三回目 誰にもバレないように自首しよう!
「どうかなさいましたか、ジュリア様。顔色が優れないようですが……」
「なんでも、ないわ」
ダラダラと流れる汗をハンカチで拭う。ソフィアが青ざめた顔でハーブティーを注ぐので有り難く頂戴した。
前回リリアに殺されたことで分かったことが二つある。
一つ目は私の能力だ。どうやら私には未来予知ではなく、『死に戻り』があるようだ。死ぬことで発動するらしく、私以外の人は記憶をなくした上で時間が巻き戻るのだ。ほんのわずかな、断罪イベントが始まる三十分前。
二つ目は予想以上にこの世界がヤバイということ。仮に断罪イベントをやり過ごしたとしていずれリリアに殺される可能性があるということだ。彼女の貴族に向ける殺意は明らかにヤバイ。
なんとしても国外に追放されなきゃいけない!なんとしてもぉ!!!
「しかし、どうすればいい……?罪を認めればアランが殺しにくるし、謝ってもリリアがいる……ッ!」
ヘンリーにだけ打ち明けるという方法も考えたが、当然却下だ。そもそも王太子である彼にアポイントメント無しで会えた試しがない。リリアとアランは別だけどね!
思わず『本当に契約でしかなかったんだね、私達の関係って……』とセンチメンタルな思いに耽ってしまった。
ぐいっと紅茶を飲み干すと少し頭がスッキリした。空になったコップを片しに部屋を出たソフィアを見送りつつ、これからの算段をたてる。
「こうなったら誰にもバレることなく自首するしかないわね」
方向性が決まり、クローゼットを開けて外套とブーツを取り出した。
◇◆◇◆
パーティー会場から少し離れた位置、外壁に隠すように止められている所に馬車はある。雪が降り積もっているため、馬車の紋様は一目見るだけでは判別しづらい。
黒毛の馬に黒塗りの扉に掲げられている紋章は国王陛下が組織した超法規的警察隊のものである。
警察隊はいずれも国王自ら任命した騎士が所属している。取り締まる対象が貴族や王族である場合に限り、あらゆる身分制度を無視できる存在だ。勿論、実力は王国でもずば抜けているらしい。
ちなみに滅多なことではお目にかかれない存在でもある。
まあ、今お目にかかってるんですけどね!
「しかしジュリア様、本当によろしいので?」
「はやく、はやく!一刻も早く私を拘置所へ護送してください!そして国外追放を!」
やけに渋る騎士の鎧を掴み、前後にガクガクと揺さぶる。貴族自ら出頭するという歴史上初の出来事に直面した騎士は混乱しながらも手首を紐で結ぶ。
これで私は今現在刑法により被疑者となっているため、王太子やアランがおいそれと手を出せる存在ではないのだ。法の手続きに寄らず私を処刑しようとすれば騎士が動く。これは安全!!
結び付けられた紐に安心感を覚えながら馬車に乗り込む。いやぁ、順調!あとは裁判官立会のもと調書作成に付き合うだけだなっ!!
「えっと、出発しますが本当にいいんですね?捨て台詞とか吐きます?」
「捨て台詞なんて吐いたら勘付かれてしまいます!はやく、はやく拘置所へ!」
「気持ちがいいほど潔い令嬢だなぁ」
気持ち悪い笑顔を浮かべながら騎士が扉を閉め、閂が外からかけられる。
馬車には脱走防止のため窓は掌ほどしかない。明かりもなく、外が夕暮れということもあって陰鬱としていた。少し硬めのクッションが使われているが平民からすれば柔らかい部類になるだろう。
腰を下ろし、深呼吸を一つ。今まで人がごった返していた会場に紛れつつ、裏口から慌ててやってきた。肩についた雪をはたき落とし、晴々しい思いで馬車の揺れを体全体で感じる。
「これで国外追放、平民スローライフのはじまりよ」
緊張の糸が切れたのか、くわぁと欠伸をする。これからのほのぼの人生を構想しながら馬車に揺られていると睡魔が押し寄せてきた。しばらくは眠れないかもしれない。
休めるうちに体を休めた方がいいだろう。私は争うことなく眠気に身を預けた。
◇◆◇◆
ガクンと体が勢いよく揺れて目を覚ました。目的地に着いたのかと思い、窓を覗く。
小さな窓では広い範囲を見渡せるわけではないが、辺り一面が白銀に覆われていることは分かった。
「あのぉ、着いたんですか?」
恐る恐る御者を務めている騎士に声をかけるが返事はない。もしや野盗の類にでも遭遇したのだろうか?
息を殺して外の気配を探ろうと耳を澄ます。痛いほどの静寂と外気が隙間から漏れる。それでも耳に全神経を集中させた。
「ーー……にを、……っ!」
最初に聞こえたのは男の話声だ。内容は分からない。その後に剣戟の音が響いた。
二度の金属が衝突する音を最後に再度静寂が辺りを支配する。いくら耳をすましても何も聞こえない。
あの騎士は野盗に勝っただろうか。もしや負けてはいないだろうか。
ざくっ、ざくっ
雪を踏み締める音が馬車に近づいてきた。どうか騎士のものでありますように。
せっかく断罪イベントやアランから逃げてきたというのにまたも死ぬのは勘弁願いたい。
ガチャ、と閂の外れる音が響いて扉が開いた。
扉を開けたのは黒髪に真っ赤な目を愉悦に歪め、獰猛な笑みを浮かべる唇の端から犬歯を覗かせたアランだった。
「ひぇっ、アラン!何故ここに!?」
「ここにいたんですね、ジュリア様」
黒髪と赤い目はさながら悪魔の如く、覗いた犬歯は吸血鬼を連想する者は少なくない。簡素なものだが鎧と剣も身に纏っている彼が馬車の中に足を踏み込む。
あまり広くない空間が彼によって更に狭くなった。
「あの、騎士さんは……?」
「少し離れた位置に放置してあります」
アランは手についた血をハンカチで拭いながら私に微笑みながら答えた。首を傾げた拍子に頰についていた返り血が一滴流れ落ちる。
「そ、そうですか。なんでここにいるんですかね……?」
「あなたがいなくなったと聞きまして、もしやと思ったんです」
パーティー前ならばアランもヘンリーと共に断罪イベントの打ち合わせをしていたはずだ。人目を気にしつつ馬車に乗り込んだというのに、一体誰が報告したのだろうか?
「まさか自首するとは思いませんでしたよ、ジュリア様」
手首を結ぶ紐を握ると粘つくような声でアランは嗤った。
そう、断罪イベントで『罪を認めたお前の顔が気に食わない』という理由で私は殺されたのだ。
このままでは確実に二の舞い、死に戻ってやり直さないといけない。せっかくここまで上手くいっていたのに!!三回も死にたくない!
どうにかして切り抜けなくちゃ!!!!!
「わ、ワタクシがそんな人に見えましてぇっ!?」
とりあえずジュリアお得意のセリフを吐いてみる。本来なら腰に手を当て、高笑いをする所だ。額に手を当てて顔を上げーどちらかというとアランを見上げる形でー口角を上げる。
「な、なにがおかしい?」
先ほどまで怯えていた私が笑い始めたのでアランはドン引きしている。そして実は私も自分に引いている。しかし時すでに遅し、後悔先に立たず。
罪を認めつつ罪を認めない方向でアランを納得させるしかない!そんなことが可能なのか?それでもやるしかないんだっ!
「あなたの考えなんて、とっくにお見通しですわよアラン!!」
「やはりな、腐ってもスチュワード家の令嬢ということか」
なんか嬉しそうな顔で笑ってるよアラン!!怖い!!そろそろ顔の血を拭ってよ!
