第27話 戦い 其の二

 ホー ホー


 ゲココ ゲココ


 夜が来た。戦いが間もなく始まろうとしている。

 

 俺達は今、決戦の地になるであろう双子沼の街道にいる。

 目の前には計四万を超える竜人達。

 まずは飛竜部隊に指示を出す。


「お前達は常に上空で待機だ。今は夜だが灯りで戦況は分かるだろ。奇襲が始まれば、敵は補給部隊に伝令を出すはずだ。動きがあれば知らせてくれ」

「はい!」


 バサッ バサバサッ バサバサバサバサッ


 飛竜は羽音を立て上空に向かう。

 頼んだぞ。

 ステータスが低く、直接戦闘で役に立てない彼らだが、戦いにおいて一番重要な情報収集は飛竜の仕事だ。


 さて次だ。

 ワニ顔の水竜部隊に指示を出す。


「お前達は双子沼を泳いで進め。指示があるまで待機。敵を見つけても決して先走って攻撃しては駄目だ。それと一撃離脱を心がけろ。お前達の役目は相手を混乱させることと、補給線を絶つこと。これを忘れるな」

「はっ!」


 俺の指示を受け、水竜族が沼に入っていく。

 水源を泳げば馬より速く動くことが出来るらしいからな。

 彼らなら伝令が着く前に補給線を絶つことが出来るはずだ。


「では我らだな……」

「あぁ。準備はいいか?」


 俺と街道を進むのはトカゲ顔のベルンドだ。

 こいつが俺の補佐をしてくれる。


「では進軍開始……」

「…………」


 俺の声に竜人達は無言で答える。  

 敵はまだ遠いとはいえ、大声を出されて気付かれたんじゃお話にならないからな。


 俺達は武器をその手に持ち、街道を進む。


 ザッザッザッザッ


「なぁタケよ。お前は将は戦うべきではないと言っていたが、お前はどうなんだ? お前も指揮をとる立場だろ。言っていることが矛盾してないか?」


 小声でベルンドが尋ねてくる。

 こいつの言うことはもっともだ。

 だがこれは俺とアリアにしか出来ないことがあるからだ。


「まぁな…… だが敵の混乱に乗じて敵陣に乗り込むなんてお前達には出来ないだろ? 俺は人族だし、アリアも角と耳を隠せば人族に見える」

「だがアリアはメスだろ? 人族の兵士にはメスもいるのか?」


 メスって…… 女と言ってくれ。

 セクハラで訴えられるぞ。


「まぁな。それにアリアは甲冑を着込めば男に見えなくもない。胸も無いし、喋らなければバレないはずだ」

「そ、そうですね。確かに…… って、先生嫌い!」


 ははは、怒っちゃったよ。

 緊張しっぱなしで一言も喋らなかった。

 緊張をほぐしてやろうと思ったのだが。


「お喋りはここまでだ…… 前を見ろ……」

「もう! 先生が言ってきたくせに……? あ、灯りが見えます……」


 なるほど。奴等、かなり強固な陣を構えてるな。

 木々と土嚢で作った防壁に物見櫓。

 しかも両脇には双子沼ときたもんだ。

 攻めるには街道を真っ直ぐ進むしかない。


「魔術師部隊…… 前へ……」


 主力部隊である竜人族から魔術に特化した者を選び抜いた。

 俺も魔銃スナイパーライフルを発動。

 アリアは魔力を上げるユクドラシルの棍を構える。


「いいか…… よく狙うんだ…… カウントする…… 三…… 二…… 一…… 撃て!」


 ガォンッ シュンッ ゴォンッ バシュッ


 様々な発動音をあげ、魔法が一斉に放たれる! 

 火の玉は柵を焼き、氷の矢が物見櫓に降り注ぐ。

 そして俺の魔弾が見張りの頭を吹き飛ばす!


「反撃が来るぞ! 障壁用意!」


 ブゥンッ


 各属性の魔法障壁が発動。

 敵は馬鹿じゃない。

 異常があった時は遠方から攻撃を仕掛けてくる。


 シュンッ シュンシュンッ シュンシュンシュンシュンシュンッ


「来たぞ! 備えろ!」

「「「おう!」」」


 矢が雨のように降ってくる。

 だが風属性の障壁は既に発動している。

 矢は軌道を変えて明後日の方向に飛んでいく。

 俺達に当たることはない。

 矢も魔法もそれにあった障壁を張れば損害を出すことはないのだ。


 しかしこれは敵も同じこと。

 遠距離戦はもう通用しないだろう。

 なら前に出て戦うしかない。

 可能な限りの大声で指示を出す!


「突撃!」

「「「おうっ!」」」


 俺達は全力で敵陣地に向かう! 

 だがそうはさせまいと魔女王の軍勢も陣から飛び出してくる! 

 よし、作戦通り!


「止まれ! 撤退!」


 俺の声と同時に竜人達は踵を返す! 


「発射!」


 ヒューン…… ドゴォッ


「ギャー!?」

「あ、足がー!?」

「な、なんだ!? 状況を確認しろ!」


 轟音と共に空から降ってきたのはテコの原理で岩を飛ばす霹靂車って奴だ。

 魔法は強力だ。攻撃にも防御にも使える。

 とても便利なものだが決して万能ではない。


 軽い矢、通常魔法であれば強力な障壁で防がれてしまう。

 だったら属性に左右されない、かつ軌道を変えられないほどの大質量を落としてやればいいだけのことだ。


「引き続き後退!」

「くそ…… このまま突撃すればよいのに……」


 ベルンドがごちる。確かに奇襲は成功した。

 このまま突撃すれば敵に大打撃を与えられるだろう。

 だが敵は俺達より多い。

 体制を整えたらすぐに逆転されてしまう。


 それに霹靂車は多用出来ない。

 次弾装填から発射まで時間がかかり過ぎる。


 だからこそ次の一手だ!


「水竜部隊!」


 ザバァッ


「こ、こいつらどこから!?」

「ひぃー!?」


 水竜達は沼から飛ぶように街道に現れる。

 そしてその大きな口で噛みつき、大矛で敵を突き刺す。

 完全に不意を突かれた魔女王達は大混乱に陥った。


「よし! そこまで! 水竜部隊、下がれ!」


 ザバァッ


 俺の指示を受け、水竜達は沼に戻る。

 そしてこれから彼らは水源を利用して隠密に北上してもらう手筈になっている。


 よし、ここまで作戦通りだ!


「せ、先生、これからどうするんでしたか!?」

「おいおい、散々話しただろ?」


「す、すいません。全部記憶が飛んじゃいました……」

「しょうがないな…… 一旦下がる! 水竜部隊は散開! 奇襲部隊以外は補給線を狙え!」


 俺の声は沼の中にいる水竜達に届くはずだ。

 敵の目を掻い潜り、この国の北にある補給線を襲う手筈になっている。


「止まれ! 被害確認! アリアと俺は潜入準備に入る! ベルンド、ここは任せたぞ!」

「おう! 手早く頼むぞ!」


 俺とアリアは敵から鹵獲しておいた甲冑を着る。

 頭から足まで覆う鎧だ。

 これなら敵にバレることもないだろう。


「お、重いですぅ……」

「俺もだ。全く鎧を着るなんていつぶりだろうな」


「でもこれならバレることは無さそうですね。先生、私人族に見えますか?」

「そうだな。でも兵隊にしては顔が可愛すぎるかもな」


「え? せ、先生、今なんて言いました!? もう一回言って下さい!」

「戦いが終わったらな! 準備が出来たら戻るぞ!」


「ち、ちょっと先生! もう一回言ってー!」


 これ以上言ったら、俺が集中出来なくなるだろ!? 

 でも俺も悪かった。つい本音が出てしまったからな。


 俺達は再びベルンドの元に戻る。

 どうやら被害は軽微であり、死者はいないようだ。


「タケか? 被害状況の確認は終わった。いつでも出られるぞ!」

「そうか。だがもう少し待機だ。敵も間もなく体制を整えるはずだ。なるべく引き付ける! 全軍防御陣形をとれ!」


 チャキッ ブゥンッ


 屈強な兵士が盾を、魔法部隊が障壁を張る。

 きっともうすぐだ。

 もうすぐ奴等はこちらに向かってくる……


 バササッ


 突如羽音が上空に響く。

 上を見ると飛竜の斥候が空から俺達には報告してくる。


「来ました! すごい数です!」

「そうか! お前達は水竜達に作戦開始を伝えろ!」

「はっ!」


 飛竜は飛び去っていく。

 今から水竜は三つの部隊に分かれる。

 沼の中から俺達を援護する者、バルルの北にある補給線を襲う者、そして敵陣を背後から襲う者だ。


 魔女王の兵士達が松明を手にこちらに向かってくる…… 


「タケ、まだか!?」

「あぁ。もう少し待て……」


 松明の炎が次第と大きく見えるようになる。

 もう少し…… 

 もう少しなんだ…… 

 そして……


「と、止まった?」


 突如敵兵の進軍が止まる。

 そして敵陣の中から何やら声がする。

 遠すぎて内容は聞き取れないが、明らかに混乱しているようだ。


 これは敵陣の背後に回った水竜が攻撃を開始したってことだ。よし! 

 ここまで作戦通りだ!


「全軍突撃!」

「「「おおー!!」」」


 俺達は走る! 

 魔女王の軍勢は完全に不意を突かれる形となった。

 前からは竜人族の主力部隊が、後ろからは水竜の奇襲部隊が、

 そして左右は沼地であり逃げ道はない。


 奴等を完全に挟み撃ちにする形となる。

 こうなった時は敵の数は問題では無くなる。

 無人の野を駆けるが如く敵陣を切り裂くことが出来る。


「行けー!」

「おおー!!」


 竜人達は手にした武器で魔女王の兵士に斬りかかる!


 ガキィンッ ズバァッ


 あちこちから剣と剣がぶつかり合う音、斬られ地面に倒れる音、そして兵士の悲鳴が聞こえる! 


「アリア! 行くぞ!」

「はい!」


 俺達は剣撃を掻い潜り、混乱に乗じて魔女王達の隊列に潜り込む。


 ははは! 予想以上に上手くいったな! 

 後は兵糧庫を叩くだけだ! 


「おい貴様! 敵に背を向けるとは何事か!? 前線に戻れ!」


 俺達が陣に向かうのを止める者がいる。

 上官だろうか? 

 ここは落ち着いて……


「も、申し訳ありません! 仲間が怪我をしてしまいまして、私も武器を折られました!」


 咄嗟にアリアに肩を貸すふりをする。

 バ、バレるなよ。ほら、俺達は武器を持ってないんだ。

 頼む、行かせてくれ……!


「くそ、しょうがないな…… 装備を整えたらすぐに戻れ!」

「はっ!」


 良かった…… 

 上官らしき兵士は俺達を味方だと勘違いしている。

 ちょっとびっくりしたが、ここまで完璧に俺の筋書き通り!


 俺達はそのまま敵陣に入ることが出来た。

 さぁ、ここからが本番だ! 

 この戦い、勝つぞ!

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