ファッションヤンキーちゃんのVRMMO記

第165話 ファッションヤンキー、仕切りなおす

　続きを始める前にHPを回復しておかなきゃ。今のままだとHP1だから即死しちゃうからね。その際に、回復すれば自動的にこの変化も元に戻るなんて淡い期待を抱いたけれど、無駄でした。

『しかし、わざと負けるという選択肢は無いのかのう？』

「そんなタマに見えるんか？」

『見えんのぉ』

「それとも爺さんが負けを認めてくれてもいいんじゃけど？」

『カッ！小娘が言いよるわ』

　互いに口角を上げ――私の拳とシャンユエの肉球がぶつかり合う。今までの私のステータスと龍拳ならば、問題なく返り討ちにできたと言いたいけれど恐らく力負けしていただろう。が、不本意ながら強化された今なら拮抗できるほどにはなっているのではないか。一縷の望みに賭けて殴りかかったんだけど――

「『何ぃっ！？』」

　結果は私だけではなくシャンユエにとっても驚くべきこととなった。

　力負けすればガッカリ。拮抗すれば良し。押し返したら最高。このうちのどれかかと思っていたんだけれど、信じられない光景が目の前にあった。

　シャンユエの前脚が消し飛んでいた。いやー、理解が追いつかなかったわー。シャンユエに幻を見せられているのかと思ったけど、奴自身も滅茶苦茶驚いているからその線は薄いだろう。何より、私の拳に殴り飛ばした感触が残っている。っていうか、私腕ぶっ飛ばそうとまでは思ってなかったんですけど……

「だ、大丈夫か？」

『む？おう、気にするでない』

　思わず喧嘩相手であるシャンユエを気遣う声が出てしまった。だって意思疎通が出来ないモンスターと比べてシャンユエは会話もできる存在だ。さっきまで言葉を交わしただけあって罪悪感と言うものがある。そこら辺はRP出来ないのが私だ。

　心配されたシャンユエだったが、弾け飛んだ前脚を見つめる。するとどうしたことか、周りの水が彼の腕に集まり……元の前脚が再生した。いや待て待て待て

「卑怯じゃろうがそれは！？」

『と言われてものぉ、ここ儂のホームグラウンドじゃし？まぁ安心せよ、再生こそしたが、体力は減っておるでな。というか、卑怯とはお主に言われたくないわぃ。何じゃい強化され過ぎじゃろうが！』

「ぐうの音も出んわ」

　ただ私の場合は不可抗力なのでご理解いただけると幸いです。

　まぁこうして話している間もシャンユエの攻撃は繰り出されている。脚を吹っ飛ばされたからか、尻尾での攻撃へシフトしている。強化したとはいえ、相も変わらず鈍重な私はそのまま攻撃を受ける羽目になるが、あまり痛くない。数分間何もしなくても死ぬことは無さそうだね。

　勿論、受け続けるなんてことは無い。よし、ちょっと使うのを躊躇われるけど禍龍眼を使用！

『ッ！？馬鹿な、儂が恐れ――っ！？』

　おー、さながら一時停止ボタンを押されたようにシャンユエが固まっちゃったよ。しかも途中から喋られなくなっちゃってるし。ほんの数秒待ってみるが、シャンユエは体を細やかに震わせ視線をこちらに向けるだけで動こうとはしない。拘束力上がってるね……ついでにレーザーの方も試してみようかな。えーっと、目を光らせて焦点を絞って――ッ！？

「はああああああああああ！？」

　今までの目からレーザーの数倍も極太なそれが私の眼から放たれたんですけど！？しかもレーザーは狙い通りに前脚の付け根に直撃したんだけど、直撃した部分を熱で蒸発させていた。シャンユエの体が水だからこのような現象が起こってるんだろうね。

『ぐあああああああああああ！！』

　うん、シャンユエが痛みから悲鳴を上げる。やった本人が言うのもなんだけどそりゃそうだと思うよ。私、自分にドン引きです。これがヤンキーのすること……というか出来ることかよと。百歩譲って異世界のヤンキーでもこんなことは出来ないでしょ。チラッとMPみたら0になってるし。消費も段違いになっとる。

　そんなことを考えている間にも私は攻撃を仕掛ける。既にシャンユエの体は再生しているが、彼自身は疲労しているようだ。息が荒く見える。

「オラァ！」

『ぐオぉっ！』

　私が拳を振るい、シャンユエが通らせまいと防御体勢をとるが、それすら打ち破り水で出来たその体の奥深くまで私の拳が減り込み、シャンユエの体を近くの石柱に激突――あ、貫通した。2本目の石柱でようやく止まった。結構飛んじゃって距離があるから猪突で近づこうかね。うわ、猪突のスピードも上がってるよ。

『あ゛ー、やってくれたのぉ。流石にここまで一方的に殴られるのは久方振りじゃ』

　おや？起き上がったシャンユエの周りの雨の動きが変わった。雨が集い、川のようになったかと思えば彼の頭上で形を変え始めた。水球？いや違う。あれは……渦？渦潮だよアレ！？うわー、渦潮を下から見る機会なんてそうそうないよ。貴重な体験だなぁ……あれ私に対してぶつけるつもりだよね。

『さぁ喰らうがよい！一度吞まれれば最後、牢獄となりて死ぬまでお主を閉じ込めるぞ！』

「ハッ！上等じゃあ！！」

　見上げるほど巨大な渦潮が私目掛け放り投げる。当然のことながら私は避ける気は無い。常に真っ向勝負だからね。逆に私以外のプレイヤーはどう対応するんだろうか。大多数は回避行動に専念するかもしれない。もし水中行動にスキル全振りしている人がいたら中に入ったりするのだろうか。

　段々と渦潮と私が近づいていく。私は猪突を解除することなくひたすら一直線に足を進める。右手を強く握りしめ、ハンドボール投げの要領で大きく振りかぶり――力いっぱい振りぬく！！

　渦潮と比べに物にならない程小さな拳がぶつかり合った。