第18話 襲撃

 俺達は西に向かって進む。今日で三日目だ。

 デュパの話ではそろそろ着く頃だろうが、ルネの面倒を見ながらの行軍だ。

 少し遅れてるのだろう。それにもうすぐ夜になる。

 今日はここで一泊だな。


「アリア、ここまでだ。野営の準備を頼む」

「はい!」


 俺の背中で寝ているルネを地面に寝かせてから、アリアと一緒にテントを設営する。

 この国が湿原だらけな理由がよく分かった。

 二日に一回は雨が降るのだ。

 地面が乾かないわけだ。


 テントを張り終えたところで……


 ポツ ポツ サァァァァ


 降り出したか。間にあってよかった。

 俺はルネを抱きかかえテントの中に逃げ込んだ。


「危なかったですね……」

「あぁ。それじゃ食事の準備をするよ。ゆっくり休ん……」


「今日は私が作ります!」


 と言って雨よけの下で調理を始めた。

 そういえばアリアの料理ってまだ食べたことがない。

 そもそも料理出来るのか? 

 まぁ食材は限られてるから不味いものは出来ないだろう。


 しばらくすると辺りにいい香りが漂ってくる。

 あれ? この匂いは……


「ふふ、出来ましたよー」

「キュー」


 ルネも目を覚ましたようだ。

 食器の中はいつもの乾燥豆と乾パンを溶かした粥のようなものだが、香りが違うな。


「何を入れたんだ?」

「お昼の休憩中に辛子の根を見つけたんです」


 アリアは鞄の中から辛子の根と呼ばれる植物を取り出す。

 これは…… 山葵そっくりだな。

 へぇ、これは嬉しいな。

 まさか異世界で山葵に出会えるとは。

 粥の中には山葵が細かく切ってある物が浮かんでいる。


「辛いからルネのごはんには入れてないからね」

「キュー」


 いい配慮だ。

 アリアはルネにごはんをあげ始めたので、先にいただくか。

 どれどれ?

 一口食べてみると、食べ慣れた心地いい刺激が舌を刺す。

 おぉ、鼻に昇ってくるツンとした刺激も山葵そっくりだ。


「美味いよ。アリア、ありがとな」

「ほ、ほんとですか! そ、それじゃこれから時々でいいんで私が作ってもいいですか?」


 ん? それはとてもありがたいのだが…… 

 ちょっと危ないな。

 俺はバカじゃない。アリアの俺への好意は分かっている。

 だがそれには応えられない。

 地球に帰るまでは本気で誰も好きになってはいけない。

 俺自身に課した誓いだ。


 まぁアリアは若いし、俺への想いも一時の過ちと気付く時が来るはずだ。


 食事を終え、早々に床に就く。

 ルネは俺の腕を枕にしてキューキューと寝息を立てている。

 ルネ、明日には仲間のところに帰してあげるからな。少しの間しかいなかったが、やはり寂しい。


「先生……」


 アリア? まだ起きてたのか。

 横を見るとアリアと目が合った。


「どうした? 眠れないのか?」

「はい…… 恐いんです。す、少しだけそっちに行っていいですか……?」


 やば…… 断ったほうがいいだろう。

 だがここは狭いテントだ。

 これ以上離れようがない。

 どうするかな…… そうだ!


「恐いのか…… なら何か話してやるよ」

「ほ、ほんとですか!? それじゃ先生の話が聞きたいです! 好きな女性のタイプは!?」


 す、すごいのってくるな。

 こんなにグイグイ来るとは思わなかった。

 まぁ言っても減るもんじゃないし、話してやることにした。



◇◆◇



「はー…… 意外でした。先生って結構普通な人なんですね」

「当たり前だ。俺がどんな趣味してると思ったんだよ」


 結構根掘り葉掘り聞かれた。

 好きな髪型から化粧、身長、体重、バストサイズまで。

 だがある程度好みってのはあるが、好きになった相手の全てが好きになるってだけだ。

 好みなんてのは変わるもんだ。


「それじゃ私にもチャンスが…… んふふ……」


 最後に不穏な言葉が聞こえたな。

 勘違いされても困る。一言言っておかないとな。


「アリア、俺は……?」

「ど、どうしました?」


 言葉を止める。この感じ……? 

 気功レーダーを発動しているから分かった。

 囲まれてる。敵との距離は百メートルってところか。

 時間が無い。


「アリア、敵だ。俺が行く。テントで待っててくれ」

「そんな! 私も行きます!」


「駄目だ! ルネはどうする気だ!?」

「そ、それは…… 分かりました……」


 守らなければいけない対象がいるなら戦力が高い者が前に出るべきだ。

 アリアは貴重な戦力だが、この際仕方ない。

 苦手なんだよね、守りながら戦うって……


 俺は一人テントを出る。

 ルネも起きたのか、アリアに抱かれて震えていた。


(どこに行くの?)


