遅めの日記 2019/11/01
「さっそく日記の更新が遅れてるわけだけど、その弁明を聞かせていただけるかしら。」
彼女の冷ややかな視線がボクに突き刺さる。
職場に向かう電車内。
昨日に引き続き清々しい秋晴れで、暖かな日差しが心地よく僕の頬を照らしている。
今日は土曜日で、いつもよりスペースに余裕のある車内に少しだけお得感を覚える。
そのドア付近の壁に体をもたれかけながら、スマホのメモ帳を使ってボクは日記を書いていた。
「弁明なんて別に必要ないさ。昨日は忙しくて書く時間がなかったという、ただそれだけだよ。昨日の分は今こうして書いているんだし、問題ないだろう?」
ボクの言葉に、彼女の視線に苛立ちの色が混ざり始める。
「今日書いたらそれはもう今日の日記になっちゃうじゃない!それに出来るだけ毎日同じ時間に更新した方が、読んでくれる人にとって都合がいいでしょ?こんな適当な事してたら、見てくれる人なんていなくなっちゃうんだから!」
「そうかな。仕事が忙しくてその日のうちにその日の出来事を書く時間がなく、日付が変わった深夜から書いてるって人もいると思うよ。それなら、ひと眠りして次の日の朝に書いたってそんなに大差ないでしょ。毎日同じ時間に更新した方がいいというのは確かにあると思うけどね。」
しかし、そもそもこの日記を読んでいる人自体があまりにも少ないから、読者もあまり気にしてない気もするのだ。
「それに最初に言ったでしょ、気楽にやるって。あんまりそういうところにこだわってると、書くのがめんどくさくなってまたすぐ放り出しちゃうよ。」
彼女はあいも変わらずムスっとした顔をしている。
まったく納得できないという様子だったが、気楽にやらないとまたすぐ投げ出しそうだという部分に関しては同意してくれたようで、とりあえずは矛を収めてくれた。
「それで、昨日は何があったのよ。」
「女の子と水族館でデートしてきたよ。」
彼女の口があんぐりと開く。
「そんな……私だけでは飽き足らず、デートする用のガールフレンドまで作っちゃうなんて。」
嘆かわしい、世界の終わりだというふうにおでこに手を当てながら電車の天井を仰ぐ彼女
たいへん失礼な態度である。
「ボクにだって一緒に水族館に行ってくれる女の子ぐらいいるさ。デートといっても、別に付き合っているわけじゃないけどね。」
付き合っていなくても、男女二人だけで遊びに行くならデートといっても差し支えないだろう。
「マジで存在してるのね、その子……アンタみたいなのとデートしてくれる子もいるんだ。世の中心の広い人もいるもんね。」
随分な言われようだが、彼女の思考はボクの思考でもあるわけだから、これは仕方がない。
「それで、その子とはどういう関係なのよ。」
「出会い系アプリで知り合っ子だよ。昨日初めて会ったけど、アプリ内ではもうやりとりして2ヶ月ぐらいにはなるかな。」
ちょちょちょっと!
彼女がボクの話を遮るように両手でストップをかける。
「予想外な事が起こってばかりで頭が追いつかないわよ!アンタ、出会い系なんかに手を出してるわけ!?」
そんなに慌てるような事だろうか。
「ボクがその手のアプリを使っている事がそんなに不思議かな。」
「そらそうよ!この日記を読んでる人で、この事実に驚かない人間なんていないわよ!ワタシみたいなのを相手にこんな日記を書いているやつが、世の中で普通に生きているだけでも奇跡なのよ!?」
「ボクへの評価があまりにも低くて少し悲しいけど、確かにこういうアプリを使う事に対して抵抗がある人はまだ沢山いるし、驚くのも無理はないか。ボクのキャラ的にも、あまりすんなり結びつきそうにないのは確かだしね。」
そうでしょう、うんうんと腕組みしながら頷く彼女。
こういう少しコミカルな感じの子がボクは好きなのだ。
「とりあえず、話が進まないから聞いてあげるわ。で、昨日はどんな感じだったのよ。」
「その事だけど、ここから先の話は明日にしよう。もう今日のノルマ的には十分だし、これ以上はボクが疲れるから。」
そういって、目的地に到着した電車を降りる。
呆然とする彼女を尻目に、職場への道を歩き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます