四回目 原作を再現しよう!

「ジュリア様っ!ジュリア様っ!一体なにがあったのですか?」


 悲鳴をあげるソフィア。それもそのはず、私の顔は真っ青になり、全身から汗をダラダラと流しているからだ。


 前回アランと湖で無理心中したおかげで溺死の苦しさを存分に味わえた。あいつだけは絶対に許さない。


 甲斐甲斐しく体の汗を拭ってくれるソフィアに癒されつつ、時計を確認する。


 相変わらず断罪イベントの三十分前を示していた。あと何回私は死に戻ればいいのだろう、どうすれば私は殺されずに済むのだろう。


「ジュリア様、お身体を温める紅茶をどうぞ」

「ありがとう。ねえ、ソフィア。覆らない未来があるのなら貴方はどうすーー馬鹿なことを聞いたわ、忘れて頂戴」


 思わずソフィアに縋りそうになったが、途中で我に返った。


 ヘンリーもアランも、勿論侍女のソフィアにだって同じ時間を繰り返しているという自覚すらないのだ。


 三十分という短い時間では私の状況を説明するのに充分ではない。相談も縋るのも無意味な行為だ。


「ジュリア様の十歳の誕生日パーティーでのハプニングを覚えていらっしゃいますか?」

「ええ。貴方がケーキをひっくり返した事件でしょう?」

「ジュリア様はその時こう仰いました。ひっくり返ったケーキを嘆くよりも踊る方が有意義ですわ、足が千切れるほど踊ればケーキのことも忘れてしまうでしょうと」


 ソフィアは跪き、私の手を取って微笑んだ。


「スチュワード家の公爵令嬢として生まれたジュリア様の心労、それは私などでは想像もできないものだと分かっております。それでも、ジュリア様のあのお言葉に私は救われました」

「ソフィア……」


 ジュリアの記憶では、あの言葉は純粋にケーキよりも踊りたかっただけなのだが知らぬうちにソフィアを救っていたらしい。


「ケーキがなければ忘れるまで踊ればいい、ね」


 ポツリと呟き、紅茶を啜る。


 その時、閃いた。そうだ、そもそもゲームに沿わないからこんなことになるのではないか。いっそ誰もが惚れ惚れするほど否認すればいいのでは?


 アランからの好感度は急上昇、リリアからは嫌われるけど国外追放になるからなんとかなるでしょ!


 うおおおお!希望が見えてきた!!おかげで三度の死亡体験で消えかかっていた気力が蘇ってきた!


「ありがとう、ソフィア!元気を取り戻したわ!」

「ジュリア様のお役に立てたようで何よりです」


 ◇◆◇◆


 早速会場に向かい、パーティーの開始を待つ貴族連中にウザ絡む。


「テメェなにガン飛ばしてんだァァン!?」

「「ひええ!スチュワード公爵令嬢!!」」


 うーん、いくらゲームを再現するためのウォームアップとはいえ威圧しすぎたかな?


 何人かは怒りに震えて顔を真っ赤にしながら私を睨んでいたり、遠巻きに見つめていたりしている。


 これが、この孤独感が貴族として生まれたものの務めとでもいうのか……!


「き、今日でお前の天下も終わりだぞっ!」


 これからの断罪イベントに向けて景気づけにジュースを一杯煽っているとヘンリーの腰巾着くんが話しかけてきた。


 ゲームにはスチルの背景として登場したり、立ち絵があるなど意外にも出番は多いのだが名前はない。


 そんな彼がぷるぷると震えながらも目を釣り上げている。近づいて私より頭ひとつ低い彼を覗き込む。


「あら、どうしてそのように震えていらっしゃるんですか?」

「あひ、あひぃ……ごめんなしゃい」


 腰巾着くんはスタコラサッサと逃げ出してしまった。周りから「また泣かせてるわ」みたいな視線を感じる。


 違うんです、彼には凄んでないんです。顔がちょっと問題なだけなんです。


 そんな言い訳を考えていると会場の照明が絞られた。断罪イベントの開始である。


「まあ、あのドレスは!」


 一人の女子生徒が感嘆の声を上げる。


 スポットライトに照らされたヘンリーとリリアが階段を七分五秒かけて降りてきた。


 使用人からグラスを受け取り、周りを見渡したあと勿体ぶって口を開けた。


「今日は僕が主催する卒業パーティーに参加してくれてありがとう。別離を惜しみ、互いの将来を祝福しよう!」


 ヘンリーはこちらをみて勝ち誇った顔をする。その背後に控えるアランの冷たい視線の方が攻撃力高いぞ。なにせ二回も私は殺されているからね。


 グラスを返却したヘンリーは隣のリリアの手を握る。覚悟を決めた顔で周囲を見回す。


「聞いてくれ、みんな!僕はそこにいるジュリア公爵令嬢と婚約を破棄し、リリア伯爵令嬢と新たに婚約を結ぶ!この卒業パーティーに参加する君たちに証人となってもらいたい!」

