第3話 筋肉は絵を描く上で重要なファクターの一つです。

 歩くだけでも楽しいと感じていた。


 あまり代わり映えはしない風景だけど、遠くに見えてきた山や森、近くを通り過ぎた湖、都会に住んでからはとんと縁がなくなったそれらに、物珍しさだけではない楽しさを感じた。


 全てが絵画のようであり、私が知っている自然と言うものでは感じ得ない素晴らしさだそこにはあった。


 もともと絵に携わる仕事をしていた為に、他の人と比べるとその感動はより大きなものに違いないと思えた。


 こんなにも完成度の高い作品が、地平の限り続いているとか、この世界に神様がいるのだとすれば、『いい仕事してやがる』と褒め称えてしまいそうだ。

 マジ神! まさに神絵師!





 そんなこんなでリスペクトと感動の興奮に、我を忘れ歩き続け、気づけば日が傾き始めていた。


 青かった空は朱色に染まり地平へと塗りのばした様に、視界いっぱいがほのかな赤い作品となっている。


 いつまでも眺めていたかったが、夜になり暗くなった時の事を考えればそんなことも言ってはいられない。


 街灯なんて見当たらないのだから、いざ日が落ちたら足元すら見えない闇におおいつくされてしまうかも知れない。


 そんな状況で移動なんて出来るわけないし、何よりも、だって、すんごく怖い。


 だから急ごう。

 どこへ?

 眼前に広がっている壁へとさ。


 景色に魅了され、視界を右往左往させていた為に、気づいた頃にはそれなりに近づいていた壁。

 壁ということはその向こう側には人が居るのだろう。

 と言うかまず間違いなくいる。

 煙突っぽい出っ張りが壁の奥で煙りを吐き出しているのだもの。

 何より、壁には門があり、そこに人らしきものがすでに見えているのだから。


「カカシだったら笑えるかも……」


 呟くと(笑えねーよ)と本心が突っ込んで来た。


 自らの本心と会話って、なんか頭のヤバイ人のようだなーと今さらに思いながらも、門に向かい駆け足になる。

(真っ暗怖い!)





「ん? なんだお前は?」


 門の正面に立ち、槍を軽く此方に突き出した人物が、問いかけて来た。

 小走りにやって来たおかげで、まだ日は落ちきっていない。


 カカシでなくて一安心するも、槍を突きつけられるなんて初めての状況だし、カカシよりも笑えない。


 笑えないが、この世界に来て初めての人間である。それもアニメやゲームの登場人物のように、描かれた様な質感が好奇心を誘う。


 筋肉はやっぱり重厚感のある厚塗りが映えるよね。あ、でも油絵の絵画っぽさも混じりつつの美麗系って線が正しいかな?


「こんな時間に何の用だ!」


 最初の問いかけよりも強めの声が飛んで来た。警戒されている様だ。


 門番の半袖から伸びる腕を見て、つい現実逃避をしてしまっていたが、ここでなにも返答をしなければ、ぐさっとくるかも知れない。槍コワイ。


 なにか返答しなければ……えーと、えーと。


「えと、いい筋肉ですね?」


 あれ? 会話になってない?




結果だけを言えば、なんか、門番の人と仲良くなり壁の内側に入れてもらえました。

なぜかって?

筋肉褒めたから? なのかなぁ??




褒められてまんざらじゃなさそうな門番に、慌てて「適当に歩いてたらここに行き着いた」という説明を付け足し。

夜、暗い、怖い、中入れて!

と伝えると名前の記入と少しばかりのお金を払えば入れてやると、応えてくれた。


「ちょっと待っていろ」


 と言うと両腕を上げ、ボデービル的ポージングをしてから、側の地面に置かれていた板とペンを渡して来る門番。


 うん、ポージングいらねー。と思いつつも、一応拍手を送っておくと、なんか嬉しそうにしている。


 渡された板には、私が知っているものよりも質の悪そうな紙が打ち付けてあり、既に名前が並んでいる。ここに私もミズカとだけ書き足しておいた。


 ちなみに槍は筋肉を褒めた時点で下ろしてくれました。筋肉バンザイ。




「金は銅貨5枚だ」


 書き終わった板を返すと、門番がそう言って来たが、銅貨なんて持っているわけもないじゃない。

 もちろん諭吉さんもナイヨ?


「えーと、銅貨5枚相当の物じゃ、ダメ?」


「原則としてはダメだが……」


 門番は私の姿を見てなにか言いたげにしていた。ちょっと哀れんだ目をしている。

 私も自分の姿を見るが、長年供にしてきた寝巻きがヨレヨレの良い味を出している。


モフモフでお気に入りの寝巻きで、仕事中はいつもこれを着ている。と言うかここ何日か外に出ず、寝るか描くかしかしていなかったので、常にこれだったが。


「そのなりだと、金なんてないんだろう?」


 なぜだか同情されてる? 捨てられた子犬を見るような目をしてやがる。


 しかしこれはチャンス!?


