夜に浮かぶ月
蒼井やまと
本文
ふと見上げれば、たっぷりとした黒を湛えた夜空の真ん中で月が輝いていた。
先程まで雨が降っていたとは思えないほどに、堂々とした姿。
その姿は穴の中に浮かび上がる光球のようでもあるし、漆黒の天幕に穿たれた孔のようにも見える。表面の模様がウサギではなく人の姿であったなら、かの有名なスパイ映画のOPシーンにも見えるかもしれない。
仕事疲れを溜息と共に吐きだし、夜のひんやりとした空気で肺を満たす。雨あがりの匂いは、なんだか僕を切ない気持ちにさせる。
そんな気分だからだろうか、いつもなら通り過ぎるだけの公園に立ち寄って、柄にも無くのんびりと月を眺めてみる。あたりは静まり返っていて、うるさいだけの自動車の音も、虫の声ひとつも聴こえない。
空に浮かぶあの月のように、僕だけが世界から隔離されている感覚。
単純な孤独ではなく、複雑な理由を内包した孤高。
なんとなく月明かりが眩しくなって手をかざしてみると、いとも容易く月は僕の手中に納まった。
この太陽系の中で5番目に大きい衛星でも、地球から見ればこんなにも小さい。
それがなんだかおかしくて、思わず笑みがこぼれてしまう。
はたから見れば不審者に見えるかもしれないけれど、幸いなことに、今この世界にいるのは僕一人だ。
あまりにも小さい、小さい僕一人だ。
夜に浮かぶ月 蒼井やまと @wasabi_aoiyamato
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