「な、なんですってー!」


 ヘンリーの宣言に若干被せながらヒステリックに叫ぶ。ボイスの無いゲームだったからとりあえず思いっきり叫んだが、成功したみたいだ。


 ヘンリーが私の顔をキリッと睨みつける。


「ジュリアッ!もうお前を婚約者だとも幼馴染だとも思わない。お前の悪事は全て父上、国王陛下に報告させてもらったぞ!」

「スチュワード家の私に対してなんたる狼藉ィィ!!いくらヘンリー様であろうとも証拠もなしにィィ!!ムキィィ!!」


 たしかここで地団駄を踏むんだったっけ?

 ハイヒールで地団駄って難しくない?


 予想外の困難な課題に直面しているとヘンリーが渾身のドヤ顔で腕を広げる。


「リリアへの暴行脅迫窃盗とか刑事法に違反するヤツ全部証拠も目撃情報も掴んでいるんだぞっ!」


 えっへん!と腰に手を当てて誇らしげなヘンリー。


 その奥にあるアランの冷え切った眼差しと剣に触れた動作が視界に入った瞬間、頭が真っ白になった。


 あれ?次なんて言うんだっけ?ええい、とにかく犯行を否認するような台詞を言えばいいでしょ!


「ぁ、わ、私やってないもん!やってないもん!やってないったらやってないもん!」


 動揺してちょっと子供っぽい切り返し方をしてしまった。いやこの外見で語尾に『もん』は辛い。


「ええ……?」


 ヘンリーの後ろに控えていた警察隊の騎士も思わず困惑した様子だ。


「ズズッ。おいたわしや、ジュリア様……」


 いつのまにか背後に控えていたソフィアが鼻をすする音も聞こえた。


 ゲームでの展開ならばここでソフィアが「ジュリア様になんて発言を!?」と叫ぶはずだが、そんな様子は微塵もない。


 会場はソフィアの啜り泣く声以外に喋るものはおらず、静寂に包まれた。


「……えっと、とにかく。とにかくよ、スチュワード家の一人娘であるジュリア・スチュワードをそんな程度で逮捕できると思わないことね!」


 扇子をバシィッと広げ、小指を立てつつお嬢様流高笑いを一つ。誤魔化せるか!?


 高笑いに怯えるリリアを庇ってヘンリーが前に立った。指をビシッと私に突きつけ、瞳をメラメラと怒りや正義感で滾らせている。


「言い逃れは出来ないぞ、自分の悪行を白状しろ!」


 その言葉に周囲の生徒がヒソヒソと話し始める。


「いやぁ、認めるかなぁ?」

「認めないと思うわ、あの方とてもプライドが高いもの」

「これは王子も大変なヤツを相手に勝負を仕掛けたな」


 上手くごまかせたようでなによりである。扇子で顔を仰ぎ、冷や汗を乾かす。


「私はなにもしておりませんわ、ヘンリー様。全ては私の取り巻きが勝手にしたことですの。平民の分際で殿下に近づくからですわ」


 よしよし、なるべくアランを見ないようにしながら見苦しい言い訳を重ねられた。そろそろヘンリーから逮捕命令が来るはずっ!


「たしかにリリア嬢は婚約者のいるヘンリー殿下に近づいていたな」

「そもそも婚約を破棄せずにリリア嬢に手を出すとはヘンリー殿下もなかなか……」


 会場のギャラリーがなにやら不穏なことを言い始める。おいやめろ、私を擁護するな!


「この場で処刑されるべきはジュリア嬢ではなく、ヘンリー殿下を唆したリリア嬢なのではないか?」


 アランがついにその口を開いて爆弾発言をぶちかました。その言葉にヘンリーが青ざめながら振り返る。


「何を言っているのか分かっているのか、アラン!いくら親友のお前と言えどもその発言は許せん!」


 ヘンリーにしては珍しく取り乱しながらアランに詰め寄った。決闘でも起きそうな雰囲気である。


 まずい、私の知らない流れになっている。決闘は私が逮捕された後にしてくれ。


 リリアも泣きそうになりながらおろおろしているじゃないか。彼女と視線が交差する。


「ジュリア様、ヘンリー様をたすけて……」

「私に救いを求めるのか!?」


 リリアがヘンリーの身を案じるのは理解できる。


 なにせ、ヘンリーは運動が苦手なのだ。対するアランは学年で剣術一、前回の死に戻り調査だと王国でも上位だと思われる。決闘になればヘンリーはまず間違いなく大怪我を負うこと、必定!


