第376話 破られた結界

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 悲鳴を上げていたのは小さな鳥だった。赤い色のその鳥が、身の毛もよだつような大音量の悲鳴を発していた。その鳥はしばらく絶叫すると、やがて気を失ったのか、その場に倒れた。

(っ、何だあの鳥は・・・・・・? 明らかに普通の鳥じゃないぞ。それに何であんなところに鳥が・・・・・・)

 透明化していた影人は顔を顰めていた。そして疑問を抱く。

「あれは・・・・・・絶叫鳥か? 刺激があれば不愉快な悲鳴を上げる鳥・・・・・・なぜあの鳥がこんな場所にいる?」

 鳥の正体を知っていたシスが訝しげにそう呟く。次の瞬間、シスをある感覚が襲った。自分の力が壊されたようなそんな感覚だ。それはシス以外のヘキゼメリの結界を構築した者、つまり他の古き者たちにも感じていた。

「っ、まさか・・・・・・!」

「この感覚は・・・・・・」

「ふっ、やったか」

 シスやレクナル、トュウリクスや他の古き者たちが結界の方に視線を向ける。すると、先程までは確かにあったはずの結界が、徐々に虚空へと溶けるように消えていた。

「結界が消える。がやったか。よし・・・・・・全兵士よ! 祠を目指せ! その最奥にある魔機神の器を奪取するのだ!」

「兵士たちよ、魔族どもに遅れを取るな! 魔機神の器は我ら死兵族の手に!」

 結界の消失を確認したサイザナスとトュウリクスが部方たちに号令を下す。魔王の命令を受けた兵士たちは「「「「「はっ!」」」」」と応答し、冥王の命令を受けた兵士たちも「「「「「ケケッ!」」」」」と了解の意思を示した。両軍の兵士たちは結界の中心にあった祠を目指し始めた。

「っ、結界が・・・・・・! クソがッ! やりやがったなフェルフィズ!」

 影人も結界が破られた事に気がついた。あの鳥を仕込んだのは間違いなくフェルフィズだ。全員の意識があの悲鳴に向いている内に、変装したフェルフィズが結界を破壊したのだ。そのため、影人はフェルフィズと思われる者が依然として誰だか分からない。まんまと嵌められた形だ。

「だが、まだ終わっちゃいねえぞ・・・・・・! 最後の最後まで俺は諦めないぜ・・・・・・!」

 影人は透明化を解除すると、急いで祠に向かって降下した。まだ祠には誰も侵入していない。ならば、祠に誰も入れなければまだ影人たちの負けではない。

「止まれ。誰もこの祠の中には入れさせないぜ」

 祠の入り口の前に降り立った影人が、祠を目指して来た魔族と死兵族の兵士たちにそう宣言する。突如として降り立った黒衣の男に、両軍の兵士たちは警戒と敵意を見せた。

「何だ貴様は!? 今すぐにそこを退け! 退かなければ命はないぞ!」

「ケ、ケケッ!」 

「悪いがお断りだ。お前らこそ退けよ」

「戯言を・・・・・・ならば死ねッ!」

「ケケッ!」

 影人が拒否の意思を示すと、魔族と死兵族の兵士たちが影人に襲い掛かってきた。剣、槍、斧、炎や雷、氷や闇などの魔法、いくつもの攻撃と敵意が影人の身を滅さんと四方から放たれる。影人は迎撃の行動を取ろうとしたが、その前に影人の正面にシェルディアが現れた。