 ちょっとね。そのままアリアと中にいるんだぞ。

 すぐに戻る。


(うん…… すぐに帰ってきてね……)


 さてと…… 

 ここまで距離が近いと魔銃は使えない。

 囲まれてる場合は近接戦闘で切り抜けるのがベストだ。

 ユグドラシルの棍は発動済みだ。

 さぁいつでも来い……


 夜でしかも雨が降っている。

 視界は限りなく悪い。

 気功レーダーを発動しているから後ろの敵の位置も分かるのだが、所詮視覚には及ばない。

 ざっくりどこにいるかが分かる程度だ。


 ズチャッ ズチャッ


 足音が近付いてくる。

 かなり重量感のある足音。

 これは…… 人の足音じゃない。

 魔物か? 


 ズチャッ ズチャッ ズチャッ


 現れたのは…… 

 ワニ? ワニのような顔をした二足歩行の竜人だ。

 でかいな。二メートルはある。

 よ、よかった。ここで目的としていた奴等と出会えるとは。

 戦わずにすんだ……よな?


「グルルルル……」


 そ、そんなことはなかったな。

 俺は彼らにとって憎むべき人族だ。

 ここは一つ穏便に話し合いを……


「グワォ!」


 ドヒュッ


 うおっ!? 槍で突いてきた!

 咄嗟に躱し、距離を取る!


「落ち着け! 俺は敵じゃない!」

「ほざけ! 魔女の手先が! お前達に我らの聖地を汚せはせん! 囲め!」


 バチャバチャと水音を立て、竜人は移動し始める。

 俺は四方から狙われる形となった。

 こ、これはやばいぞ。

 相手は俺を殺す気満々だが、俺はアリア達を守りつつ、俺自身の身を守りつつ、さらに竜人達を殺さずに戦わなければならない。


 これは難易度が高すぎる。

 どこまで防ぎきれるか…… 

 まぁやるだけやるしかないか! 

 どうせ相手は待ってくれないしな! 

 最後に一言だけ言っておくか!


「聞け! 俺はタケ! 魔女王の手先ではない! お前達を助けに来た! だがお前達が俺に危害を加えるなら全力で抵抗する! もし死んだとしても恨むなよ! これが最後通告だ!」


「戯言を! 殺せ!」


 はい、交渉決裂! 

 四方から槍で突いてくる! 

 しょうがねぇな! 

 棍を持つ手に気を流す! 

 イメージするのは刃!


 ブゥンッ


 迫る槍目掛け、棍を振り回す!


 スパパパッ


 槍は穂先を失い、竜人達は呆気にとられている! 

 すまんな、後で治してやるからな! 

 狙うは急所以外だ。効果的なのは……


 ブンッ ベキィッ

 ブンッ バキィッ

 ブンッ ベキィッ

 ブンッ ドスッ


「うわっ!?」「ぐぉっ!?」「うおっ!?」「げはぁっ!?」


 足の骨が折れる程度の強さで打ち据える。

 最後の一人だけは水月を突いた。

 丸一日は起き上がれないはずだ。


「き、貴様! よくも仲間を!」

「うるせぇ! 抵抗しなくちゃ俺が殺されるだけだろうが! もう一度だけ言うぞ! 俺は敵じゃない!」


 どうせ聞いてくれないんだろうな! 

 だったらさっさと終わらせるだけだ! 

 今度はこっちから仕掛ける! 

 棍を横に構えて…… 振りぬくと同時に!


「伸びろ!」


 ブォォォンッ ベキィィッ


「うぉっ!?」「ぎゃあっ!?」


 ユグドラシルの棍はある程度ではあるが伸縮自在。

 横に思いっきり薙ぎ払ってやった。

 カンストしたSTRでの渾身の一撃だ。

 鎧は砕け、竜人達は大きく吹っ飛んでいった。

 十数人は無力化出来たか?


 だが竜人達の殺意は収まらない。

 こいつら最後の一人になっても戦い続けるだろう。

 この程度の戦闘力なら相手に出来そうだ。

 心配なのは加減を間違えて殺してしまうこと。

 竜人を味方につけなければ魔女王に対抗する手段を失うからだ。


 悩むな…… 

 何とか彼らの誤解を解いて、話し合いに持ち込みたい。

 そう思った次の瞬間……


(恐いよぉ…… タケ、帰ってきて……)


 ルネの思考が流れてくる。

 ごめんな。もうすぐ帰るからな。

 ルネのためにもさっさと終わらせないと。

 俺は再び棍を構える……のだが、竜人達がザワザワし始める。


「い、今の声は…… まさか、御子様がおられるのか!?」

経路パスだ! 御子様の声が聞こえる!」

「どこにおられるのですか!?」


 これは…… 彼らもルネの声が聞こえるのか? 

 そういえばデュパという竜人は言った。

 ルネが御子だと。


 これは使えそうだな。

 俺は棍を納め、竜人達に向かって……!


「そうだ! 御子を連れてきた! 彼女をお前達に返そう! お前達も矛を納めろ!」

「ほ、本当か!? だが信じられん、人族が御子様をどうやって……」


「それは後で教える! まずは代表者と話がしたい!」

「…………」


 竜人達の殺気が収まってくる。

 ふぅ、これで平和的解決が出来そうだな。

 それにしてもいきなり戦闘になるとは思わなかったが、竜人達と接触出来た。

 第一関門突破だな。

 後はどうやって彼らを味方につけるかだ。

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