真紅い絵の具

蒼井やまと

本文

 今日の筆遣いは粗い。

 それを自覚しているくせに、筆を止めることが出来ない自分に腹が立ち、さらに筆遣いが荒くなる。

 まるで負のスパイラルだ。ぐるぐると不規則なきりもみ運動を行いながら、私の心は暗い螺旋の中心へと落ちていく。その先に何が待ち受けているのかも分からないまま、私は気が狂ったように筆を走らせ続ける。

 実のところ、こんな状態で絵を描くのは初めての事だ。

 私はどちらかというと感性よりも理性によって己が内面に潜む世界を描く。それはさながらレシピ本を見ながら料理を作るように、または一部の隙もない文法で構成された論文の様に。一般化と言ってしまうといかにも平凡でつまらないものに思えるけれど、それは「誰にでも通用するフォーマット」であるという事でもある。一部の、それ専門の人間にしか伝わらないような自己満足に満ちた伝え方ではなく、誰もが理解し咀嚼することが出来るような形式に落とし込む。それが自らの世界を作品として出力する者の責任―特に作品で何かを伝えたいのであれば―ではないだろうか。

 だから私は創作するとき、まず理論を固める。レシピ本を読みこむ。文法を精査する。そうして方程式を組み上げることが出来たのならば、自ずと解は導かれるのだ。

 だが、今回はどうだ。なにも考えていない。ただ感情に導かれるままに筆を走らせている。緻密な思考の末に出力される美しさなど微塵もない、こんなものは画用紙にクレヨンで描かれた子供の落書きにも等しい。とても創作とは言えない代物だ。

 しかし止まらない。矛盾に軋み、悲鳴を上げる理性を追いやって、私は感情が創りだす作品のうねりに酔っていた。

 なんともバカげた話だ。理論が創りだす静謐とも言える世界、檻の外にはこんなにも美しい世界がある事も知らずに。私はキッチリと白と黒に分たれたモノクロの世界を盲信し続けていたのか。

 筆は奔りつづける。モノクロではないとしたら、この世界に溢れる色はなんだ。


 赤。


 赤、紅、朱、真紅あか―。

 この世界に溢れる感情は真紅の怒りだ。

 思わず笑みがこぼれる。

 この作品が完成した暁には、きっと素晴らしい真紅の世界が広がっているはずだ。

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真紅い絵の具 蒼井やまと @wasabi_aoiyamato

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