ヘンリー王子はお茶目さん!
「来ちゃいました」
朝日に照らされた金髪を揺らし、ヘンリーはそう言ってのけた。
使用人に叩き起こされ、寝起きでボーッとする頭を振りながら着替えさせられた。駆け足で玄関に向かえばヘンリーがにこやかに立っていた。
黒髪の貴族、つまりジュリアの父が恭しくヘンリーを接待していた。腰を落とし、手をこねながら熱心に喋りかけている。
「いやぁ、ヘンリー殿下も人が悪い。まさかお忍びで我が屋敷をお尋ねになるとは!ご連絡頂けましたらジュリアも更に粧し込ませましたのに……」
「いえ、スチュワード公爵の気遣いは無用ですよ。なにせジュリアはいつ見ても美しいのですから、これ以上着飾っては他の男が寄ってきてしまいます」
「お褒め頂き光栄です。ほら、ジュリアも挨拶なさい」
父に促され、慌ててスカートを摘んで頭を少し下げる。昨日調べてて良かったぁ〜。
「おはようございます、ヘンリー様。本日も良い天気ですね」
「おはようございます、ジュリア。今日は君に用があって来ました」
「では来賓室を使いなさい。ソフィア、案内して差し上げなさい」
父の命令にソフィアが頭を下げて対応した。テキパキと他の使用人に指示を出し、案内に従ってヘンリーとともに来賓室に向かう。
やっぱり婚約破棄の件について話に来たのね。一時はジュリアになっちゃってどうしようかと思ったけど、追放されればこっちのものよ。絶対にスローライフを満喫してやるんだから!
◇◆◇◆
部屋に到着し、ふかふかのソファーに座る。来賓室というだけあって置かれている調度品はどれも高価なものであり、公爵家が支援している一流の芸術家が手がけた一点ものだ。
それでも王宮育ちのヘンリーの関心を引くものはなかったようだ。座るなりそばに控えていた護衛の騎士と使用人に指をクイと動かす。
騎士は無言で資料を取り出し、机の上に広げた。使用人の一人が静かにヘンリーと私の間にある一人用のソファーに腰をかける。
「さて、ジュリアはどのドレスがいい?慣例に則るならプリンセスタイプ、最近の流行ではマーメイドタイプもあるみたいだね」
広げた資料は全てブライダル関係のものであり、数十枚にわたって様々なウェディングドレスのイラストが鉛筆で描かれていた。
「え……?……ん?婚約破棄されるのではなかったんですか?」
「ふふっ、ジュリアの想いに応えないなど男が廃ります。君は充分に自分を改め、心から反省していると僕は判断しました」
一体何に想いを馳せているのか分からないけど頰を紅潮させるヘンリー。心当たりが全くないので恐る恐る質問してみた。
「いつ判断なさったのでしょう?卒業パーティーを早退してから2日ほどしか経ってませんが……」
『なんで分からないの?』とでも言いたげな、キョトンとした顔でヘンリーが首を傾げる。
「いつって、卒業パーティーで婚約を破棄しないでくれと縋ったではありませんか?」
それだけ?いや、ゲーム本編でもジュリアはヘンリーに縋っていたし決定打が他にあるはず……
「決め手となったのはやはり僕を庇ってくれたことでしょうか。君に抱きしめられた時、確かに感じたんですーー」
そこでヘンリーは言葉を一旦切り、自身の体を抱きしめる。うっそりとした顔で微笑む様は身の毛もよだつほど不気味だった。
「ーー僕たちは相思相愛だ、と。これまで紆余曲折ありましたがようやく僕たちは真実の愛に辿り着けましたね」
何言ってんだこいつ!?正気か?正気なのか!?
救いを求めて周りを見渡す。『素敵な話ねえ』と乙女の顔をする使用人とさっと視線を逸らした護衛の騎士達。ダメだ、そもそも立場的に王族に意見できるのなんて私しかいないんだった。
「僕の手紙に返信しなかったのも今思えば僕の気を引く為だったんですね。なんとも可愛らしい……」
なんだコイツ!?!?ポジティブ思考過ぎないか!?庇ったのも万が一怪我されたら処刑されるからなんですけど!
