第10話 修行 其の四 アリアの気持ち

 ふぅ…… 何だかため息しか出ない。

 一月前から魔力を上げるための新しい修行を始めたんだけど、すごく難しい。

 だって座ってるだけなんだもん。

 タケ先生はアリの足音が聞こえるようになれって言うけど、そんなの絶対無理だよ。


 タケ先生は私がため息をついているのに気付いたみたい。

 朝食を私の前に並べながら笑顔で話しかけてくれる。

 あ…… この笑顔を見ると少し胸が苦しくなる。

 顔が赤くなってしまい、なぜかタケ先生の顔を見ることが出来ない。


「どうした? 具合悪いのか?」

「い、いえ……」


 私は何故か話をそらすため、修行について質問する。


「あ、あの…… 私、先生が言ったように集中して禅を組んでるんですけど…… アリの足音どころか、川のせせらぎしか聞こえないんです。もっと静かな所で修行しちゃだめですか?」

「ははは、それじゃ意味が無いんだよ。敢えて他の音が聞こえる所でやる方が効果的なんだ」


 却下された。そもそも虫の足音なんて聞こえるわけないじゃない。

 常にチョロチョロと流れる川の音を聞きながらなんて無理だよぅ。


「ほら、今日もしっかり食べて頑張るんだぞ」

「はい、いただきます……」


 修行は辛いけど、タケ先生が作るごはんはいつも美味しい。

 でも毎朝出される納豆はまだ食べ慣れない。

 だって気持ち悪いんだもん。


「こら、納豆もしっかり食べるんだ。おっぱいが大きくならないぞ!」

「もう! 胸の話はしないでください! そのうち大きくなるもん!」


 私が怒るとタケ先生はいたずらっぽく笑う。

 その笑顔を見るだけで、また私の胸はキュンと苦しくなる。

 これってなんなんだろ? 


 自分の気持ちが分からぬまま朝食を終え、そして今日も私の魔力修行は始まる。

 よし! 今日こそアリの足音を聞こえるようになるぞ!


 いつもの寝床から小川に向かう。


「気楽にやんなよー」

「はーい!」


 初めはタケ先生も禅に付き合ってくれたけど、最近は私一人で行うようになった。

 ほんとは一緒にやってもらいたいんだけど、先生は集中の邪魔になるからって一人で禅を組むように言ってきた。


 しょうがなく私は一人小川までやってきて、禅を組む。

 相変わらずチョロチョロと音を立てて流れる小川が憎たらしい。

 もう、もっと静かに流れてよ。


 さぁ始めないと。私は地面に座って目を閉じる。

 先生みたいに正座をすると足が痛くなるから女の子座りでいいや。

 こっちの方が楽だしね。

 でも集中ってどうすればいいんだろ? 

 何も考えないことなのかな? 

 出来る限り無心で禅を組んでみよう。

 そうすればアリの足音が聞こえてくるかも……


 …………


 ……………………


 …………………………………………


 ダメだ…… 目を閉じると余計に色々考えちゃう。

 思い出しちゃうんだ、故郷のこと、お母さんのこと。

 お母さん、私必ず仇を取るからね。

 お母さんを手にかけた人族を、魔女王を絶対に許さない…… 

 って、そういえばタケ先生も人族だよね? 

 そう思うと何故か胸がチクリと痛んだ。


 集中出来ないまま時が過ぎる。

 するといつものようにタケ先生が私を呼ぶ声が聞こえる。


「おーい、ごはんだぞー!」


 もうそんな時間が経っちゃったんだ。

 結局何も進展しなかったな。

 私は自分の不甲斐なさにがっかりしつつも、今日のごはんは何だろうとちょっと楽しみにしながらタケ先生のもとに向かう。


 今日のお昼ごはんはカレーだった。

 ふふ、これすごく好きなんだ。

 でも横にある小鉢に納豆が入ってる…… 

 食べなきゃ怒られるんだろうな。


 美味しいけど、少し食欲が無い。

 少しも前に進まない現状を考えると気持ちが暗くなってしまう。


 そんな私を見てタケ先生は心配そうに……


「どうした? 元気ないじゃないか。悩んでてもおっぱいは……」

「だからお胸の話はしないで! っていうか、なんで私が悩んでる時は胸のことって決めつけるんですか!」


「あはは、元気じゃないか。その調子で午後も頑張ってな」


 もう…… 人の気も知らないで。

 でも先生の笑顔に少し癒されたかも。

 うふふ、この人なりに私を元気付けてくれたのかもね。

 でもやっぱり男の人って大きい胸が好きなのかな? 

 お母さんも大きかったし、私もきっと大きくなるもん。


 食事を終え、私は修行を再開する。

 小川に向かう前にタケ先生に声をかけられた。


「気楽にな」

「気楽? はい……」


 言葉の意味が分からなかった。

 私はもっと強くなりたい。

 故郷のみんなの、愛するお母さんの仇を取るために強くならなくちゃ。

 それを気楽になんて出来るわけないよ。


 タケ先生と別れ、小川に着く。

 私は再び禅を組むけど、いつも通り色んな思い出が頭を過って集中出来ない。

 そうだ、目を閉じてるから悪いのかもしれない。

 アリを見続ければ足音が聞こえてくるかも。


 私は目を開けて、地面を歩くアリを見つめる。

 アリは一生懸命餌を運んでいた。


 さぁアリさん、私にその足音を聞かせてちょうだい!


 私は持てる集中力を耳に全て耳に送るつもりでアリを凝視する!


 …………


 ……………………


 …………………………………………


 チョロチョロ


 聞こえてくるのは川のせせらぎだけだった。

 もー! 絶対に無理! 

 私は諦めたように地面に横になる。

 悔しかったんだろうね、涙が出てきた。


「う…… ぐすん……」


 声に出して泣くなんて久しぶり。

 タケ先生に出会ってからあんまり泣いてなかったしね。

 泣けば少しすっきりするかな? 

 

「ほら、泣いてちゃ強くなれないぞ」


 え? この声は…… 

 目を開けて上を見上げると、いつの間にかタケ先生が立っていた。


「ふえーん…… だって……」

「しょうがないな、少し休憩しようか」


 ふふ。そんなこと言ってるけど、タケ先生は私のことが心配だったんだね。

 だって先生の手にはカップに入ったコーヒーが二つあるもの。


 先生は私の横に座り、コーヒーを渡してくれた。

 これは異界の飲み物だ。

 苦いけど、香ばしい香りが鼻をくすぐる。

 先生は砂糖もミルクも入れず、そのまま飲むのが好きみたい。


「アリアにはおっぱいが大きくなるように牛乳を多めにいれといたぞ」

「あ、ありが…… 先生嫌い!」


 またお胸の話をして! だから男の人って嫌いよ! 

 私は怒りながらコーヒーをすする。

 美味しい…… 少し気持ちが落ち着いてきた。


「先生のバカ…… でもどうしてここに?」

「んー、アリアが煮詰まってると思ってね。少しヒントをあげに来たんだ」


 ヒント? なら最初から教えてくれればいいのに…… 

 私が愚痴を言うと、先生は少し困った顔をする。


「そう言うなって。魔力修行は己と向き合う時間が必要なんだ。アリアは緊張した集中は体得したみたいだからね」

「緊張した集中?」


 また聞いたことが無い言葉が出てきた。

 タケ先生って何でも知ってるな。

 見た目はこの世界の人族と変わらないけど、やっぱり異世界人なんだね。


 先生の話では緊張した集中っていうのは高い集中力を発揮出来るけど、短い時間しか続かないらしい。

 すぐに頭が疲れちゃうんだって。私が他のことを考えちゃうのはそれが原因なのかな?


「これからはリラックスした集中を心がけてみるんだ」

「リラックス? 何も考えないってことですか? なら私、いつも失敗してますけど……」


「ははは、それは何も考えないようにと心が緊張してるのさ。だけどリラックスする方法ってのは人によって違う。リラックスすれば心を穏やかにしながら集中出来るようになるよ」


 先生は他にも人の集中力は九十分しかもたないとか、アルファ波とか言ってたけどよく分からなかった。

 でもとにかくリラックスすればいいんだよね? 

 これなら私にも出来そう……


 私は残りのコーヒーの飲み干す! 


 ゴクッ ゴクッ 


「ん…… ありがとうございました! それじゃ修行の続きに入ります!」

「お? 元気出たみたいだな。まぁ気楽にやりなよ」


「気楽? ふふ、分かりました!」


 そうか、最近タケ先生は言ってたもんね。気楽にやれって。

 これのことだったんだね。

 先生はカップを持って去っていく。

 それじゃ修行の続きだ! 

 でもリラックスか。どうすればいいんだろ? 


 うーん…… そうだ! 楽しいことを考えよう! 

 嫌な思い出を吹き飛ばす位楽しいことを! 

 楽しいこと、楽しいこと、楽しいこと……?


 ど、どうしよう…… 

 私、あんまりいい思い出って無かったんだ……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る