第16話 名付け

 そろそろいいかな。

 戻した豆と溶かした乾パンに軽く味を付けてっと……


「あははは! も、もう勘弁してー!」

「キュー」


 俺の後ろではアリアと竜神族の子がバタバタと暴れている。

 よほどお腹が空いたのだろう。

 出るはずもないアリアのおっぱいを口に含もうとしている。

 まだやってたのか。


(ねぇ、お腹空いたのー)


 心の中に声が響く。

 はいはい、もうすぐ出来るからな。

 俺が思ってることに反応するように竜神族の子はキューキュー鳴いた。


 出来上がった粥のような物を持ってバタバタと暴れる二人の下に戻る。


「ほら、出来たぞ」

「キュー」


 俺は粥を匙ですくいフーフーと冷ましてから竜神族の子の口元に。

 この子は口を大きく開けて準備していた。


「ゆっくり食べるんだぞ」

「キュー」


 ペチョペチョと音を立て咀嚼する。

 はは、なんか雛鳥に餌付けしてるみたいだな。


(おいしいよ。もっとちょうだい)


 はいよ。俺は心の中に響く声に従い次の一口を運ぶ。

 その光景を見て、アリアが笑っていた。


「ふふ、何だか親子みたいですね」

「そうか? でも子育てなんか久しぶりだよ……」


「え……? せ、先生、子供もいたんですか!?」


 ものすごく驚いた顔をされた。

 そりゃ結婚してたんだから子供くらい出来るわ。

 そんなに意外か? 

 まぁ何万年も前の話だからほとんど忘れちゃったがね。

 今はおむつとか代えられる自信が無い。


 その後も粥を竜神族の子の口に運んでいくのだが……


「キュー……」


 ゆっくりと船を漕ぎだした後、俺の膝の上に倒れ込んだ。


「かわいい…… 寝ちゃいましたね」

「あぁ、アリア、毛布を取ってきてくれ」


 起こすのはかわいそうだ。

 俺の膝を枕に寝てしまったこの子に毛布を掛ける。

 さて、思わぬ拾い物をしてしまったな。

 最初はこの子を竜人族との交渉に使えるかと思ったが、状況が変わった。

 俺はこの子を起こさぬよう、アリアに何が起こったのか話すことにした。



◇◆◇



「こ、こんな小さな子がギフト持ちだなんて……」

「あぁ、だがまだ力は弱いし、能力を使って相手を傷付けることは出来ないだろう。だがこの子が育っていったら……」


 ギフトの力は強力だ。

 使い方によっては一軍並の力を発揮する。

 味方になってくれれば心強いことこの上ないが、敵にまわったとしたら…… 


「とにかくこの子を竜人族に渡す。いいか?」

「はい、あ、あの……」


 アリアは何か言いたげだ。

 ちょっと恥ずかしそうにしてるな。

 彼女はキューキューと寝息を立て寝ている竜神族の子の頭を撫でながら……


「あ、あの、この子に名前を付けてあげませんか?」


 名前? 確かに固有名詞があった方がコミュニケーションは取りやすいだろうな。


「へぇ、いい考えじゃないか。じゃあこの子の名前は竜子だ!」「ってなんで勝手に決めてるんですか! しかもリュウコって!」


 ん? ダメだったか? 

 中々いい名前だと思ったんだがなぁ……


「それじゃどんな名前がいいんだ? 竜美とか?」

「いったんリュウから離れませんか……」


 むぅ、まるで俺にセンスが無いみたいな言い方だな。

 あ、あれ? そういえば俺の子供達の名前も全部ララァが決めてたな。

 もしかして……


「な、なぁ、俺ってセンス無いのかな……」

「少なくともリュウコとリュウミではセンスは感じられません。もし私がそんな名前つけられたらきっとグレてます……」


 そ、そんなはずはない! 

 俺はその後も俺はこの子の名前を次々に挙げるのだが全て却下された。

 アリアは頭を抱えてため息をついている。


「タケ先生、もういいです……」

「そ、そうか。それじゃ名付けはアリアに任せようかな……」


 こ、こういった時は適材適所だ。

 苦手なことを無理にやることはない。

 という訳で名前についてはアリアに丸投げすることにした。


「分かりました…… せっかくこうして出会えたんです。少しでもいい名前にしてあげたいし…… そうだ!」

「お? 何かいい名前を思いついたのか?」


「はい! でもこの子に直接聞かせてあげたいんです。起きたら教えますね!」


 引っ張るなぁ。

 ちょっと気になるが、今はこの子が起きるのを待つとするか。

 夜明けまでもう少し時間があるな。


「アリア、見張りを交代しよう。少し寝ておくんだ」

「はい? で、でも先生は?」


 今の騒ぎですっかり目が覚めてしまった。

 多分眠れないだろう。


「気にするな。俺はアリアより体力はあるからな。少しでも休んでおけ」

「はい……」


 アリアは俺を心配そうに見つめる。

 まぁ一時間も眠ってないからな。

 どこかで多めに休憩をとればいいさ。


 しばらくすると朝日が昇ってくる。

 眩しかったのかな。

 竜神族の子は俺が起こす前に目を覚ました。


(起きたのー)


