『ベーター卿の日常』 

やましん(テンパー)

『ベーター卿の日常』 前編(全2話)

 宇宙帝国軍の、ハンダース・ベーター卿は、今日は非番である。


 巨大な宇宙船内にある自宅に帰っていた。


 昼飯に、部下のワルソー大将と、若手のホープである、コワイ中佐を呼んでいた。


 時間どおりに、ふたりは玄関先に現れたのである。


『ぴんぽぽーん。ぴんぽぽーん。』


『おわ、これは、かわいいチャイムだ!』


 大将が言って、にたりとした。


『まあ、市販品ですから。』


 こわばった声で、中佐は答えた。


 コワイ中佐は、ベーター卿を、やたら、神格化していたのである。


 だから、こうした当たり前な風景には、不満だった。


 尖った屋根がある、悪魔的なお屋敷に住み、空には暗雲が垂れ込み(宇宙船内だよ、君!)、周囲には、怪しい生き物が飛び交い、怪物達が取り囲んでいる!


 そうした、情景を想像していたのである。


 なんのことはない、普通の住宅だった。


 護衛の姿さえ、なかったのだ。


 皇帝陛下との差は、歴然としているように、思えた。 


 皇帝陛下のお屋敷は、空間投影で見たことがあるのだ。


 それは、まさにお城であった。


 ただ、コワイ中佐は、この巨大宇宙船で生まれて育った。


 知識はあるが、大地の上で住んだことがない。


 だから、皇帝陛下のおうちは、火星上にあるのだという、当たりまえの事が、よく理解出来ていなかったのである。

  


『はい~。』


 しかし、出てきたのは、紛れもない、ハンダース・ベーター卿である。


 いつもの、真っ黒の、パワースーツと、カエルのようなヘッド・マスクを着込んでいるが、なんだか、真新しい感じがする。


『あ、悪いな。いま、昨日まで着てたパワースーツの洗濯中でね。独り暮らしだからな。まあ、入りたまえ。あいつは、専用の洗濯機が必要なんだ。こいつは、洗濯してたものなんだよ。いい香りがするだろう? 香水をふりかけているんだ。ま、週に一回は洗濯しないと、入ってられないから。』


『ども。閣下は、その特性スーツは、何着お持ちで?』


 大将が、尋ねた。


『あはあ、3着ね。皇帝陛下の、お気に入りの仕立屋で作ったんだべよ。まあ、いささか、はでだが、これが、制服だから仕方がない。むかしは、生きるのに欠かせない生命維持装置だったが、今は、あんなのなくて、良くなったんだ。でも、やはり、敵も味方も、世間が許してくれなくて。 さ、あがって。』