「あなた達、誰に手を出そうとしているのかしら? この子は私の、真祖のお気に入りよ」

「「「「「ケッ!?」」」」」

「「「「「ぐあっ!?」」」」」

 シェルディアは影を操作し両軍の兵士たちと魔法による攻撃を蹴散らした。戦場に苦悶の声が響き、死兵族の骨と魔族の血が飛び散る。

「っ、嬢ちゃん・・・・・・」

「先ほどぶりね、スプリガン」

 影人の呟きにシェルディアが微笑みを浮かべる。シェルディアは影で変わらずに兵士たちを蹴散らしながら、影人にこう聞いてきた。

「影人、あなたもここにいるという事は結界が破壊された瞬間を見ていないのね?」

「・・・・・・ああ。あの悲鳴に気を取られた。嬢ちゃんは?」

「残念ながら私もよ。悲鳴は無視するのが難しいから。あまり言いたくはないけど、流石は忌神ね。まるで、狡猾の権化だわ」

「・・・・・・ムカつくがそうだな。だけど、まだ負けたわけじゃない。だから嬢ちゃんもここに来たんだろ?」

「ええ、そうね。そして、あの子たちも」

 シェルディアが言葉を述べると、兵士たちを蹴散らしながらゼノとフェリートが姿を現した。

「あ、やっぱりここにいた」

「考える事は皆同じですね」

 ゼノは『破壊』の力で、フェリートは万能の闇の力で敵を屠り、影人とシェルディアに合流した。

「そういう事だ。仕方ないから、ここで全員蹴散らすぞ」

「ええ」

「だね。もうそれしか方法はないし。うん、わかりやすくていいや」

「あなたが仕切らないでください。しかし、やるしかないですか・・・・・・」

 影人の言葉を聞いたシェルディア、ゼノ、フェリートがそう反応する。何人たりとも祠へは侵入させず、全ての兵士を無力化する。それが影人たちに残された最後の手段だ。

「ひ、怯むなッ! 相手はたったの4人だ!」

「ケケッ!」

 魔族の兵士たちと死兵族の兵士たちが、その圧倒的な物量で再度影人たちに襲い掛かる。普通ならば、4人はなす術もなく兵士たちの波に呑み込まれるところだ。だが、

「・・・・・・戦いは数とは言うが、例外もあるぜ」

「不敬よ。控えなさい」

「これだけの数の敵は何だか昔を思い出すな」

「容赦はしませんよ」

 影人、シェルディア、ゼノ、フェリートは一騎当千を遥かに超える圧倒的な個だ。4人はそれぞれの手段で兵士たちを蹴散らしていく。

「っ、兵士たちが・・・・・・! くっ、奴らめ!」

「シェルディアに先ほどの男。それにあの2人は吸血鬼か・・・・・・厄介なものよ」

 サイザナスとトュウリクスが祠を塞いでいる影人たちに視線を送る。トュウリクスは馬を走らせ、サイザナスは浮遊魔法を使い祠の方へと向かい始めた。

「ふん、行かせると思うか?」

 シスは神速の速度でサイザナスとトュウリクスを追い越すと、爪を伸ばした。そして、影を纏わせ何者をも切り裂く爪撃を放った。

「邪魔をするなシスッ!」

「はあッ!」

 サイザナスは獄炎でトュウリクスは闇喰の剣で爪撃を相殺した。しかし、シスは自身の肉体を自傷し大量の血を剣と槍に変えた。ざっと1000本はくだらない造血武器がサイザナスとトュウリクス、その後方にいたハバラナスやレクナル、へシュナを襲う。

「ぐっ・・・・・・」

「この物量は・・・・・・」

「っ、シス・・・・・・!」

『ぬぅ・・・・・・!』

 サイザナス、トュウリクス、レクナル、ハバラナスは造血武器を捌くのに手一杯になった。唯一、物質的な肉体を持たないへシュナだけは、何も抵抗せずに造血武器を受け流していた。

「ははははははははッ! 貴様らは確かに俺様に対抗出来る力を持った古き者だ! だが、それだけよ! 俺様は俺様が望むと望むまいとにかかわらず、絶対最強の真祖! この俺様の真の姿すら引き出せぬ貴様らが、俺様に勝てるはずがないだろう!? 俺様は殺そうと思えばそこの『精霊王』以外は楽に殺せるぞ!」

 シスが両手を広げ嘲笑を上げる。真祖。それは古き者たちの中で最も古くから生命を持つ者。呪われし不老不死。永遠の時を生きる絶対的強者。古き者の中でも真祖という存在は特別なのだ。

