ヘンリー王子はもしかして……?
長い廊下をヘンリーと腕を組みながら歩く。道中の使用人が慌てたように端によって頭を下げ、道を譲る光景にもようやく慣れてきた。
「それにしてもリリアさんがアランを選ぶとは驚いたものです」
「驚きましたね……」
ヘンリーの言葉に苦笑いを浮かべながら同調する。朗らかな様子で語っている所に恐怖を感じる。
なにせ、ゲームにおいてヘンリーはどのルートを選んでもリリアに恋をするのだ。つまり、リリアがアランを選択した今、彼は絶賛失恋中ということになる。
潔く身を引いて、とかならば格好がついただろう。そうだったら苦笑いで彼に相槌など打たない。
何をとち狂ったのか、この男は望みがないと分かっているのに公開告白した挙句振られたのだ。リリアの『あなたとは絶対に結婚しない』という宣言は記憶に新しい。
「何故王太子の僕じゃなくてアランなんだ……筋肉か、筋肉なのか……」
「……本人じゃないのでちょっと分かりませんねえ」
そういうネチネチした所じゃないかなぁ、とは面と向かっていえず笑って誤魔化す。むくれながら私の顔を睨むヘンリーの視線を受け流す。
ここで下手に慰めて断罪イベントを回避したら王妃になってしまう。王妃って大変そうだし遠慮したい。そもそも視線を集めたり人の上に立つなんてデメリットしかない。勘弁願いたいね。
「……随分と余裕そうですね、ジュリア。あなたはこれから裁かれるんですよ?」
ちょっと偉そうな顔で不敵に笑うヘンリー。権力を振りかざす所が最高にダサいのだが、彼がこの国の実質的なナンバーツー。彼が黒と言えば白は無理でも灰色は黒になるのだ。
「まあ、覚悟していたことですし」
「……だからイヤリングをつけてないのか」
「へ?ああ、そうなりますわね……」
転生にはしゃいでうっかり更衣室に置いてきただけだが取り繕っておいた。
「リリア、普段の貴女も美しいが今日はより一層美しい……。凛々しい表情に『天の涙』がよく似合う」
「まあ、アラン様ったら恥ずかしいです」
角を曲がると腕を組んだリリアとアランが楽しそうにお喋りしていた。アランの「離したくない」だの「俺のリリア」だの聞くだけで気恥ずかしい台詞がポンポン飛んでくる。
恋は盲目ってこういうことを言うんですかね。白けた目で見ている私に気づいてすらいないようだ。
「やあ、アラン。今日も二人は仲睦まじいね」
「これはヘンリー様、話に夢中になって存在に気づきませんでした。御卒業おめでとうございます」
チラリとアランが私を見る。フン、と鼻で笑い隣にいるリリアの肩を抱き寄せた。
「貴女のことは俺が守ろう……この命に換えても」
「アラン様、死んじゃ嫌です!」
「ああ、そうだったな。二人で支え合っていこう、だったな」
「すごく、仲良しですね。ええ、二人ともとてもお似合いだと思いますよ」
絶対にそう思っていない声音で二人を祝福するヘンリー。細めた目に嫉妬の炎が燻っている。
やっぱりまだ引き摺ってるんですね。
「アラン様、そろそろパーティーの時間では?」
「もうそんな時間か。貴女を見ていると時間が早く感じるな……。ああそうだ、ジュリア様。きっとこの卒業パーティーは互いにとって忘れられないものになるでしょうね」
不敵に笑いながら立ち去った彼らの背中を見送る。無言になった空間が物凄く気まずい。
「僕たちもいきましょうか、パーティー会場へ」
ヘンリーに促され、使用人が扉を開けてパーティー会場に入った。
豪勢なシャンデリアのぼんやりとした光やら演奏隊を照らすスポットライトなどキラキラしたもので溢れかえっていた。
いつもならキラキラしたものに目を奪われる私だったが隣にいるヘンリーに怪しまれないため、大人しくする。
することもないので、階下で歓談する貴族をぼんやりと眺める。ヘンリーとの間に会話はなく、互いに腕を組んでいるだけである。
居心地が悪いことに変わりはないが気を抜くと公爵令嬢らしからぬ口調が出てしまいそうなので助かった。
「この卒業パーティーで僕は君と婚約破棄します」
私と同じく階下にいる貴族、とりわけリリアのいる方を見つめながらヘンリーが話しかけてきた。
「はあ……左様ですか」
「何か言うことがあれば今のうちに聞くつもりです。僕も非情ではありませんからね」
「いえ特にないです」
「公爵家の令嬢として婚約破棄は望まないところだろ……え?ないの?」
キョトンとした顔で私を見るヘンリー。私の肩を掴むと前後に勢いよく揺らし始めた。
「王妃の座とか、富とか名声とかあるだろう?ほら、思い出せ!」
「落ち着いてください、ヘンリー様。なんで婚約破棄を申し出る側が引き留めようとするんですか」
言葉に詰まったヘンリーがようやく動きを止めた。揺らされてちょっとずれたドレスを直して距離を取る。
「やっぱりそういうことなのか……?」
俯いてブツブツと呟き始めたヘンリー。奇跡的にも照明が落とされ、不気味な雰囲気に拍車がかかる。
「君も僕が要らないって、結婚したくないっていうのか!!」
「落ち着いてください、ヘンリー様。周りが見てますわ」
「だからイヤリングをつけてないんだろう!?」
そういえば記憶を取り戻した三十分前、更衣室に置いてきたイヤリングはヘンリー王子からのプレゼントなんだっけ?
「ヘンリー様、婚約破棄を申し込んでいるのはあなたですよ。要らないって言われているのは私の方ですわ」
「やっぱり僕なんて要らないんだぁぁぁ!!」
宥めようとすればするほどヘンリーの瞳が涙で覆われ、ついにはボロボロと大粒の滴を溢し始めた。拭うものが手元になく、慌てふためきながらヘンリーを泣き止ませようと悪戦苦闘していると、バン、というスポットライトの板が外れる音と共にヘンリーと私が照らされた。
「捨てられるぐらいならいっそ、いっそ!!」
丁度私の正面に設置されていた照明の明かりに視界が白く染まる。ドン、という衝撃と足が地面から離れる浮遊感。名前も知らない人の悲鳴と徐々に正常に戻る視界の中で遠ざかるヘンリー。
もしかして、私、階段から突き飛ばされたの?あの高さから落ちたら死ーー
「あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
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