アルベル

江戸端 禧丞

料理店のオーナー



 広い料理店で慌ただしく動く店員たちの様子を、監視カメラの向こう側からのんびりと見ながら、店長のアルフォンソ・ベルディーニが自分の部屋でくつろいでいた。背中まである焦げ茶色の髪を三つ編みにして、燕尾服を着た美青年が優雅に紅茶を飲みつつ長い足を組み、満足気に切れ長い二重の焦げ茶の眼を細めている。


 ここは人肉を主に扱っている老舗カフェレストラン〈アルベル〉、常闇に包まれた魔界の王都イルベスタで営業されている。常連は、一介いっかいの商人から神域レベルの魔物、大公爵までと幅広い。


 さて、店長アルフォンソ率いる店員の殆どは食人型の魔人で、主食は人間の肉だ。ゆえにまかないに出る人肉だらけの料理を楽しみに仕事をしているのだが、この日は魔界での新年が明けた日で、高級店アルベルの客も大盤振る舞いをしていた。店員たちに休む暇はない、アルフォンソがのんびりしていると、部屋の扉が轟音と共に勢いよく蹴り開けられた。


「ぅおらぁっ!!店長よぉっ!テメェの頭スッカラカンかよ!!」


 長身の男が、怒鳴りながら部屋の中へドスドスドスと踏み込んでくると、店長の胸ぐらを掴み前後に激しく振った。その男の名前はヴィルフレード・ガラヴェッロ、焦げ茶色の短髪に同色の切れ長い眼の美丈夫、アルベルのコック長だ。豪快で明るい彼が怒ることは殆どない、そんな事態に持ち込んでしまうのはアルフォンソくらいのものだ。


「…まっ…待って待って、悪かった、私がっ、悪かったぁぁ~」


「じゃあさっさと仕入れしてこいっ!!肉足んねぇんだよ!!!」


「……はぁ〜い…」


 今この瞬間だけ見れば、とても店長とは思えない扱いをされているアルフォンソだが、普段からこうというワケではない。いつもは店長として、高級店に相応しい肉を自ら探して世界を回り、場合によっては天上界に住む人間を直接狩りにいくこともある。ただ今回は、1週間前に30万体分の良質な肉をられた為に、しばらくサボっても大丈夫だろうと胡座あぐらをかいていたせいで、年末と年明けの山の如き注文数で、あっという間に在庫の人肉が無くなってしまったのだ。


 アルベルの地下には、要塞のように堅牢かつ巨大な貯蔵庫があるのだが、それがからになりそうだという緊急事態だ。店内のことは、レジ係・給仕長・コック長・掃除長に任せておけば問題ない。店から蹴り出されたアルフォンソは、豪奢ごうしゃな燕尾服を身に纏ったまま、賑やかで御祝いモード一色の王都の道をトボトボと歩き始めた。

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