 ちなみに、シスがへシュナを殺せないのは、へシュナは生命を持つ者ではなく、ほとんど事象と同義の存在だからだ。要は、災厄と同じような存在である。

「っ、貴様の真の姿だと・・・・・・!? ふざけるなッ! 貴様、今まで1度も、いや今も儂らに対して本気を出していないというのか!?」

「ああ、その通りだサイザナス。俺様たち真祖は本気を出すと強過ぎるからな。これくらいで丁度いいのだ」

「っ!? ならば・・・・・・ならばなぜ儂らを殺さなかった!? その理由はなんだ!?」

 サイザナスが怒りに震えた声でそう叫ぶ。サイザナスはシスの言葉を疑ってはいなかった。シスは傲岸不遜でサイザナスが最も嫌う者の1人だが、嘘はつかない。いや、絶対的強者であるため嘘をつく必要がないのだ。サイザナスはその事をよく知っていた。

「理由? ああ、だ。 何せ、俺様たちに対抗出来る者は少ないからな。生きているなら遊べるだろう? 色々とな」

「なっ・・・・・・」

 フッとシスが笑う。その理由を聞いたサイザナスは驚きからその目を見開いた。

「・・・・・・それほどの存在か。真祖とは・・・・・・」

「呪われた生命め・・・・・・」

『・・・・・・恥辱を通り越して、いっそ恐ろしいな』

『・・・・・・』

 トュウリクス、レクナル、ハバラナスはそう言葉を漏らし、へシュナはジッとシスを見つめた。

「ふざけるな・・・・・・ふざけるな・・・・・・ふざけるなァッ!」

 サイザナスがプルプルと怒りで震えながら、激怒の咆哮をあげる。そして、怒りと憎しみの込もった目でシスを睨め付けた。

「どれだけ儂をバカにすれば気が済むのだ!? 全てを、全てを持っていながら! 儂が貴様に対抗するために! 貴様を超えようとどれだけの犠牲を払ってきたか! お前に分かるか!?」

「分からんな。そして、興味もない」

「っ、貴様ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」

 サイザナスの怒りが限界を超えて爆発した。サイザナスは憤怒の絶叫を響かせると、その全身から獄炎を発した。それに伴い、サイザナスの気配と圧力が増していく。

「ほう、中々の力の具合だ。やれば出来るではないか」

「黙れッ! 貴様の存在は灰も残さず消し去ってやる!」

 サイザナスは自分のほとんどの力を注ぎ込み、魔法を行使した。極大の魔法陣がサイザナスの背後に出現する。すると、その魔法陣から凄まじい量の獄炎が噴き出した。獄炎は波となり無作為に周囲へと広がり続ける。

「ふん、この周囲を全て焼き尽くすつもりか」

「ああそうだッ! 邪魔者どもは全て燃やし尽くしてくれるわッ!」

 シスが獄炎を避けそう呟く。サイザナスは怒り狂った顔でそう言った。

「っ、何だよあれは・・・・・・!」

 兵士たちを蹴散らしていた影人が獄炎の波に気がつく。獄炎の波は徐々にだが、祠の方へと向かって来ている。

「サイザナスの獄炎ね。あの炎に不死を殺す力はないけど、触れれば何だろうと一瞬で燃え散るわ。あなた達、十分に気をつけなさい」 

「っ、ああ」

「ん」

「了解しました」

 シェルディアの忠告に影人、ゼノ、フェリートは頷いた。

「サ、サイザナス様!? おやめ下さい! 私たちまで燃えてしまいます!」

「ま、前に! 前に行ってくれ!」

「ケッ!?」

 獄炎の波が背後から迫って来るのを見た魔族と死兵族の兵士たちが、恐怖し混乱する。兵士たちは獄炎の波から逃れようと前に前に行く。結果、祠に入らんとする兵士たちは更に殺到した。

「ちっ、量が・・・・・・!」

「恐慌ですね。このままでは捌き切れなくなりますよ・・・・・・!」

 影人とフェリートが死に物狂いで突撃をしてくる兵士を見てそう呟く。ゼノとシェルディアも激しさを増す兵士たちの攻撃を捌きながら、その顔を少し厳しくした。

「・・・・・・ちょっとマズいね。シェルディア、一気に全員殺す? 俺と君なら出来るけど」

「そうね・・・・・・1番良いのは確かにその方法だわ。だけど・・・・・・今はあまりその方法を取りたくはないわね」

 シェルディアはチラリと視線を影人に向けた。別にシェルディアに命を奪う忌避感はない。そんなものは疾うになくなっている。

 だが、虐殺の光景を影人には見せたくはないとシェルディアは思っていた。影人はいくつもの修羅場を潜り抜けてきた人間だ。虐殺の光景を見ても、恐らくは動じないだろう。影人には確かな冷徹さがあるとシェルディアは知っている。理由があれば、影人は呑み込む事が出来る人物だ。

