.06
「よう、一級虞犯少年」
「あっ、お前。山田さん、例の不良少年ですよこの子」
「木下、不良行為少年の意味だとしたらそれは違う。こいつは虞犯だよ。言うなら非行少年ってところだろう」
「いや、山田さん。今は法律とかそれどころじゃ。だってこの間の件もこのガキが――」
木下と呼ばれた後輩刑事はそれ以上言葉を出せなくなった。チュウカの闇に落ち損なった目を見たからだ。こうなるともう息を飲むしかない。
「悪いなぁカラスの坊主。――ああ、今はチュウカだっけか」
「なんでもいいぜ」
普段大人に興味を示さず、関心を持たないために敬語であるチュウカだが、この刑事には食って掛かることが多い。
「そうか、そりゃいい。じゃあ坊主。確か昼間は表の方に出てきたみたいだったが、下を歩くとは珍しい。どうせ俺たちのことも上から見ていたんだろ。
「俺に俺らしさなんてないさ」
「ははは。いやまあ、座れや。飯ぐらいおごってやろうじゃないか」
チュウカが居酒屋に入ってきたのは、午後九時を少し回ったころだった。突然の初来店に、噂の存在だった彼を見た客と店員達は動揺して話を止めたので、店は静まり緊張した。チュウカは隅の方へ歩き、刑事二人が座っている席の側に立った。店内に広がったその緊張感は最大まで膨れ上がり、客はチュウカが座るまで飯を静かにゆっくりと食べ、店員はできる限り時間をかけて料理をするしかなかった。
「あいつら、なんでまたこの街に来てるんだ」
「あいつらってなんだよ」
「……おい、木下。ザンギ注文しろ」
はい。彼はそう言って店員を呼んだ。刑事がたばこに新しく火を点けながら言葉を出す。
「軍のことか。それは俺だって知りたいところだが……どうやらお前さんに関係があるみたいだぜ。まあ、俺も直接聞いたわけじゃないんだが、裏街のヤクザとかの情勢を片っ端から聞いてやがるみたいだ。だからやつらは事件が起こると真っ先に動く俺たちに今日付いて来た。俺はそう思ってる」
そう言うとたばこの煙を自分の真横に吐き出した。どうやらこれでもチュウカに配慮しているらしい。
「……山田さん、いいんですか。この子供にそんなに話して」
「どうしてだ? 別に俺の想像を話しただけだろう。酔っ払っているときぐらい、戯言言わせてくれ」
チュウカは店員に恐る恐る差し出された鳥の唐揚げにかぶりついていた。後輩刑事は先輩刑事とチュウカの顔色を窺っている。
「坊主、どうして奴らにこだわる」
「俺のところに来て、それから帰ったから」
「なるほどな。島荒らしの報復ってわけか」
チュウカはザンギにかぶりつき続け、後輩は、二人の会話に置いて行かれたのを不満に思ったのか、会話に参加するのを諦めて飲み干したビールのお代わりを頼んだ。どうやらふてくされているようだった。先輩刑事は続ける。
「何があった」
チュウカは備え付けのパセリをのみ込み、苦い顔をしてから昨夜の出来事を話した。
***
朝方に廃ゲームセンターに戻ったチュウカはメダルゲームの二人で座る椅子に体を押し込めていた。昼前までこのようにして睡眠を取るのだ。
音のないゲームセンター。
光のないゲームセンター。
人のいないゲームセンター。
チュウカの最近の塒はこの場所であった。そしてこの場所にいることを誰かに話したことはなかった。チュウカが街から飛び降りてくるところを誰かが見ていて、それによって住処を知ったのであれば理に適うのだが、しかしそれこそこの街の人間でなければそれは叶わない筈なのである。ましてや大都会を五つぐらい合わせた超都会に本部を置く国直属の軍が知るはずもないのだが、この廃ゲームセンターの固い鉄壁をぶち破ったのは一台の戦車であった。
時刻は十時半過ぎぐらいだった。おそらく裏街に一番近い支部から派遣され出動してきた部隊なのだろうが、しかしそれでも動きは軍隊であった。