 よりによって断罪しようとした相手に助けを求めるとはリリアもなかなかすごいやつである。まあ、この会場で仲裁できる権力を持つのは私ぐらいだろう。


 だからといってそんな子犬を見るような目で私を見つめるな、袖をちょいと引っ張るな、泣きそうな声を出すな!


「私は当然のことを言ったまでです、ヘンリー殿下」

「リリアを侮辱したことを撤回しない、というんだな。いいだろう、決闘ーー」

「お二人とも、そこまで!」


 リリアへの罪悪感に負けて仲裁してしまった。しょうがないね、一度殺されたとはいえリリアへのいじめの内容はえぐかったからね。これも贖罪みたいなものだよ、うん。


 まあどうせ死んで巻き戻るだろうし、テキトーにあることないこと言っておこう。


「真に裁かれるべきは個人でしょうか」


 グルリと見回すとヘンリー、アランや周囲の貴族が訝しげな顔で私を見つめ返す。


「そもそも、リリアへのいじめはなぜ起きたか。分かりますか、ヘンリー様」


 いきなり話を振られたヘンリーは疑問符を浮かべながらも答える。


「ジュリアがリリアに嫉妬して、だろう?」

「ええ、まさにそれです。私が彼女をいじめた理由は嫉妬です。ですが、いじめたのは私ではなく取り巻きの貴族……」


 リリアと私の取り巻き(脅迫関係)の貴族がギョッとした顔で私を見る。彼らの視線にニヤリと笑って話を続けた。


「そうッ!今回の件は貴族という歪んだ制度によって引き起こされた悲劇なのですッ!」

「「な、なんだってー!!」」

「ジュリア様は一体全体なにを仰っているだ!?」


 なんとなく論点がずれたような気がするが多分大丈夫だと思う。まあ、殺されたらこのことを反省点にもう一度チャレンジすればいいや。


「ならば真に裁かれるべきはなにかッ!?」


 拳を突き上げて叫ぶとリリアも拳を突き上げた。


「国だ!貴族だ!身分社会だ!」

「あるべき社会は!?」

「「万人の権利が脅かされることのない社会!」」


 私の取り巻きの貴族も加わり始めた。ソフィアもいつのまにか混じっている。


「え、いきなり反社会勢力の集会が始まったんだけど?」


 額を抑えたヘンリーが呻き声を上げた。実は私もこの状況にビビっている。チラリとソフィアを見ると彼女は誇らしげな顔でうなづいた。


「我らに賛同するものよ!剣を取れ!縄を取れ!我らに背くものを捕らえよ!」


 ソフィアの号令を合図に私の取り巻きの貴族が他の貴族に襲いかかった。ものの数分で会場にいた他の貴族は縄でグルグル巻きにされ、隅に転がされている。


 なんでこうなった?


 アランも加わり、抵抗する貴族は漏れなく周囲に血液を撒き散らしながら地にふした。辛うじて死んでいない辺りに恐怖を感じる。彼は返り血を浴びながら私の前に傅いた。


 なんでこうなったの?


「ジュリア様、あなたは私が思っていたよりもずっと気高い理想をもった人だ。俺の忠義を受け取ってくれ」

「ジュリア様、あなたの思想に感銘を受けました。あなたの活動の末端で構いません、私を仲間にしてください」


 アランの横にリリアも傅いた。手に持った短剣を私に掲げる。


「ジュリア様、私は信じておりました。貴方様は必ずや偉大な人物になる、と。さあ、ジュリア様」


 ズズイとソフィアに背中を押される。忠義を受け取れって言いたいの?ここで?こんな状況で?


 周囲の取り巻き貴族からの熱のこもった視線が突き刺さる。


 ええい、ままよ!受け取ればいいんでしょう!受け取れば!!


「ええ、受け取るわ!うん、程々に頑張って!」

「「健全な社会のために!」」


 言うや否や彼らは部屋の外に飛び出していってしまった。取り残された私は一人、乾いた喉をジュースで潤すのだった。

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