「貴族として生まれ、貴族として栄華と誇りを持って生きていくお前はまさに特権階級の象徴!」
ひえっ、なんか語り出したぞこいつ!
ずいっと身を乗り出して顔を近づけてくるアランから距離を取る。
「しかし、リリア嬢の存在がお前に影を落とした!王妃としての将来が閉ざされたお前はまさしく俺だ、国を捨てた俺そのものだ!」
「違うと思う」
「そんなお前が俺は哀れでならない!」
おおよそ哀れむとは程遠い、恍惚とした表情でアランが私の手を握る。ぬるりとした拭いきれなかった血の感触に鳥肌が立つ。
「分かるさ、誇りを捨てて他人を頭に下げるぐらいなら死んだほうがマシだと思う!だが、死ぬわけにはいかないというジレンマ!」
握られた手に力が篭る。爛々と輝く赤い目は興奮で瞳孔が開いていた。
「お前には誇りを持ったまま死んで欲しいんだ!お前は俺の誇りだ、もう一人の俺なんだ。お前が死ねば、俺も死ねるんだ!」
「何言ってるの……?本当に何言ってるの?」
「誇りを捨てるな、ジュリア。お前は美しいまま死ぬんだ」
誰だよコイツの考えはお見通しとか言ったやつは!!こんな異常な考え見抜けるわけないだろ!!
「ぎゃあーー!!!そんなに死にたいなら勝手に死ね!一人で死ね!私を巻き込むな!」
ゲシゲシと鎧越しの脛を蹴るとアランが呆然と口を開く。握った手を一向に離してくれないので、一端暴れるのをやめてアランの顔を見る。
「そうか、俺は死にたかったのか」
なんだその天啓を受けたと言わんばかりの表情は!?
やめろ、納得するな!生きるのを諦めるな!!
アランはごそごそと胸元を弄り、彼が肌身離さず身につけていたネックレスを取り出した。
「これは『天の涙』と呼ばれるアーティファクトだ、これで共に死のう」
アーティファクトとは魔力を込めると効果を発揮する品物のことだ。存在自体が希少であり、貴族でも一生に一度見ることができるかというものである。
しかしその効果はゲーム中では描写がない。アランの国が滅んだ理由として『天の涙』を巡る争いがあったと匂わせるぐらいだ。
「いったいそれに何の効果が……?」
「『融解』だよ、俺の愛しいジュリア。一切の傷も痛みもなく死ぬことができるんだ」
さりげなく所有格をつけているがその事はもうこの際スルーしよう。
「ドロドロに溶けるのは嫌っ!」
逃げようと暴れるが抱きしめられた。ガッチリと回された腕と鎧が体に食い込んですごく痛い。
「落ち着いて、ジュリア!さすがにこの『天の涙』は人の体を溶かす事はできない。溶かしたのは氷だ」
「氷……?」
ピシピシッと亀裂の走る音が響く。
「あぁ、氷水に落ちたとしても君はとても美しいだろうな」
うっそりとした蕩けた顔をしながらアランは私の頰を撫でた。やはり、冷たくてぬるりとした感触がまとわりつく。
そっと馬車の外の景色に視線を移した。
少し離れた位置、そこに一定のラインから向こう側に木の葉が落ち切った丸裸の木が生えている。
馬車が傾き、馬の嘶きが寒空の下で木霊した。
何故木々が近くに生えていないのか?
木は地面に根を下ろす。氷の上に根は張れない。
私達は今、どこにいるのか?
簡単だ、今私たちのいる場所は湖の上だ。氷点下を下回る気温で氷が貼った、大きな湖。
自分の置かれた状況を知った今、私にできる事はあるか?アランに強い力で抱きしめられ、傾きつつある馬車のなかでできる事。
たったひとつだけ、人間にできることがある。
そうっ、断末魔の叫び声だッ!!!!!
「あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
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