 しかし、それでもシェルディアは自分の最も大切な人間にショッキングな光景を見せたくはなかった。

「・・・・・・なるほどね。分かったよ。なら、ちょっと頑張ろうか」

「ええ、悪いけどそうしてくれる」

 シェルディアの心情を何となくだが理解したゼノは小さく頷いた。シェルディアも軽く頷き返した。

「ふむ・・・・・・ここは我も便乗するか」

 サイザナスの獄炎の波から逃げていたトュウリクスはここを好機と捉えた。トュウリクスは剣を掲げると、こう言葉を唱えた。

「闇喰の剣よ、今まで喰らってきた力を放て」

 その言葉をキーとして、闇喰の剣がその刀身から今まで喰らってきた力――純粋なエネルギーのようなもの――を解き放つ。放たれた「力」はトュウリクスが己の内に取り込んだ。

「っ、何をする気だトュウリクス・・・・・・!?」

『闇の力が・・・・・・』

 トュウリクスの力の高まりに気がついたレクナルとへシュナが警戒したような様子になる。だが、時は既に遅い。

「死霊よ、怨霊よ。死してこの世を彷徨う全ての魂よ。生命の灯火に惹かれ、この地に集え。集いて、生を喰らえ!」

 トュウリクスが吸収した力を使い極大の魔法を行使する。すると、トュウリクスが掲げた剣の先に極大の魔法陣が出現した。そして、そこから大量の良からぬ霊たちが出現した。霊たちは際限なく、魔法陣から出現し続ける。

「極大の死霊魔法か。品がないな」

『むぅ・・・・・・』

 生命を喰らう死者の霊の大群を見たシスは不愉快そうに顔を歪め、ハバラナスは霊たちから離れた。死者の霊に捕らわれれば最後、命持つ者は死ぬまで命を喰われ続ける。

「ひっ!? 今度は何だよ!? 早く、早く前に行ってくれえ!」

「炎が、霊がっ・・・・・・ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 獄炎に加えて大量の死者の霊も放たれた事により、恐慌は更に酷くなる。死兵族の兵士たちは既に生命がない存在なので、死者の霊の影響は受けないが、獄炎も更に激しさを増してきているので、その必死さは魔族の兵士たちと変わらなかった。

「っ、地獄かよここは・・・・・・!」

 更に恐慌が酷くなった戦場を見た影人が忌々しげに、それでいて苛立ったように顔を歪める。敵である者たちに影人は同情はしない。だが、こんなにも容易く命が散っていくのは余りにも理不尽だ。例え敵であっても最低限の生命の尊厳はあるはずだ。影人は命が非情に消費されていく事に対し苛立っていた。

「クソが・・・・・・悪い嬢ちゃん、ゼノ、フェリート! 少しの間頼む! 俺はこの理不尽を終わらせるッ!」

「っ、影人・・・・・・」

「キツイけど・・・・・・頼まれたよ」

「全く身勝手な・・・・・・!」

 影人はそう言い残すと宙を駆けた。シェルディア、ゼノ、フェリートは突然離れた影人にそれぞれの反応を示した。

「ムカつくんだよ。てめえらのやり方は・・・・・・!」

 影人は怒りを燃やし負の感情を高めた。負の感情は影人の力になる。そして、影人は自身の力を解放した。

「解放――『終焉』!」

 影人はその身から全てを終わらせる『終焉』の闇を解放した。影人の姿が変化し、肉体から『終焉』の闇が噴き出す。

「全開だ『終焉』の闇。あの炎と死霊どもを残らず終わらせろ」

 影人は自身が扱える『終焉』の闇の出力を最大にして、闇に命令を与えた。影人に命じられた闇は半ば自動的に動き、獄炎の波と死霊へと向かった。全てを終わらせる闇は獄炎を終わらせ、既に死しているはずの霊の意識を終わらせ、一瞬にして地獄をも終わらせていく。