「実は、そうなんです……」


哀愁をたっぷりと漂わせ、俯き、少しの間を作る。


 同情で入れてもらえればラッキー作戦だ。

 チラッチラッと門番を覗き見るのは『同情するなら入れてくれ』と言う言外のアピールである。


「どうにかしてやりたいが、タダで入れるわけにはいかんしなぁ。俺が建て替えてやるにしても、他のものに示しがつかんし……せめてなにかと交換という事にでもせんと難しい」


 なんかないのか? と聞かれるが、なにもありゃしませんよ。寝巻きだもの。携帯も財布もなに一つポケットに入ってませんでしたよ。

 入っていたのは、メモ用紙が一枚だけ。

なぜ入っているのかは思い出せないが、以前に友人から頼まれたアイコン用のイラストについてのメモ書きだ。


 要望と金額。プロとしては友人とは言ってもタダで描くということは出来ない。

 この門番もプロだ。その矜持でタダで通すということは出来ないことは、このメモを見て改めて共感できた。


 ん? プロ?


 そうだ! 私はプロフェッショナル!金がないなら作ればいい!


「あの! 物は何もないですけど、こう言うのはどうですか!?」




 私はお返しした板を再び貸してもらい、新しい白紙にサササッと絵を描いていく。

 数分もすれば、目の前の門番を2割り増しにカッコよく、⒈5割り増しに筋肉を盛って上げたバストアップの似顔絵が出来上がっていた。


「ほう! 上手いもんだな! これは俺か?」


「そうですよ。いい筋肉してるでしょう? これを銅貨5枚でどうでしょう?」


 微笑みかけると、門番は満更でもないようでニマッと口角が上がっている。

 これはいけたか!? と期待に胸が膨らむ。


「うむ。これはいい。これはいい筋肉なのだが……」


 銅貨5枚がどのくらいの価値になるのかわからないが、サクッと描き上げたラフ程度の似顔絵じゃダメだったかなと、落ち込んでしまう。


 画材と時間さえあれば……。せめて時間だけでもあれば、黒一色でもそれなりのものは書き上げる自信がある。

 それだけに黄昏始め、間も無く真っ暗闇になってしまうだろう事に悔しさが募る。


「これが銅貨5枚と釣り合うか俺にもわからん。わからんがあと2枚ほど描いてもらえれば、通してやってもいいぞ?」


 その言葉に微かな光明がさすが、この間にも空が暗くなって来ている。


「う、流石に真っ暗になるまでに2枚は間に合わないです」


 泣きそうな気分だ。

 プロとして出来ないことは出来ないと言わなければいけない。

 自分を取り分け贔屓にしてくれていた担当さんの言葉でもある。


「なぁに、今すぐにってぇことじゃない。約束さえしてくれれば、今日のところは入れてやる」


「本当に!? 約束する! 約束します!」


 真っ暗闇の中野宿か……と這い寄る闇の恐怖に震えていたところへの言葉だ。必死さが滲み出てしまうのはしかないと思う。


「それに描いて欲しいのはうちの嫁と娘だからな。今からじゃ嫁も娘も嫌がるかもしれんし、明日の昼にでもお願いしたい」


 なるほど、納得だ。

 しかし、それだと条件がちょっと変わってしまう。条件自体に不満は無いのだが、自分の絵を安売りをする気も無いのだ。無いのだから交渉しなければいけない。個人で仕事をしているとこの辺はシビアになってしまう。


「それはいいんですけど、それだと追加で2人分ですよね。同じ人を追加で描くのと別の人を追加で描くのでは労力が違いますし、私もこの絵が銅貨5枚分か判断はつかないですけど、門番さんを3枚分描いて銅貨5枚なら仕方ないかなって思うんです。でも、別の方ってなると少なくとも銅貨5枚以上のものになると思うんですよね」


「そう言うものか?」


「はい、なのでここはこちらの条件も少し聞いてはもらえませんか? 泊まれる所を紹介してもらうのと、後日で良いのでこの国? の事を教えて欲しいんです」


 中に入っても野宿では意味がない。それとついでではあったが、この世界のことについて情報を集められればと思っての提案だった。


「その程度のことだったら良いぞ。もうすぐ俺も交代で帰るところだから、宿を直接案内してやろう。安くてそれなりに美味い飯がある所だ。国のこととなると地理とか名産とかか? 明日描いてもらう時に嫁と娘に教えてやるよう言っておく。それで良いか?」


「はい! お願いします! それと実はもう一つ……」


「ん、なんだ。まだあったのか。なんだ? この程度のことだったら聞いてやれると思うが」


「宿代貸してください!」


 今日一番の可哀想な目を頂きましたーー。


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