非日常は黄色い線の外側

観月

非日常は黄色い線の外側

─黄色い線の内側にお下がりください─


そう言われると、無性に外側に立ちたくなるのは私だけだろうか。


「特別幸せじゃないけど、普通に充実してるんです。」

と、彼女はつまらなさそうに言った。

「退屈で、楽しくて、不満で、満足で、だから痕が残らない程度に自分を傷つけたくなったんです。」

彼女はそっと自分の左手首を撫でる。

「詳しく聞いても?」

「ありきたりですよ」

「良いよ。」

気まずそうに顔をしかめる彼女を促すと、特に躊躇うでもなく話し始めた。

「親が離婚して、今は父の恋人に面倒を見てもらっています。父は単身赴任で、ほとんど家にいません。でも、私は別に非行に走ったりするでもなく、たまにサボったり、遅刻したりしつつ高校に通っています。クラスでの立ち位置も、部活仲間も、友達も大好きで、何かに激しく夢中になることも、虚無感に襲われて無気力になることも、特別楽しいことも、特別悲しいこともなくて、あまりに普通で、あまりに幸せで、耐えられなくて、夢じゃないかなって、それで…」

茶色くなった手首をポリポリと爪で掻く。ほのりと赤く色付く。

「どうだった?」

「痛くて、恐くて、あまり深くするのは困るから、小さく。でも、カッターを引いたら少しずつ赤い点線ができて、私の人生なんて所詮普通なんだなって、確認しちゃって、ガッカリしました。」

彼女は子供が拗ねるような表情をしていた。

「そっか、普通か。」

「はい。」

「…じゃあ、電車来るから。」

私が振り返ることなくホームの縁まで歩くと向こうから電車が来るのが見えた。

アナウンスがあって、電車が減速しながらホームに入ってこようとしてる。

私は、黄色い線を超えて、コンクリートの床の角を軽く蹴った。

私は日常から脱出することに成功した。

彼女はこの束の間の非日常に触れたあと、一体どうしたのだろう。

いや、もしかしたら、この事でさえ彼女の日常に溶けて消えるだけかもしれない。

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非日常は黄色い線の外側 観月 @miduki0403

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