第13話 黄泉の水

「お母さん、お母さん、庭に黒い人が立っているよ」


「また、夕凪ちゃん、人前では決してそういうことを言ってはいけませんよ、分かりましたか」


母はその日、何者かに襲われ亡くなった


夕凪は子供の頃から変なことを口にしていた、母親には理解されていたが、父は気味悪がっていた


母が亡くなってから、父は家を出ていった、夕凪は母の祖父母に引き取られ育てられる


夕凪の祖父母の家は昔からの古い家で小さいながら門もありそれなりの屋敷だ


「ここの土地は誰にも売らないと言っておるじゃろう」


「じいさんも頑固じゃのう、諦めて売ってしまえばええのに、この近辺はみんな同意してるんやで、後はじいさんだけなんやから」


「大方お前らゴロツキが脅したんじゃろうて」


「なんだとこのじじい」


「よさねいか、まあ、今回はこれで帰るけど、じいさんがここで頑張ると近所も迷惑するんや、その辺りよーく考えやなあきませんで」


「じいさん、また来るぜ」


チンピラ達が家の敷地を出ていくのと同時に夕凪が学校から帰ってくる


「おじちゃん、さっきの人たち誰?」


「夕凪は気にせんでもええよ、ろくでもない奴らなんだから」


「ふーん」


「あ、トラ、こっちおいでおやつ持ってくるね」


「にゃーん」


トラは夕凪の家にやってくる野良猫で夕凪は特にトラと親しくしていた

トラも夕凪には特別に懐いていた


一連の様子をチンピラ達は敷地の外で様子を見ている


「あれはじじの孫か?」


「そうらしいですね」


「これは使えるな、お前ら分かってるな」


「へい」



次の日、じいさんは玄関を掃除していると例のごとくチンピラ共が姿を現す


「じいさん性が出るね」


「お前らとは口も聞かんぞ」


「まあ、いいだろう、この件も、もうそろそろ決着が着きそうでね、今日は最後のあいさつに来たまでよ」


「じゃあな、じいさん」


「おっと、ところで、じいさんとこのお嬢さんはお孫さんかね、将来別嬪さんになるかもしれんな」


男たちはニヤニヤしながら去っていった


「まさか、夕凪の身になにかあったのか・・・」


じいさんは慌てて家に入る


「ばあさんや、ちょっと夕凪を迎えに行ってくる」


「じいさんや急いでどうしたんだい?」


「あのチンピラ共め夕凪に手を出したらタダじゃすまないからな」


「あ、じいさん・・・」


祖父は慌てて家を飛び出していった


夕凪は友達たちと別れ1人で下校中、住宅街の路地に入ったところで1台の黒いワンボックスが後ろから近づいてくる


夕凪が車に気が付いた瞬間男たちが車から降り背後から夕凪の口を塞いだ

暴れる夕凪が男たちに連れ去られようとしたまさにその時、塀の上から飛び降りてきたトラが夕凪を抱える男の目にとびかかり一撃を食らわす


「うわ、なんだこの猫は」


男は思わず夕凪を放してしまう


トラは夕凪を守るように威嚇している


「おまえら、たかが猫に何をもたついてやがる」


「兄貴すいません」


その間に夕凪は逃げる


路地の角を曲がったところでトラが追いつき、こっちだよとトラが案内するかのように前を走っていく、夕凪はトラの跡を付いて走っていく


その後ろをチンピラ達も走って追いかける


夕凪はいつしか景色が変わっていることに気づいてはいない、ただひたすらに必死に脇目もふらずに男達から逃げていた


チンピラ達は夕凪を必死に追いかけるが一向に追いつく感じがしない、それどころかどんどん放されていく


「おい、お前らなにやってんだ」


「すいません、兄貴、あの娘異常なほど足が速く」


「はぁはぁ、もういい、どうせ追いつかないだろう、それより喉が渇いたな、なにかないのか」


「えーっと、あっ兄貴!あんなところに喫茶店がありやす」


古びた喫茶店のようなお店がある

チンピラ共はお店に入っていく

扉を開けると「チーン」という音が鳴る


「なんか、暗くて気味の悪い店ですね」


店内は非常に暗く、天井からの明かりは電気ではなく、どちらかといえば蝋燭の明かりに近い

客もいるようには見えるが、店内は顔が判別できないほど薄暗く、しかも皆うつむき動きもない


コトン


テーブルの上に静かに人数分の水が置かれる

店員からは生気が感じられないほどもの静かで表情もない


「おい、この店はいらっしゃいませもないのか!」


店員はお辞儀をしてその場から離れていく


「まったく愛想のない店員ですね、兄貴」


「そうだな」


「おい、とりあえず人数分アイスコーヒーを持ってこい」


「なんなんだこの店は」


「兄貴、飲んだらすぐに店でましょうぜ」


「それにしてもあのガキ足が速いっすね、それにお前が手を放すのが悪いんだよまったく」


一番下っ端らしき男は頭を叩かれる

「すいません」


「とりあえず、戻ったら作戦の立て直しだ、いいなお前ら」


「へい」


コトン


「うわ!びっくりした!」


店員は気配もなく静かにアイスコーヒーを人数分テーブルに置く


「くそ、本当に薄気味悪い店だな」


3人は喉が渇いていたのかアイスコーヒーを一気に飲み干す

その様子を見ていた店員がなんだか少し嬉しそう笑っているようにも見えた


「ふう、生き返ったぜ」


「店員は気味が悪いけど、コーヒーは美味しかったっすね」


「そうだな」


そこに1人の男が入ってくる、腰には大刀にしては小さい、中刀位の刀を帯びている


「兄貴なんか変な恰好をした奴が入ってきましたよ」


男はチンピラ達を睨みつけ、こちらへ歩いてくる