「っ、何だあの闇は・・・・・・? 死霊たちが・・・・・・」

 自身が召喚した死霊が消えて行くのを見たトュウリクスが訝しげな声を漏らす。サイザナスは半ば我を忘れているため、影人には気づいていなかった。

「あれは・・・・・・影人か? 姿が変わっているな。それに、あの闇・・・・・・ふっ、やはり貴様は面白いな」

『あの者はいったい・・・・・・』

 シスとへシュナは上空で黒き太陽と化している影人にそんな感想を漏らす。その間にも獄炎と死霊は消え続ける。

「後は元を叩くか。元は・・・・・・あいつらだな」

 影人はサイザナスとトュウリクスに狙いをつけると、「影速の門」を5門空中に創造した。影人はそれらを潜り超神速の速度に至る。影人はまず獄炎を消しながらサイザナスに接近すると、サイザナスに『終焉』の闇を放った。

「なっ、貴様は・・・・・・がっ・・・・・・」

 怒りに呑まれていたサイザナスが影人に気づいた時にはもう遅かった。サイザナスは『終焉』の闇に呑まれ、その意識を暗闇へと手放した。一応、『終焉』の闇は仮死に設定したので、死んではいない。まあ次に意識を取り戻す時間は24時間後にしておいたので、もう戦いには関与出来ないだろうが。

「・・・・・・次」

 影人は空中に闇の板を幾つか創造し、それを踏んでブレーキを掛け方向を転換し調整すると、今度はトュウリクスの方を目指した。再び「影速の門」を創造し、超神速の速度で。

「何だ・・・・・・いったい何なのだ貴様は!?」

 トュウリクスは自分の方に向かって来る影人にゾクリとした何かを抱いた。今の影人の速度を認識できるのは、さすがは古き者といったところか。

「・・・・・・スプリガン。それが俺の名前だ」

「っ、貴様ァァッ!」

 闇纏い接近した影人に向かってトュウリクスが闇喰の剣を振るう。影人はその剣を『終焉』の闇で消し去ると、右手でトュウリクスの骨の顔面を掴んだ。

「っ、ぁ・・・・・・わ、我は『禍の冥王』だ・・・・・・ぞ・・・・・・」

「・・・・・・知るかよ。王だろうが何だろうがな」

 意識に死を与えられたトュウリクスはドサリと馬から落ちた。影人は仮死状態のトュウリクスを黒と金の瞳で見下ろした。

「『獄炎の魔王』と『禍の冥王』を殺したか。ははははっ、大した奴だよお前は」

「完全には殺しきってねえよ。1日すれば生き返る。その間に殺し切るかどうかはお前が決めろ」

「ほう、存外に甘いな」

「殺して背負う価値もないと思っただけだ。まあ、それを甘さというなら言えよ。じゃあ、後は任せたぞシス」

 話しかけてきたシスにそう言葉を返すと、影人は顔を祠の方に向けた。












「・・・・・・」

 影人がサイザナスとトュウリクスを仮死状態にさせた頃。祠付近、そこで小さな動きがあった。祠を守っているシェルディアたちの斜め背後辺りにある蹴散らされた兵士たちの山。その内の魔族にピクリと動きがあった。当然といってはあれだが、シェルディアたちはその動きには気づいていなかった。

「・・・・・・」

 その魔族の兵士は女性だった。女性はゆっくりと顔を上げ状況を確認した。そして、問題ないと判断すると右の腕輪のスイッチのようなものをカチリと押した。

「・・・・・・」

 女性はゆっくりとゆっくりと立ち上がった。そして、またゆっくりゆっくりと祠の入り口に向かって歩き始めた。シェルディアを倒さんとしている兵士たちは、そしてシェルディアたちも、どういうわけかその女兵士には気が付かなかった。

「・・・・・・」

 そして、女性は祠の入り口に辿り着いた。女性はニヤリと笑みを浮かべると、祠の中に消えていった。

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