 ベーター卿は、地球上にある、日本合衆国の出身であり、したがって、家も、日本式である。


 ただし、彼は、実は本来は、地球外宇宙人であり、養子に取られたのであった。


 だから、休みの時には、たまに、お国言葉も出るのだ。


 ふたりは、慣れない様子で、靴を脱いだ。


 ベーター卿は、軍の最高指揮官だが、帝国での序列は、8番目か、10番目、位である。


 一番上には、女王様が君臨しているが、めったに現れない。


 ほとんど、誰も、見たことがない。


 その下に、王女様三人と、王子様一人が、いらっしゃることになっている。


 さらに、侍従長さんが、全般的な権力を握っている。


 皇帝陛下は、そのあとである。


 だから、皇帝陛下が掌握しているのは、治安機関と軍だけだ。


 名前は『皇帝』でも、トップでは、ないのである。


 ベーター卿は、さらに、その下にいる。


 同列の幹部は他にも数人いるのだか、軍を掌握している分、やはり、ハンダース・ベーター卿は強い。


 だが、なぜか、ハンダ-ス・アルファの称号は、まだ遠きにあるようだ。


 そこが、卿は不満であった。


 いささか、やっかいな上役文官もいるから、そいつが妨げているのかもしれない。


 例えば、侍従長とか、言うやつだ。


 「きみたち、たたみ、は、知ってるかい?」


 「『たたみ』と、いいますものは、相手の軍勢をぎたぎたにのしてしまったあとにできる、死体の山でありましょう。」


 「いやいや、違う違う。そんな、物騒なものではない。ほら、これね。」


 ハンダース・ベーター卿は、畳が敷かれた、日本間に、二人を案内した。


 「さ、座って。」


 「は?」


 「座ってください。正座しなくていい。」


 「は? 座るって、あの、どうやって?」


 二人は、畳の間を見るのも初めてだが、じべたに直に座った事もない。


 「なんだ、こうするんだ。ほら、ね。」


 ハンダース・ベーター卿は、お手本を示した。


 あの、威厳溢れる卿が、ちょこんと座ったのである。


 ふたりは、なんだか、思い切り笑いそうなのを押さえて、あたかも、体がぐちゃぐちゃになりそうな様子で、とにかく、座ったのであった。


 「ぶ! ぶぶぶ・・・・! まあいい。さてと、腹も減ったし、食事にしよう。ほら、っと。」


 べーター卿は、低いテーブルの下から、おかしなカップ状のものを、みっつ取り出した。


 「きみたち、カップ麺は、知ってるかな?」


 「いやあ・・・・なんですか、そりゃあ?」


 大将が答えた。


 「これだよ。まさにこれ、いいかね、これに、ほら、この高性能魔法瓶・・・地球の日本製だよ。・・・・のお湯をそそぐんだ。で、3分待つ。これが、重要だ。」


 「はあ・・・・・。」


 「さて、一方、間もなく、地球の寿司屋さんから、超特急出前が来る。ほらね。」


 『ぴんぽぽーん・ぴんぽぽーん!』


 確かに、先ほどと同じように、ベルが鳴った。


 「はい、は~~~い。」


 べーター卿は、玄関に飛んで行った。


 「地球って? 現在我らと交戦中でありますよね。大将どの。」


 「まあな。」


 「そこから、『スシ』というものが、やって来る。そいつは、スパイでしょうか?」


 「ううん。おそらくは、そうであろう。もっとも、地球のすべてが抗戦中ではない。我らに歯向かうのは、20%くらいの勢力にすぎん。日本合衆国も、タルレジャ王国も、逆らっておるがな。」


 「手を焼いてますが。」


 「むむむ。まあ、な。」


 「おまたせ!」


 ハンダース・ベータ―卿が、なにやら、丸い大きな入れ物らしきを、むっつ重ねて戻ってきた。


 「おととと。まあ『転倒防止機能付き』だから、崩れはしないがね。」


 ふたりは、目の前に置かれたものを見て、目を丸くした。


 「なななん。なんですか、これは?」


 「お寿司という食い物である。うまいぞ~~~! さあ、カップ麺も出来たろう。間もなく、さらにお客様がいらっしゃる。ほら。どんぴしゃ。」


 またまた、ベルが鳴った。


 ベータ―卿は、すっとんで行った。


 やがて、褐色の輝く美しい肌の、見分けがつかない美少女がふたりと、老人が現れたのである。


 「これは、王女様。それに、侍従長殿! なぜ、ここに?」


 大将が叫び、ひれ伏した。


 もちろん、べーター卿も、同様である。


 気に入らなくても、そうせざるを得ない。


 サラリマンの、宿命である。


 大将は、生意気で横柄な中佐の頭を、押さえつけている。


 「はいはあい。気にしない、気にしない。べーター卿に呼ばれたからね。お寿司が出ると聞いたから、飛んできましたあ。戦争になって以来、立場上、なかなか、食べに行きにくくってさあ。お久しぶりね。ワルソーさん。この方は、コワイ中尉(間違い!)ね、始めまして。」


 第1王女様が言った。


 「ああ、こちら、第1王女様と、第2王女様である。」


 侍従長が、ぶすっと言った。


 まったく面白くもないと言う感じだが、実は、なかなかの洒落ものでもある。


 第1王女様は、いささか、不良少女っぽい。


 一方、第2王女様は、笑顔を絶やさない、完璧なお嬢様である。


 ただ、実際は、第2王女様の方が、相当、怖いらしいが。


 「まあ、今日は、無礼講、ちうことで、ご了解を頂いておりますだ。さあ、頂きましょうか。江戸前の最高級握りずしですぞ。」


 べーター卿が、笑顔満面で言った。


 「やったあ。このマークは、鬼平共同寿司店のものね。あそこなら、間違いないわ。」


 と、第1王女様。


 「あの、恐れながら、王女様は、この、おスシと申すものに御詳しいのですか?」


 ワルソー大将が尋ねた。


 「それはもう、王女様のご実家のお屋敷が、実は、江戸、つまり、トウキョウ区にあるのだ。」


 侍従長が答えた。


 「まあ、まあ、いいじゃない、じい。さあ、じゃあ、いっただきま~~~~す。」


 第1王女様が叫んだのである。


 第1王女様は、本当は、大変に、恐ろしい存在である。


 目の前の人間を、ただ、睨んだだけで、瞬殺してしまえるという。


 べーター卿は、その力の一部を頂いているのである。


 しかし、その力の差について、べーター卿は知り抜いている。


 第1王女様は、ここにいる全員をも、一瞬で、跡形もなく、抹殺可能である。


 原子に分解してしまうのだ。


 べーター卿は、そこまでの力はない。


 「やた、カップ麺もあるわ。ね、ルイーザさま、これも、いただきましょうよ。」


 三人の前のカップを見ながら、第1王女様が言った。


 「お姉さま、太りますよ。」


 「大丈夫。少々はね。ベータ―卿さん、カップ麺、まだ、あるんでしょう?」


 「もちろん、さあ、どうぞ。お湯を入れます。地球人というものは、食い物の開発に関しては、天才ですな。」


 「そうそう。まったく、そうなのよね~~~。」


 五人は、ほどなく、お寿司とカップ麺を、仲良く食べ始めたのである。


 しかし、おそるべき事件が、待っていたので、あった。




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