このまま流されたら確実に結婚することになる。非常に不味い。なんとか婚約破棄させないと!
「お、お言葉ですが私はヘンリー様の友人であるアラン様の婚約者、リリア伯爵嬢への不当な嫌がらせを繰り返して来ました。ヘンリー様と結婚してはご迷惑を……」
「ああ、その件なら大丈夫ですよ。目撃者は
「ふえ?」
思わず変な声が出てしまった。消した?消したってどういうこと?まさかリリアへのいじめを揉み消したの?
「そういえばアランが『ジュリアを罰さなければ親友であり王子である貴方といえども許さない』などと息巻いていましたね。まあ、亡国の王族に何ができるのかって思いますが」
親友のアランを平然と鼻で笑うヘンリー。
あれ?ゲームだと二人は唯一無二の親友って感じで仲が良かったはずなんだけど?
「それよりもドレスの話をしましょう、ジュリア。式は3ヶ月後、ジューンブライドに執り行うのが好ましいので出来れば今日中に大まかなデザインを決めてしまいましょう」
「え、いやそんな急にはちょっと」
「仕立て屋のポポルも呼んだんです」
ヘンリーがチラリと椅子に座る使用人、もとい仕立て屋のポポルがクルクルとした髪を揺らしながら意気揚々と説明を始めようとする。
ど、どうしよう?どうしよう?こんな返信ないのに手紙送り続けるクソポジティブ暴走機関車王族と結婚したくないよ!
結婚したら離婚や別居は出来ない制度だから、結婚=永劫に同居しなきゃいけないんだ!そんなの絶対嫌!気ままにスローライフしながら恋愛結婚したいよ!
「いえ、いえヘンリー様!やはり結婚式の話はアラン様との事が片付いてから進めましょう!」
「何故です?アランなど君が気にする必要はないと思うんですが……」
「万人から祝福される結婚式を挙げたいなぁ〜?」
しばらく考え込んだ後、ヘンリーは仕方ないと肩を竦めた。
「なるほど、ジュリアの言いたいことは分かりました。ではデザインは後日改めて相談するとして、採寸は協力してもらえますね?」
手を膝の上で組み、にっこりと微笑むヘンリー。まあ、採寸ぐらいならいいでしょ。
「分かりましたわ」
「失礼します、ジュリア様」
渋々了承するとポポルが手早く布製のメジャーをポケットから取り出し、流れるような手つきで首、バスト、ウエストを測っていく。
数値を読み上げられるかと冷や冷やしたがそんなことはなく、手元にあるメモ帳にペンで記入した。
「なるほど、大体のサイズは分かりました。ご協力ありがとうございました」
ポポルは一礼すると資料をまとめて部屋を出て行く。机の上に置かれた彼のための紅茶は一切手がつけられていないようだった。
「ポポルは王宮付きの仕立て屋で腕は一流なのですが、少々気難しい所があるんです。気を悪くしたなら謝ります」
「いえいえ、大丈夫です。ちょっと驚いただけですわ」
「それはよかった。ああ、もう時間か。君といると過ぎるのもあっという間ですね」
手を振って慌てた否定するとヘンリーは安心したように胸を撫で下ろした。ソファーから立ち上がったので私も見送るために立ち上がる。
使用人に開けてもらったドアを通り抜け、玄関前に止めてある王族お出掛け用の馬車の用意が整うのを待つ。護衛が安全を確認している最中、ヘンリーが振り返った。
「それじゃあジュリア、今日はこれで失礼します。
さっと私の手に口付けを落とすと返事も聞かずに馬車に乗り込んでしまった。
「おお!ジュリア、よもやそこまで王子を骨抜きにするとは!!今日はいい日だな!」
感嘆の声を上げる使用人やはしゃぐ父に揉まれながら私はただひたすら得体の知れない恐怖に怯えるのだった。
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