第24話 豪邸(2)

 アーネストは金で縁取りされたドアをノックをして、静かにドアノブを捻った。ドアを開けた先にいたのは、思っていたよりも若い、中年の男だった。病気で動けず、隠居していると聞いていたため、和葉は勝手に70代くらいを想像していた。しかしそこにいた男性は、髪の毛の色は白いものの、顔の皺は少なく整った気品のある顔立ちで、さぞ女性たちからの人気は高いだろうと思った。すぐに死にそうには見えない。

 アーネストはベッドに座るその男に近づいて、ペコリと軽く頭を下げた。それを見た男は嬉しそうに微笑み、右手を上げた。

「おお、来てくれたかアーネスト。わざわざすまんな。そちらが和葉さんか。私は東野有人だ。これからしばらくよろしく頼む。あと……もう一人は?」

「まあまあ落ち着いてくださいよ。お久しぶりです、有人さん。こちらこそ、泊るところまで用意して貰っちゃってすみません。でもよかったんですか? 俺がこの家に来ちゃって。家の人はよく思わないんじゃ……」

「なあに、心配する必要はない。お前を敵視していたあいつは、もう数年前に死んでいるからな」

 アーネストは気まずそうに目を泳がせた。

「普通に病気でな。散々暴れていたけど、最後は穏やかなもんだったよ。それはそうと、もう一人はどうした」

「彼は今体調を崩して、応接間で休んでいます。まあ、すぐに良くなるでしょう」

 それを聞いた有人は、眉尻を下げた。和葉は彼をハンサムだと思っていたが、その様子はひどく頼りなさげに見えた。

 それでも彼はやはり家長を務めるだけあって、物事を順序立てて分かりやすく話すのが得意なようで、普段は頼りがいのあるように見えた。

 しばらく世間話をした後、有人は和葉たちに依頼したことについて説明をした。簡単に言えば、ヘレニウム病の患者の話し相手である。どうやら彼は、中央地区で三雲たちと親交を深めた話を聞きつけたようだ。三雲の病気が治った理由はよく分からなかったにも関わらず、噂は都合のいいように尾びれをつけて広まった。和葉たちがあのヘレニウム病を治したことになっていたのだ。

「俺たちがあの病気を治したわけじゃありませんよ。っていうか、完全に治ったかどうかも定かではないし。今俺たちが旅をしているのは、ヘレニウム病を治す鍵となる『ヘレンの書』を探すためです」

「もちろん、その本を探す手伝いもしよう。だが少しの希望に賭けたい親心も、理解してはくれないか。公務が忙しくてあの子にはあまり構ってやれなかった。そのうえあの子は義母にも冷たい目で見られて……。ある意味これは罪滅ぼしだ。このままだと、死んでも死にきれない。よろしく頼むよ」


 和葉とアーネストはメイドに案内され、ヘレニウム病の患者がいる部屋の前に立った。患者の名前は東野杏樹あんじゅ。有人の娘である。年齢は15歳。有人と側室との間に生まれた、東野家唯一の女児だ。側室は15年前、正妻との権力抗争に敗れてこの屋敷を去り、杏樹は正妻の娘として屋敷に残されることになった。

 なぜ杏樹が家に残ることになったのかというと、それはただ「女だったから」という理由に過ぎない。実際、杏樹の兄は側室と一緒に屋敷を追い出されている。もし杏樹の兄が追い出されていなかったら、正室との間に生まれた男児が現在の家長になっていることはなかっただろう。

 彼女がヘレニウム病になった時期は正確には分かっていない。いつの間にか目から生気が消え、体調不良が続き、自殺未遂を繰り返すようになったのだという。

 これらの情報を事前に聞いて、和葉たちは部屋に入る。中は「お嬢様の部屋」そのものであり、和葉は絵本に出てきそうな部屋だと思った。広い部屋に美しく整えられた家具、大きな窓からは柔らかな光が差し込んでいる。

 そんな理想的な部屋であるのに、中にいる部屋の主は暗い表情をしていた。目は虚ろで口は半開き、腕には引っ掻いたような跡がある。それでも目を見張るような美少女である。中央地区で出会った三雲と筒音も綺麗な顔立ちをしていたが、この少女にはかなわないだろう。琥珀色の瞳は長いまつ毛に縁どられ、半開きの口は小さくお人形のようだ。しかし亜麻色の髪は伸ばしっぱなしで艶がない。それでも美しさは余るほどだ。

(この国には美形が多すぎる! 既視感があるけど、美人ってのはやっぱり似るもんなんだなあ……)

 和葉は愕然とした。


「こんにちは、杏樹さん。俺たちはしがない旅の者です。お話させてもらっていいかな?」

 アーネストは優しく、人好きのする微笑みを浮かべて話しかけたが、杏樹は面倒そうに睨んだ。

「私の病気のこと? それならもうさっき来た周って人に話したわよ。もうこれ以上話すことはないんだけど」

「周が来ていたのか! あいつ、具合が悪いとか言っときながら……。どんなこと話したのかは、周に聞くことにするか」

 そして和葉とアーネストが出ていこうとしたとき、杏樹がぼそぼそと呟くように話した。くるくると髪の先を弄んでいる。

「別にこの病気が治らなくたっていいわよ。私は何にも役に立たない、生きてたってしょうがないもの……」

 「そんなことない」と和葉が否定するも、アーネストに制された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る