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表街に住む人間というのはどうやら今日も昨日と変わらないようで、とても忙しなくせっせと動いていた。
ある人はガラス張りのビルに家具屋の展示を映しただけの内装を見ておしゃれだと褒め合いながら笑い、その後昼休みに孤独を好んで自分だけの隠れ家を探す。
ある人は定時頃になれば、仕事終わりの一杯を飲みに行く誰かを見送りながら終電まで仕事をし、そして明日のために寝る。
彼ら彼女らに昨日と今日で特に行動パターンに変化はない。時計塔から見渡す限りでは表の大半はそんなところで、その程度のことであった。
チュウカは人間観察が好きである。起床は時計の針が重なる三十分前でちょうど重なる頃に時計塔へ出向いていく。日替わりパンをかじりながら今日の街をただじっと見渡す。ちなみにこのパンは盗んだものではない。
実は数か月前より、とあるパン屋から一日一個パンが貰えるになったのである。チュウカとしては特に何かをした覚えはないのだが、この辺りで大きな顔をしていた侠客を昼から夜へと活動時間を移動させた功績が大きいのだと聞いたことがある。しかし、本人は良く分かっていない。
なんでも目黒とか言う名前のやつは観光客と写真を撮るほど陽気な侠客だったのだが、その分街の人間へは無遠慮に好き放題やっていた。八百屋のトマトを一口かじって放り投げ、本屋の平積みに座って煙草を吸い、通りのど真ん中を練り歩く。チュウカは街を守るために目黒に喧嘩を吹っ掛け、その一味をまるごと街から追い出したのである。どうやらこのパン屋もこの件に置いては例外ではなかったらしく、事件解決には感謝していたそうだ。
ある日チュウカがその店の前を通りかかったときに声を掛けられ、事件の話を素直にそのまま話した。事実を話すだけでつまらなかったチュウカは試食用のパンの欠片を食べて「おいしい」と言った。すると何に感激したのか、それからパンを貰うようになった。
事件のお礼なのか、それとも味を褒めたことか。判別は付かなかったが、チュウカとしてはただ腹が減っていたから「おいしい」と言ったのだ。
感激したパン屋に明日も来てほしいと言われたため、チュウカは愚直に翌日も出向いた。以降、こうして日々パン屋の行列に並ぶようになり、ブランチのメニューとして主食をパンに変更して、毎日食べるようになったのである。
「さて、どこにいるんだか」
チュウカはある人物を探していた。正確には人物たち、つまり複数である。街を上から眺めても見当たらないので、下へ降りて歩くことにした。残り一口のパンを口に押し込んで飲み込み、飛び降りた。歩道に向かって一回転しながら着地。衝撃でずれた偽中華包丁の位置を直し、行動開始。
パーカーのフードは被らず、だらっと手を突っ込みながら歩く。
視界には入るのは、スーツにリュックを背負い、電話をしながらどこかへと急いで自転車を漕いでいく男。長ったらしい髪を辺りに振りまきながらハイヒールをカチ鳴らす女。プラスチック容器に入った飲み物を片手に歩く二人組の女性。喫煙室に入らず、外で一服する中年の男。表街には今日も様々な人間がいる。
傍の道路と歩道には観賞するためだけに植えられた背を低く揃えられた樹が並んでいた。交通量は永遠に流れているかのように思われる大河のようだった。そしてその向こうに一際注目を浴びている人間がいることに、チュウカは気が付いた。
ちょうど青信号になった横断歩道を等しい歩調で人の流れにぶつかりながら進み、向かいの歩道へと移動。こちらにも背の低い植木がシンメトリーに並んでいた。
「――さんはよくこちらへいらしたりするんですか?」
「いやあ、久しぶりですよ。でも、あれですね。思っていたよりも意外と暑いですね」
「ええ。こっち冬はすごい雪降りますけど、夏は夏で暑いんですよ」
「いやー、もうちょい薄着で良かったかもなぁ」
テレビだ。後ろで手を組んでちんたらと歩いている二人は多分有名な人なのだろう。チュウカはテレビを見ることができる環境にいないので、あの男性二人の関係性を知らない。いつも二人で活動しているのか、それとも今日は撮影のために一緒にいるのか。だけどそんなことはどうでもよかった。彼らが捜している人物、若しくはその人物の行方を知っているかどうかが重要であった。何せ今は絶賛人探しの最中なのだから。
「……おい、あの子って……」
「……ああ、たぶん……」
するとそのうちチュウカが注目され始めた。名も知らない人間から関心を集めるのは高揚する。思わず笑っちまうぜ。
「ククク」
チュウカは自分が群衆から一人浮き出てしまい、テレビ撮影の集団も指をさし始めたので、さらに笑った。そして再び空を目指すことにした。
オープンテラスカフェの軒下に向かって飛び、軒上へ掴まってビルの壁を登って飛び越え、屋上に足をつける。屋上にはコンクリートの塀が取り付けられていて下からこちらはもう見えない。群衆に成り果てた民衆は口々に「あれ何?」「すげぇ、飛んだ」「あれ子供か?」などと思うがまま好きなように喋りまくり、今は見えない屋根上の彼方を見ていた。撮影の人間たちもこの騒ぎを受けて用意していた車へと身を隠すように乗り込んでいった。
人探し再開。
チュウカは群衆から目を離さなかった。このような騒動をかぎつけて現れる習性を持っていることを知っているからだ。テレビ一行が走り去ったあとすぐに警察一行が現れた。その中には見知った顔の刑事もいる。そして刑事の車の後ろにぴったりと付けて停まり、降りてきた集団を見て、今度は声を殺して笑った。
軍だ。
自衛と治安の維持を標榜している彼らはヤクザやグレーな商売をしている店、ちょっと悪さをしている若者つまりチンピラなどの犯罪未満迷惑防止条例以上の事案の排除解決をしていると被害者から聞いたことがある。簡単に言えば悪いやつを悪いと決めつけて暴力と数で押し潰そうって事だ。正しき者は正しくあるべきで、法律に従うものは法律に従わせるべきと口癖のように喋る。つまり俺の敵だ。
高みを見物していた群衆の一部が声を掛けられ、刑事と話している。それからすぐに軍の方へ交渉権が移り、半ば強制的に車に乗せられていった。刑事は「そうじゃないんだよな」とでも言いたげな顔でたばこに火を点ける。部下はここが禁煙だとでも言っているのだろう。携帯灰皿でその火をしぶしぶ消していた。チュウカはただこれをじっと見過ごし、しっかりと観ていた。
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