薄暗い寝床を照らす無数のライトはその光源だけ人の数を表し、その数だけ銃口がチュウカを探し回った。それなりに広さのある場所を軍の小隊は無駄なく探し、そしてメダルゲームの椅子に光を当てた。
「これは……」
発見したのは抱き枕であった。私生活を覗かれた美少女が描かれた、ちょうど子供の身長程度の大きさの物がそこにはあった。そして隊員がその存在を確認している一瞬の隙をチュウカは振り抜いたのだった。
「うらっ!」
暗闇から放たれた巨大な衝撃は不意を完全に突いたもので、予備動作を見切ることも受け身を取ることもできずに、その全てのエネルギーを側頭部で受けた。当然この衝撃に体が耐えられず、この隊員は意識を失った。
「クク。なんだよ、眩しいじゃねぇか」
大きな音によって散開していた全員がその場所へライトを向けたため、チュウカは顔をしかめた。明るく浮かび上がった彼の口元は笑みで歪んでおり、倒れた隊員に巨大偽中華包丁を突き立てていた。
チュウカが笑っていると、誰かが指で指示を出した。カチャカチャと装備品の音を出しながら、チュウカを包囲している兵士が迷いなく行動する。そして、それぞれが位置を即座に定め直し、そのまま躊躇うことなく一斉に発砲を始めた。
チュウカは巨大偽中華包丁を支点にして弧を描くようにして飛び、追いかけてくる銃弾の雨をかわした。
「おいおい。まったく朝っぱらから容赦ないな」
今度はすでに銃を失い、ナイフ片手に低姿勢で突っ込んでくる兵士と対峙。チュウカも小回りの良い雨どいに持ち替えて応戦。間に割り込んできた二、三人をやり過ごし、無視した彼らが背後から放つ銃弾を海老反りしながら後ろへ回転して回避。マシンガンの上に立って盗んだハンドガン二本で追加の銃撃歩兵に発砲。重傷を負わせて戦闘から離脱させる。
マシンガンの男は慌ててチュウカを引きずり落とそうとするが、そのまま身軽なチュウカに首を足で絞められ卒倒。瀕死となった兵士の腹上に両の足で立ち、敵を見定めて笑う。
「抵抗せずに大人しく投降しろ。こちらは君の命を奪うつもりはない」
「ククク。俺は誰にも尻尾を振らないよ」
チュウカは卒倒者から盗み取った複数の小型のグレネードを、ゲームセンターの朽ち始めている古い天井目掛けて宙に放り投げた。軍の兵士たちがこれを理解したときにはすでに爆発したときで、辺りの空気は一気に飛散した天井によって粉っぽく濁った。
「くそっ、どこに行きやがった」
「まったくなんて奴だ……おい、大丈夫か」
兵士は互いに状況を確認しあい、負傷兵を迅速に撤退させた。気をやや緩めた彼らであったが、しかし状況はすぐに急転。姿を眩ませていなくなったチュウカの代わりに動き出したのは、巨大なメダルゲームの媒体であった。
「ステーションナンバーファイブ! ジャックポット! チャンス・タイム!!」
兵士の全員が光を音に向けた。メダルゲームは光と音を正常に放ち、早くも特別なボールを転がして抽選を始めている。
片手で後ろに合図を送りながら警戒態勢でじりじりと距離を詰める兵士。左右から回り込んでいた二人はちょうど反対側で互いに銃を向けあった。それが味方であることを認識すると警戒を解いて周囲をさらに注意深く見る。しかし、人影は兵士の他にはなく、メダルゲーム内部で当選した三千枚が排出され続けていた。
「大当たりだな」
それから少しして軍の本隊である戦車が二台ほど壁をぶち破って合流。捜索を少し行ったがすぐに撤退して行った。チュウカは先ほどの爆発で空けた屋根の穴から飛び出しており、丁度内部を確認できる近隣銭湯の煙突上にいた。撤退して行くその様子を、そこに現れた人間の特徴を記憶するために、双眼鏡を片手にずっと見降ろしていた。
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