第11話 修行 其の五 アリアの気持ち

「ど、どうしよう……」


 私は頭を抱えて考えている。

 今からリラックスした状態で集中しなくていけない。

 そのために導きだした答えは楽しいことを思い浮かべるということ。

 でも私ってそこまで幸せな過去だったり、楽しい思い出って持ってない事に気付いた。


 もちろんお母さんのことは大好きだった。

 お母さんとの思い出はいい物ばかり。

 でも思い出しちゃうんだ。お母さんが殺された時の光景を……


 お母さんのことを考えると、心が憎しみに支配されてしまう。

 こんなんじゃだめだ。そうだ! 友達のことを思い出そう。

 一番仲が良かったのは…… はす向かいのサラちゃんだったっけ? 

 よし、サラちゃんのことを思い出そう!



『サラちゃーん、あーそぼー』

『ごめんねー、私今から他の子と遊ぶのー。あのね、角しか生えてない子とは遊べないのー』



 そ、そうだった…… 

 子供って残酷よね。

 サラちゃんに悪気は無かったとは思うけど、見た目はほとんどエルフみたいな私はあんまり友達が出来なかった。

 一番仲が良かったサラちゃんでさえ、ほとんど遊んだ記憶が無い。


 学校にも行ったけど、なかなか馴染むことが出来ず一人でいることが多かった。

 それに男の子からはよく苛められた……



『やーい、出来損ないー』

『貧乳ー』

『逃げろー、ちっぱいが来たぞー』



 あれ? 男の子は角のことよりも私のおっぱいが小さいことをからかってきたことが多かったような…… 

 って、余計気分悪いわ! 


 思い出すのは嫌なことばかり…… 

 どうしよう、このままじゃリラックスなんて出来ないよぅ。


「あーぁ、なんか嫌になっちゃった……」


 私はゴロンと横になる。

 まだ生まれてから十八年しか経ってないけど、私って割りと不幸よね…… 

 これでお父さんでもいたら変わってたのかな? 


 お父さんは私がお腹の中にいる時に死んでしまったみたい。

 だからお父さんの顔も知らないし、いないことが当たり前だと思ってた。


「お父さんか……」


 ボソッと呟く。

 私の周りには頼りになる大人の男の人はいなかった。

 クラスの子ほどじゃないけど、角しか生えてない私を嫌悪してることだけは分かったしね。

 私から話すことも無かった。


 ん? でも魔族以外の大人の人なら? 

 私には頼りになる人がいる。タケ先生だ。

 人族だけどこの世界の人じゃないし、私の味方になってくれる。

 でも最近少しおかしいの。なんかタケ先生の顔がまともに見れない。


 どうしても思い出しちゃうんだ。

 私がタケ先生に初めて会った日のことを。


 私は大陸の最南端の国バルルにいた。

 魔女王の手先に追われ、命からがらこの森に逃げ込んできた。

 そして目が覚めたら…… タケ先生がいたんだよね。

 先生は私を介抱してくれてたんだけど、目が覚めた時先生は私の服を……


「うぅ……」


 思い出すだけでも恥ずかしい…… 

 きっと真っ赤になっているであろう顔を押える。

 先生怒ってないかな? 

 私、恐くって、恥ずかしくて…… 

 力いっぱい叩いちゃったんだよね。

 先生は笑ってたけど、頬には私の手形がくっきりと残ってた。


 でも先生は警戒する私に笑顔で話しかける。

 そしてラーメンを食べさせてくれたっけ。

 あの時のラーメン、美味しかったなぁ……



 カサカサ



 それから私達はお互いのことを話し始める。

 タケ先生の話は信じられなかったけど、ステータスを見せてくれた時は驚いた。

 六つもギフトを持ってたんだ。

 ギフトっていうのは神様が与えてくれる力。

 持っている人は僅かにしか存在しない。

 それを六つもだよ!?


 この人はきっと私達を助けてくれる。

 そう信じて私はタケ先生にお願いしたんだ。

 タケ先生は困ったような顔をしてたけど、私を鍛えてくれるって約束してくれた。

 ちょっと意外だった。あんなに強いステータスを持ってるんだから魔女王なんかすぐやっつけられると思ってたのに。

 でも先生が言うには一人の力ではどうにもならないって。


 そうだよね…… 

 いくら強くたって、国が相手だもの。

 なら私も強くなって皆を助けてみせる。そう心に誓った。

 ん? タケ先生のことを考えると…… 

 気持ちが落ち着いてくる。

 これがリラックスしてるってことなのかな?


 な、ならもうちょっと思い出してみよう。  

 は、恥ずかしいけど……


 私を鍛えてくれるって言ったその夜、タケ先生は私に寝床を譲ってくれた。

 先生は安全だからと言って、遠くで寝ることにしたみたい。

 私は遠目に見えるタケ先生を見つめながらベッドに横になった……んだけど、眠れない。

 だってちょっと前まで人族に追われてたんだもの。

 思い出したら恐くなっちゃって……



 カサカサ カサカサ



 それで私はベッドを抜け出し、タケ先生の隣に行った。

 先生は私に背を向けて寝てる。

 私も静かに横になる。

 何故かこの人のそばにいると安心出来た。

 きっとこの人は私を守ってくれる。そう思えたんだ。


 し、しばらくすると眠れることが出来たんだけど…… 

 き、急に私を抱きしめて…… 

 あ、あの、その…… 

 わ、私のおでこにキ、キスを…… 

 んふふ……



 カサカサ カサカサカサ



 な、何よ、さっきからカサカサうるさいわね。

 人が楽しいことを思い出してるのに邪魔しないで……? 

 あれ? 辺りを見渡しても何もない。

 でもこの音って……? 

 今はもう音は聞こえない。

 気のせいだったのかな?


 も、もしかして…… 

 私は視線を下に向ける。

 そこにはアリが一匹動いてるだけ…… 

 こ、これって!?


 私は急いで禅を組む! 

 目を閉じて、そしてタケ先生のことを思い浮かべる!

 えーっと、何思い出そうかな…… 

 最近言われたのは……


『納豆食べるとおっぱい大きくなるらしいぞ』

『アリアにはおっぱいが大きくなるように牛乳を多めにいれといたぞ』


 うるさいわよ! 

 あ…… あはは、でもなぜか先生は憎めない。

 私をからかった後でも笑顔で謝る。

 気にしてることだけど、先生の笑顔を見ると……


 私に向けられる笑顔、思い浮かべると胸が熱くなる。

 これって何なんだろ……



 カサカサ



 この音…… 

 やっぱり聞こえる…… 

 でも聞こえるのはアリの足音だけじゃない。

 色んな音が聞こえてくる。



 バササッ



 遠くで聞こえる鳥の羽ばたき。



 サアァッ



 そよ風の音。



『よくがんばったな』



 え? この声……? 

 私は目を開けて後ろを振り向く。

 でもそこには声の主はいなかった…… 

 これは……? 私は訳が分からぬまま、いつもの寝床に戻ることにした。



◇◆◇



 私はいつもの寝床に戻ってきた。

 テーブルの上には温かいコーヒーと甘い匂いのするパンが並べられている。

 先生が食べるのかと思ったんだけど、テーブルにはカップが二つ並べられてる。


 先生は私を見て微笑んだ。そして……


「おめでと」


 と一言。やっぱりあの声は……


「あ、あの…… もしかして知ってるんですか?」

「あぁ。気の流れから分かったんだ。これで魔力が上がるはずだ。まぁ先に食べな。可愛い弟子の成長を祝わせてくれ」


 ふふ、嬉しいな。ちゃんと見てくれてたんだ。

 私は席に着いて、先生が作ってくれたパンを口に運ぶ。

 ん…… 美味しい! 

 夢中で食べ進めるとパンはあっという間に無くなってしまった。


「ははは、気に入ったみたいだな。お代わりするか?」

「え!? まだあるんですか!? お願いします!」


 先生は嬉しそうに立ち上がりフライパンでパンを焼き始める。


「これでいいかな…… はい、お代わりのホットケーキだ」


 へぇ、ホットケーキっていうんだ。

 覚えておこ。

 ふふ、私の好物が増えちゃった。

 また作ってくれるかな?


「それにしても一月でアリの足音が聞こえるなんてな…… もう少し時間がかかると思ったよ。アリアは魔法の才能があるな」


 え? な、なんか急に褒められた…… 

 う、嬉しくて先生の顔が見られない……


「あれ? どうした?」

「な、何でもありません! そ、そうだ! しばらく分析をしてもらってませんから、私を調べてもらえませんか!?」


 あまりの恥ずかしさに思わず話題を変えてしまった。

 でも自分のステータスも気になるし。

 先生は私の隣に座って……


「おかしな子だな。いいよ。ちょっと待ってな」


 そう言っていつものように私のおでこを触る。

 先生の手から心地よい魔力が流れてくる。

 そして目に映るのは私のステータス…… 



名前:アリア

年齢:18

種族:魔族

HP:1625 MP: 210(+95) STR:2012 INT:228(+103)

能力:水魔法2

ギフト:鍵



 あ、上がってる…… 魔力が上がってる!


「先生! あ、ありがとう……ごじゃいましゅ…… ふえーん……」

「ははは、泣くなって。これで卒業じゃないんだから。これから集中出来る時間を増やしていくんだぞ。それにしてもどうやってリラックスしたんだ? 何を考えてた?」


 う!? そ、それは言えないよぅ…… 

 まさか先生のことを考えてたら出来たなんて……


「ぐすん…… うふふ、秘密です!」

「ん? おかしな子だ。まぁいいか! 今言った通りこれは通過点に過ぎない。明日からもっと魔力を上げてくぞ!」


「はい!」


 元気良く返事をする。

 これで私はもっと強くなれる。

 明日からもっと頑張らなくちゃ。

 で、でもその前に……


「せ、先生……」

「ん? なに……?」


 ガバッ


 先生の胸の中に飛び込んだ。

 ちょっとびっくりしてるみたい。

 んふふ、私も恥ずかしいけど……


「お、お返しなんです……」

「え? お、お返しって? って、アリア!?」


 ギュウゥゥゥッ


 先生の言葉を聞く前に力いっぱい先生を抱きしめた。


 胸の鼓動が高まる。これで分かった。


 やっぱり私、タケ先生のことが……

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