1+1の証明

蒼井やまと

本文

 「恋ってね、1足す1が3にも4にもなるんだよ」

 もう記録でしか確かめることが出来ないくらいに遠い昔、彼はそんな言葉を聞いた。

 

 そんなバカな話があるか。

 

 彼は非常に理知的な性格だったから、普通の人だったらロマンチックに感じるであろうそのセリフを聞いた時にも、彼の感情は最前線とは一歩引いたところで傍観していたのだと思う。1足す1は2にしかならないだろう、と。

 だから彼はその言葉の真意を確かめることに決めた。そんな不合理極まりない計算式の存在は自分自身で否定してみせる。それが彼の口癖だった。

 彼が選んだ証明方法はロボットを作ることだった。

 数理が支配するデジタルの領域で感情ソフトウェアを作り、物理が支配するメカニズムの領域で肢体ハードウェアを作る。そうして出来上がったロボットはこの上なく平等な物差しで『恋』を演算することが可能となるはずだ。

 呆れるほどに単純で、呆気にとられてしまうくらい困難な手段に取り組む彼の横顔を、私は知らない。その頃には私はまだ生まれていなかったからだ。

 私が覚えているのは、彼と初めて目が合った時のこと。瞼を開けた私の眼前には白ひげをたくわえた科学者風情の老人が立っていて、ぽつりとこんなことを呟いたのだ。

 

 「ああ、これが恋だったのか」


 彼が不合理な計算式を否定することが出来たのか、私には分からないけれど。あの時の優しげな彼の眼差しを忘れることは、きっと無い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

1+1の証明 蒼井やまと @wasabi_aoiyamato

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