 はい、おはようさん。

 経路を使った念話か。

 実際に体験するのは初めてだが、中々便利な能力だ。

 この能力が無ければコミュニケーションは取れなかっただろう。


 さてアリアが起きる前に朝食の準備をするかな。

 材料が乏しいので作れる料理は少ないが、食事が必要な者が二人もいるんだ。

 少し多めに作っておこう。


 この子ってほとんど人間みたいな姿だが一応竜の血を引いてるんだよな。

 肉の方が良かったかな?


(何でも食べるのー)


 ははは、いい子だな。

 それじゃ今度肉でも焼いてやるよ。今日は粥でかんべんな。

 コトコトとお湯を沸かし乾燥豆を戻す。

 大して美味い物じゃないが、空腹に耐えかねたのかアリアも起きてきた。


「お、おはようございます……」

「げんなりしてるな…… 腹減ってるのか?」


「はい、ペコペコですぅ……」

「もうすぐ出来る。ちょっと待っててくれ」


 アリアに粥を渡すとがつがつ食べ始める。

 美味しくはないと思うのだが、嬉しそうに食べてるな。


(早く欲しいのー)


 おっとしまった。

 俺は匙で粥をすくい竜神族の子に食べさせる。

 って、この子、まだ一歳にもなってないのに、かなり大きいな。

 人でいうところの五歳くらいの大きさだ。

 顔もかわいいし、きっと美人になるだろう。


(次ー、もう食べちゃったのー)


 はいはい、でも君はもう大きいんだ。

 一人で食べれないのか?


(おじさんに食べさせてもらいたいのー)


 ははは、甘えん坊だな。それにしてもおじさんか。

 あのな、俺はタケっていう名前があるんだ。


(タコ?)


 アリアと同じ間違いをするんじゃないよ。

 タケだ。こっちのお姉ちゃんはアリアっていうんだよ。

 そうだ、せっかくだから君にも名前を付けたい。

 きっと君のご両親が名前を付けてるだろうけど、もう少し一緒にいることになるんだ。

 だからいいかな?


(名前をくれるの? 欲しいの!)


 そうか。アリアが名前を考えてくれたんだよ。

 そういえば俺もまだ知らないんだよな。

 アリアはちょうど粥を食べ終わったみたいだ。

 どんな名前を考えたのか聞いてみよ。


「なぁ、寝る前に名前を思いついたって言ってたよな? そろそろ教えてくれないか」

「は、はい! ふふ、とってもかわいい名前ですよ。この子の名前は…… ルネです!」


「キュー?」


 竜神の子は不思議そうに首をかしげる。

 ルネか、確かにかわいい名前だな。


「ルネ…… いい名前だな。何か意味があるのか?」

「はい! ルネっていうのは、わわわ、私達の魔族の言葉で純愛っていう意味なんです!」


 アリアが何故かもじもじしながら説明してくれた。

 多少乙女チックではあるが、語呂もいいし、覚えやすい。


 なぁ、これから君のことをルネって呼んでいいか?


(ルネ! かわいい名前! 好き! 今日から私はルネだね!)


 本当の名前があるかもしれない。

 その時はその名前を名乗るんだよ。


(ルネがいいのー)


 はは、気に入ったみたいだな。


「あ、あの…… その子、さっきからキューキュー言ってますけど…… ルネじゃダメでしたか?」


「そうか、アリアにはこの子の言葉は分からないんだよな。ルネって名前が気に入ったってさ」


 俺の言葉を聞いてアリアは安心したように笑い、ルネを軽く抱きしめる。

 その光景は母子のようであり、歳の離れた姉妹のようにも見える。

 ふふ、微笑ましいじゃないの。


「よ、よかった。ルネ、私はアリアだよ。これからよろしくね」

「キュー」


 ルネもアリアに甘え始める。

 竜人族に会うまでの間だけだが、にぎやかになりそうだな。

 だがルネの面倒を見ながらの行軍だ。少し急がないとな。


「アリア、支度をするぞ。このまま南に向かう」

「はい!」


 いつ魔女王の追手が来るとも限らない。

 俺達は荷物を整え先に進むことにした。

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