.11
誘拐の後、敵の行動はとても早かった。駆け付けた警察が校内に入る前に軍が学校を占拠したのだ。関係外の生徒は全て強制下校させられ、警察も規制線外から望遠鏡を使うしかない。さらに、犯人と思われる情報、つまり俺を全世界最速速報にて表世界で垂れ流し、捜査と制圧を建前にして表街へ戦車を走らせた。
裏街は端々から包囲され、暴動寸前のテロリストが立て籠もっているような物々しい雰囲気となった。
誘拐犯もといテロリストに仕立てあげられたチュウカは、その包囲網の外側を高い建物の屋上から身を乗り出して見ていた。当然だけど、詳しい場所は誘拐犯にされているので秘密である。
「おお、ははっ。思ったより派手なパレードじゃないか」
「ねえ、これからどうするの?」
非清純なる純白を先ほど紛失したことで、僅かながら頬を紅潮させている人質はチュウカのジャケットの端を掴みながらこのように尋ねた。ちなみに、本日チュウカは拾った革のジャケットを緑Tシャツの上に着ている。ファッションセンスは壊滅的だが、後ろから見ればそんなことはわからない。
「軍を追い出す。俺の街に二度と手を出せないようにする。基本的には俺一人で暴れるが、協力者もいる。怯えながら暮らす日々から立ち上がったらしいが、動機なんて何でも良い」
そこにビルの屋上に、後方の扉を開けて男女のペアがやってきた。一人はスーツ姿の細身長身。一人はグラマラスな風貌で名前は分からずとも身分は分かる。その言動からも風俗嬢であることを、内地の人間でも区別できる。そういう女だった。
「俺は先に行く。利用して悪かったな」
チュウカは外の街から自分の街へ向かって飛んだ。二人組が彼女を保護するところを確認せずに飛んだ。きっと真新しい下着も支給されたであろう彼女の案件は、また機会があれば解決してやろうとチュウカは後回しにした。今は対岸よりも目の前の火事の方が重要だった。
***
戦車隊は裏街を完全に占拠、制圧下に置いていた。陽の当たる時間は子供の時間である。普段であれば、孤児院や裏表の双方から遊びに来るガキ相手に商売する優しい駄菓子屋のお婆さんが、何も言わずに「そうか、そうか」と頷き、錆びて崩れ落ちそうなブランコと滑り台しかない公園をこの子たちが駆け回る。悪さを覚えた悪童が頂点目指して不良たちと日夜喧嘩や諍いに明け暮れ、終いにはチュウカに締められる。
決して純粋な空気ではないが、それでもこの街の風景であった。それが装甲車と迷彩服に総取り換えさせられたとなっては、いくらきれいな街になろうと日常を壊された人間は黙ってなどいない。武力からの避難は生活を放棄することと同義だからである。
軍が独断で強行する強制捜査や立ち入りに対しては必死に抵抗し、例え屋内に押し込められようと監視の目を絶やすことはない。店前を荒らされた居酒屋の親父が中華鍋片手に突っ込むことを誰も止めず、窓を開けて声援を送った。取り押さえられると、軍に対してヘイトスピーチが可愛く思えるほどの暴言が降り注いだ。それでも自称プロは粛々と事をこなしていく。その街にはいない、ただ一人の一級虞犯少年を探す。
「おい! まだ見つからないのか!」
「報告します。現在空き地、空き家、廃墟を含めた全ての裏街建造物を調査中。現在発見には至っておりません。現地住民の抵抗は今もなお根強く続いていますが、問題なく制圧しております。連行者リストはこちらで随時更新されております」
軍は焦りを隠せなかった。これは国家組織としての警察の責務だけに留まらないからだ。政府からは無論のこと、軍事部隊を使用してここまで大規模な作戦を展開するのは、海の向こう側の意向が存在するからに過ぎない。
膨大に膨れ上がる防衛費は過剰な杞憂にも似た妄想と友好関係の証。強いられた需要で起こした経済で豊かさを体面上保っている。この大量の戦車もそうである。法治国家において無法地帯が存在するのは問題であり、それを一清するのは何も問題ではない。
だが、本旨はそうじゃない。
この件は利用されただけなのだ。重要なのは海外の兵器を国内で使い、それが国民にとって十分な利益のあるものであると簡単に信じ込みやすい事例であることが重要なのだ。
問題はなんだってよかった。
それがたまたまこの街だっただけ。街のためならなんでもする愚行少年がいて、そこに軍がやって来て違法を取り締まる。理由が如何であれ街に仇為すとあれば、牙を向けてくることは想像に容易い。そこに事情を抱えた人間を出現させ、同情を得られそうな状況を利用する。暴力だけの少年は案の定、学校を襲撃した。しかし、窓ガラスには何も細工していない。本気で割るとは、よほどの怪力が熟練の腕か。その近くに、今回の場合は同級生が軍と関与があるように匂わせる。実際には関係がなくとも、情報戦ではこちらが圧倒的に上位にいるのだからこれまた容易い。
相手は道徳と倫理を知らず、暴力だけを学んでいるガキでしかないのだ。
なのに、なぜ見つからない。後は捕まえるだけだというのに、なぜだ。
こちらに落ち度はない。捜索と街の情報は、電子による情報と実地での見聞において詳細まで記録、把握している。部隊に武器は所持させず、威圧拘束行為も法に順守したものである。ここにある戦車すら、飾りでしかない。悪童をこの街から取り除き、他所の逸脱はあるにせよ無法地帯とはさせない。一度無料にすれば有料にすることは非常に困難。壊すのは容易く作るのは難し。信頼も街も人間も。
だが、前提が異なればそもそもそれは想像すら愚問となる。
「……へぇ。ククク。そうか、そうか目的は俺か」
チュウカは【黄金チョコレート】と記載された巨大な屋上立て看板から、軍に占拠された街の様子を眺めてこの結論を導き出した。
【黄金チョコレート】の【金】の文字の正面から見て右下の点が老朽化で丸になっている隙間から軍の動向を監視してきたが、間違いない。目的はこの裏街でもなければ、先日の風俗店、ましてやあの未成年風俗嬢問題でもない。
俺だ。
表街で流されていた情報は俺を悪人であることを印象付ける事柄ばかり。一方、軍隊の行動は裏街を包囲するだけ包囲し、大量の人海戦術を取るだけ。廃墟を中心に隅々まで何かを探している。軍の要求に従わなかった裏街民と多少の諍いは起きているが、それは一部に過ぎない。捜索のその大半は平和的そのものであった。
無論、軍隊は住民に監視を配り続けているが、特別な抵抗が見られない限りは、頭を下げて捜索協力の感謝を示す誠実な対応をしている。
住民は目的ではない。つまり、裏街は標的ではないことがここから想像できる。
電子機器や無線を頻繁に使用していることから、この街のすべてを把握するつもりなのだろう。微かな気配からでもすぐに身を潜めてる場所を割り出し、逃走ルートを算出して塞ごうってか。なるほどな。でも、残念ながら一ヵ所見落としているぜ、軍隊長の姐さん。
チュウカは看板の上へよじ登り、看板の薄い幅を足場とし、腕を組んで立ち上がった。高所には強めの風が吹き
「さて、最終決戦だ。さっさと決着をつけないとな」
チュウカは飛んだ。重力などお構いなしに、着地などせずにアンテナやロープを手や足で踏み倒して飛び続けた。最終到着地を目にするまで、飛び続けたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます