうしよう…… 私がんばれないかも……」


 アリアはそう呟いてテントに戻っていった。

 なんだ? まるで俺が傷付けたみたいじゃないか。


 ま、まぁこうやって知識をつけていくのも大人になるために必要なことだ。

 だがサシャっていきなり何を話してんだよ。

 俺の中のエルフ像が崩れたわ。


 なんだかこのままテントに戻れないな。

 変な空気になることを恐れた俺はこのまま焚き火のそばで寝ることにした。


 横になりながら思う。

 エルフと知り合えたのは嬉しいけど、おかしな奴等を仲間にしてしまったんじゃないかと。

 今さら他のエルフを探す時間も無い。

 これ以上アリアに変なこと教えないようサシャに言っておかないとな。

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