「お主らそれを飲んだのか?」


「な、なんだお前!」


しかし、刀を持った男に威圧された、今にも腰の刀で切られそうな雰囲気に額から汗がにじむ


「飲んでしまったのならしょうがない」


男は踵を返し開いている席に座る


「けっ、なんだよ、まったく、兄貴、帰りましょうか」


「おい!店員いくらだ」


「お代は結構ですので・・・」


「あっそ」


男たちは店を出ていく


「兄貴ラッキーでしたね、あの店員俺たちにビビってましたよ」


「そうだな」


「ところでお前ら、ここどこだ?」


「そういえば、こんなところ来たことないですね」


「あれ携帯が県外っすよ」


「それに、さっきコーヒー飲んだばかりなのに、もう喉が渇いてきやがった」


「兄貴俺もです、あの野郎コーヒーになにか入れやがったな、文句いってきましょうか?」


「ってあれ、あのお店ありませんね」


「そんなはずはな無いだろう、お前らよく探せ」


「はい、兄貴」


チンピラ達には永遠に探せないだろう

店内でハクは1人コーヒーを飲んでいる


「うまいな、黄泉の水は、現世の水と違いまろやかだな、人がこの水を飲むことが許されないのは残念だな・・・・」


黄泉の水を一度でも飲むと、人は黄泉の水を欲するようになる、現生の水を飲んでも喉の渇きが戻ることはない

そして、人はやがて喉の渇きにて死を迎える


夕凪はトラの案内で走るといつの間にかお寺の裏道へと出ていた


「必死に逃げてきたから、こんな遠くまで来たみたい、さすがにもう追ってこないみたいね、トラありがとう」


「にゃーん」といいながらトラは満足そうに顔を洗っている


家に帰ると、心配した祖父母が夕凪を迎えた


「夕凪や、無事じゃったか」


「ああ、よかったよかった」


夕凪は経緯を説明する


「そうかそうか、それはすまんかったな、警察の方にも連絡しておいたから、もう手出しされることはないじゃろう」


「わしも少し頑固になっておった、これからは夕凪の事を1番に考えることにするからのお」


「おじさんもこれで少しはやさしくしてくれるといいんじゃがね」


「おいおい、これでもばあさんには優しいつもりなのじゃがな」


そこのトラが現れる


「おお、お前もよくやってくれたなありがとよ、今日はトラにご馳走を買うてきてあげよう、楽しみにしとれよ」


トラは嬉しそうに「にゃーん」と一鳴きした


その後、工事事務所で3人の遺体で発見された、発見時、水道の蛇口が開けっ放しで大量の水を飲んだのかはち切れんばかりの腹をしていたが、遺体はどれもミイラのように干からびていた、この騒ぎで工事は中止となった


あれから2年後


夕凪とキトはじいさんが残した蔵の中でいる


「じいさん死んでも元気やな」


「はっはっは、死んでからの方が体が軽くなって便利じゃな」


じいさんとトラはこの世を去っていた

しかし、この屋敷の敷地でじいさんとトラは元気にしている

ただ、それは夕凪達にしか見えない


「それにしてもこの蔵の中には使えそうな物が沢山あるな、じいさんやるなぁ」


「はっはっは、なんせ先祖代々から守って来たものじゃからのぉ、だが、長い間使い手がおらずにずっと手入れだけしてきたからなぁ、手入れだけは年期が入っておるわい」


「じいさん、この蔵で使えそうな物は夕凪に分けたってくれへんか?」


「おお、それは願ったり叶ったり、夕凪やじじいに遠慮せずこの中の物は自由に使ってよいのじゃぞ」


「まさかこ奴らが陽の目を見る日が来るとはのぉ、楽しみじゃ」


「ナーン」

となりのトラも喜んでいる


「トラとやら、お前も夕凪の役に立ちたいんか?」


「ナーン」


「そうかそうか、よしよし」


「じゃあこれを上げよう」


キトは銀色に輝くお守りのような物を取り出した


「こいつは強い霊力を持った銀狐の毛から作られたお守り袋でな、ここにトラの魂のを入れる」


「こいつを持ち運びすればいつでもどこでもトラは夕凪元に現れることができる、トラのゲージみたいな使い方もできるで」


トラは自分の意思で袋に入り飛び出てきた

すると


「キトさん、なんか袋から出てきたトラの姿が、銀色に輝いてますよ」


「一時的やけど、稀に銀狐の加護を受ける事がある、どうやらトラは気に入られたようやな」


「おお、キトさんとやら儂にもなにかないかのう?」


「うーん、じいさんに似合うのは・・・」


「そうや、ちぃとばかり待っててや」


そういうとキトはどこかへ行っていたのか消えてから現れる


「じゃじゃーん、じいさんにはこの衣装を上げよう、ちょっと着てみ」


じいさんは着替える


「おお、まさかこの姿で着替えができるとは」


「こいつは霊糸で編まれた服なんやで、しかも地獄の亡者を従えていた有名な鬼が着ていたという噂話もある」


「おおー、これは気に入ったぞい、すばらしい、キトさんやありがとう」


じいさんはものすごく気に入っているらしく鏡の前にポーズしている


夕凪は小声で

「キトさんいいんですか?あんな高価そうな物あげて」


「構わんよ、霊糸で編まれたのは事実やけど、噂は後付けや」


「そうなんだったんですか」


「その気になって気に入ってるみたいやしな」


2人は目を合わせて少し笑っていた

少しキトさんの気持ちが分かったような気がした


キトは何点か夕凪が使えそうな物を蔵から持ち帰り

その場は解散となった

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