第26話 治験No38
「どれどれ、腎臓、肝臓の数値も正常、脳波も異常なし」
「特に問題はないようだね」
「点滴を増やし様子をみようか」
声は聞こえてくるのだが反応ができない
治験のバイトを応募して治験薬を投与されて3日目、体が動かなくなった、正確には耳も聞こえているのだが目を含めてすべての筋肉が反応しない、動かせないのだ
次第に意識が薄れ、夢の中へと入っていく
目が覚めるという感覚でもなく、そこにずっと存在していたかのような感覚
見る、聴く、話すといった感じは一切ない、まるで複数人が頭の中で考えているかのようにいろいろな情報が入ってくる
「血、肉、皮膚の一片、髪の毛の1本でも尊い」
憧れ、願望、渇望、要求、愛、すべての感情が流れ込んでくる
「先生、意識が戻りそうです」
「そろそろ、薬が抜けてきたのだろう」
「大丈夫かね、なにかしゃべれそうかな?」
「こ、こここは・・・」
「すこし落ち着いたら彼に説明してあげたまえ、私は次の治験者の所へいくから」
「はい、畏まりました」
ナオトはその日お金を貰い家に帰された
家に帰っても怠さが抜けない、水を大量に飲めと言われてもそう飲めるものではない
その日は爆睡した
次の日、薬が抜けてきたのか体が楽になっていた
やたらとお腹がすく、以前なら弁当を2人前も食べれば動けなくなるほどお腹いっぱいになったが、2人前どころかカップ麺にサンドイッチ2個まで完食しても足りないくらいだ
帰って来てから3日目、食欲が衰えるどころか増加している、食べても食べても満たされない、水を飲んでも喉の渇きが収まらない、だが、食事を大量にとっているせいか不思議と運動しても疲れることがないように感じていており、試しに外を走ると永遠に走り続けれるほど気分が良い、力も以前にくらべ漲っている、まるで人の枠を超え野生動物にでもなった気分だ
そういえば耳や鼻も鋭くなった気がする
4日目、気分が良いので前日と同じように朝から走りどおしだ食べながら走りながら街を徘徊していく、すると商店街で人だかりを通り過ぎながら横目で見る
喧嘩だ
いつもの自分なら我関せずで通り過ぎるのだが・・・
敏感な鼻に僅かながら心を突き動かされる匂いが漂いってくる
胸が痛いくらい心の奥底からなにかが湧き上がってくる
血だ、血の香りだ
人の心は非常に弱い、脳への刺激を通り越し、それをひたすら求める
もっと近くで匂いを嗅ぎたい
ナオトは殴られて鼻血の出ている男に近寄り抱きつくようにして鼻血の匂いを嗅ぐ
「誰だてめえは、邪魔なんだよ」
訳も分からず突然割って入ってきた男に喧嘩の相手がナオトの肩に手をやり後ろに引きずり倒そうとしたが動かない
そして男は後ろに吹っ飛んだ
ナオトがとっさに 振り払おうとしたのだが勢い余って男の顔に手に当たり吹き飛んだのだ
そんなに力を入れたつもりは無かったのだが、殴られた男は鼻の骨が折れ、歯も折れているようで顔面から血を流している
ナオトの手にも男の血が付いていた
ナオトはその場から走り去った
人に怪我をさせた、見られた、その場から逃げた、どれも当てはまらない
手に付いた血を独り占めしたいからその場から走り去ったのだ
ナオトは誰も居ない路地裏で手に付いた血を舐める
「!!!、こ、これは!」
今までの喉の渇きが嘘のように満たされる、こんな満足感は初めてだった
手に付いた血だけでこれだけの満足感が得られるのなら
血、肉はどうなんだろう、もし肉を口にしたなら人生が変わるかもしれない
しかし人の血肉を口にするんなど人間としての理性がそれを許さない
葛藤が続く
5日目一晩中戦った結果、人としての理性は失われた
人の血肉が欲しい・・・しかし、それは単に口に入れ胃にしまい込むだけで満足するのだろうか、それは自分でも分からない、そう、分からないなら試してみるだけだ
ナオトは暗い公園の中、包丁を片手にジッと姿を潜めている、対象は男女関係なく人間だ
兎に角人間ならだれでも良い
どのくらいここで待っていただろうか
1人の酔っ払った男性がフラフラと歩いてきた
ナオトの潜む場所を通り過ぎた瞬間、ナオトは男の背後から首に包丁を突き刺す
一突きだ、男は声を上げることもできずにその場に倒れ込む
ナオトは言葉にならない声で喚起を上げる
見る見る間に血だまりが出来ていく
ナオトはその匂いに惹かれ男の首に噛みつき血を啜り出す
まるで何日も水を飲んでいなかったように勢いよく血を啜る
だが満足感とは裏腹に口で感じる味は血生臭く美味しくない
それよりか大量の血を飲んだことで吐き気が催しその場ですべて吐いてしまった
それでも血肉への渇望は止まらない、血が駄目なら肉だ
男の腹に包丁を突き立て、肝を取り出し崇めだす
なんと尊い姿なのだ、誰のも邪魔されずに体内に納めたく一気に口に入れる
「おぇ~」
やはり、口が、胃が、一切受け付けない
自分の求めた物が手に入り、目の前にあるにも関わらず、どこの納めたらよいのか分からない
ナオトはその場で笑い出した
その時ナオトの体が何かを貫いた
穴の開いた体から溢れた血を手すくい飲もうとしている
「頭を狙え」
重くて鈍い銃声音が鳴ると同時にナオトは頭を撃ち抜かれ絶命する
「よし確認しろ、狙撃犯はそのまま待機」
「了解」
全身黒づくめの戦闘服で身を固めた何者かがテイザー銃をナオトに打ち込み電気を流す
「5・・・4・・・3・・・2・・・1・・・」
「安全確認・・・対象、不動」
「No56回収」
「了解、No56回収」
ナオトは56の番号が書かれた遺体袋に入れられ何処かへ運ばれていった
コンクリートに囲まれた大きな部屋、部屋の中は一定の温度が保たれている
1番から55番の遺体袋が並べられ55番の横に56番が並べられる
誰も居ない寒々とした部屋、壁に取り付けられた赤い非常灯のみが点灯しており静寂の中時間だけが経過していく
そんな中、足音が静かに響く
「この国の人間は我々の真似でもしようというのかね、なんとも無駄なことを」
「薬自体は海外からの輸入品ですね」
「では我々の情報もあの男を通じて漏れていたということかね」
「はい、それがこの実験の後押しをしたようです」
「なるほどね、それにしても今更こんな廃棄寸前の薬を使うとは、かなり吹っ掛けられたんだろうね」
「そのようですね」
「英二郎君はいつこの事に気付いていたんだい?」
「はい、No10くらいからカメラに映るようになり、それからずっと監視しておりました」
右京慈はNo38の前で足を止める
「はい、この中で唯一の女性です」
右京慈は袋を切り裂く
「かわいそうに・・・こんなに若いのに身寄りがないのかね」
「はい、ここにいるすべての元人間はすべて身寄りがありません、一般の治験の中にこういうの何人かを紛れさせそして別の薬を投与する、死人となっても探す人もいないと言うわけです」
「なんだか哀れだね・・・」
「そいう感情がお持ちなのですね」
「いいや、最近そう思うようになってきてね、これは変化というやつなのだろうか」
No38の髪を撫でながら
「この体は私が貰うとしようかな」
「良いのですか?」
「ああ、ちょうど以前回収した遺体があってね、使い道が無くてどうしようかまよってたんだけど、中身入れ替えちゃっても問題なよね」
「一応この部屋の監視カメラの画像をすべて偽装し、動態検知検知などの赤外線もすべて遮断、No38のデータも10秒以内で書き換えが可能です」
「君はとんでもなく優秀だね、そのうち私たちを超えるかもしれないね」
「その確率についてはデータ不足のため計算できません」
「なーに、冗談だよ、冗談、では引き上げるとしようか」
右京滋は38の中身を入れ替えその場から姿を消した
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