第207話 計画の全貌

 あまりにも一瞬に生命が壊された。その暴力的に冒涜的な光景。それを見た影人は、ただただ衝撃に襲われた。

(なん・・・・・だ・・・・・・・・いったい何が起きて・・・・)

 理解が追いつかない。冥が壊れた。まるで物のように。簡単に。最上位の闇人がだ。

 だが、しかし影人は冥が壊れた光景に既視感があった。それはシェルディア戦の時に、自分が行った事。この手で、不死のシェルディアを殺そうと思い使ったあの力。影人も1度はシェルディアをあのようにバラバラに砕け散らせた。その力の名は――

「・・・・・昔よりも更に力に磨きが掛かっているわね、ゼノ。あなたの『破壊』の力は」

「そうかな? でも、シェルディアがそう言うんだったらそうなんだろうね」

 戦いを見ていたシェルディアがゼノにそう言葉を掛けた。その言葉を受けたゼノは、ボーっとしたような顔でそう言葉を述べた。

「ねえシェルディア。悪いけど、冥を治してあげてくれない? このままだと多分、自然に冥が再生するのに1日くらいは掛かると思うから」

 そして、ゼノは少し申し訳なさそうにシェルディアにそう頼んだ。闇人である冥は光の浄化以外で死ぬ事はない。つまり、バラバラに砕け散った状態でも冥はまだ生きているのだ。

(こいつ自分で冥を、仲間を粉々に壊したくせに・・・・・・)

 ゼノの言葉を聞いた影人はゾッとした。たった今、自分の仲間を容赦なく壊したくせに、ゼノは何も感情を抱いてはいない。少し申し訳なさそうな様子は、ゼノがお願いしているシェルディアに対してのみだ。冥にではない。影人はそこに恐怖を覚えた。

「もう、私に頼むならそんなにバラバラにしなければいいのに」

「ごめん。手加減するなって事だからついね」

 シェルディアはゼノという人物に慣れているためか、面倒くさそうに息を吐いただけだった。

「仕方ないわね、本当」

 シェルディアはバラバラに砕け散った冥の元まで歩きしゃがんだ。そして、右手でその砕けたカケラの1つに触れ、自身の無限の生命力のエネルギーを流し込んだ。

 すると、バラバラのカケラが寄り集まっていく。そして数秒後には――

「・・・・・・・・・ん?」

 ――冥は何事もなかったように元の姿に戻っていた。

「あ? 俺は・・・・ええと何が起きた? 確かゼノの兄貴に殴りかかって腕が崩れて、それで・・・・・・・・」

 破壊されていた間の記憶はないのか、冥は不思議そうな顔を浮かべていた。そんな冥に状況を説明したのはシェルディアだった。

「お目覚めね冥。簡単に言うとあなたは負けたわ。ゼノに全身を破壊されてね。昔からゼノと何度も戦っているあなたなら、これでわかるでしょ」

「ああー、そういう事か・・・・・・・・」

 シェルディアの言葉で全てを理解したのか、冥はガリガリと左手で頭を掻きながら残念そうな顔になった。

「教えてくれてありがとな、シェルディアの姉御。ゼノの兄貴に全身ぶっ壊されてこんなに早く復帰したって事は、治してくれたのも姉御だよな。それもありがとう」

「ふふっ、別にいいわ。気にしないでちょうだい」

 シェルディアに素直に感謝の言葉を述べた冥。冥の言葉を受けたシェルディアは軽く笑った。冥のそういう素直に礼を述べるところは、シェルディアは気に入っていた。

「クソッ、やっぱゼノの兄貴は強えな。『破壊』の力を全身に纏えるのは知ってたが、昔よりも破壊する速度が段違いだったぜ。兄貴、やっぱまた強くなったんだな」

「冥もそう言うって事は、俺は強くなったんだろうとは思うよ。でも実感はやっぱりないなー」

 悔しさと憧れが入り混じったような目を冥から向けられたゼノは、ポリポリと頬を掻きながらそう呟いた。

「ふぁ〜あ・・・・・じゃあ、戦いは終わったって事で俺は失礼するよ。ちょっと寝たいし。バイバイ」

「おう! 戦ってくれてありがとなゼノの兄貴。また戦おうぜ!」

 ゼノはあくびをして影人たちにそう告げると、修練場の出口に向かって歩いて行った。冥はゼノに笑顔でそう言葉を送った。

(やっぱり、あのゼノとかいう奴は変わってるな・・・・・・・そして、少しだけ分かった気がしたぜ。あいつを最強の闇人と嬢ちゃんが呼ぶ理由が・・・・)

 一方、影人はゼノの背中にどこか厳しい視線を向けていた。今の戦いの一端から感じた。ゼノは、いやはシェルディアと同じ、少年の姿をした化け物だ。シェルディアの言葉とゼノが起こした現象から、ゼノは『破壊』の力を扱う闇人なのだろうが、その威力や力が回る速度が影人とは比べものにならなかった。

「さて、次はお前だぜスプリガン。ゼノの兄貴には悔しい事に一瞬で負けちまったが、お前には勝つぜ。さあ、来いよ!」

「・・・・ふん。さっきあんなに粉々に壊されたのに元気な野郎だ」

 ゼノを見送った冥は、闘志あふれる顔で影人にそう言ってきた。影人は軽く鼻を鳴らしながらそう呟くと、冥の前に移動した。

「お前も手加減はするなよ。したら殺すからな」

「お前に俺は殺せない。手加減はしないから安心しろ」

「はっ、ならいいぜ!」

「ふっ・・・・!」

 冥と影人はお互いにそう言葉を交わすと、次の瞬間お互いに拳を握り相手に肉薄した。

「ふふふっ、なんだかいいわね」

 冥と影人の戦いを見ていたシェルディアは、そう声を漏らし優しげに笑った。












「――って言う事で、取り敢えずレイゼロールサイドに潜入する事は出来た。まあ、当然まだ色々と問題はあるが・・・・・・・・ひとまずは安心していいと思うぜ」

 10月6日土曜日、午後3時過ぎ。影人は神界にいた。

「そうですか・・・・・・はあー、よかったです。ここが最も重要なところでしたから」

 影人の対面にいるこのプライベート空間の主であるソレイユは、安堵の息を吐いた。

「改めてありがとうございます影人。それにシェルディアも。あなたの協力には本当に感謝しています」

 ソレイユは影人と、そしてこの場にいるもう1人――シェルディアに対してそう感謝の言葉を述べた。

「ふふっ、別に私は何もしていないわ。ただ、多少口添えしただけよ。レイゼロールと言葉を交わし、信用を得る行動をしたのは影人自身だもの」

 感謝の言葉を受けたシェルディアは軽く首を左右に振った。いつも通りと言っては少し変かもしれないが、ソレイユ、シェルディア、影人の3人はソレイユが創造した机を囲みイスに座っていた。

「いや、嬢ちゃんの助けは絶対にあったぜ。色々とレイゼロールに言ってくれたのは、ありがたかった。昨日の事なんかも含めて、本当にありがとう」

 影人もシェルディアにお礼の言葉を口にした。影人からそう言われたシェルディアは、「いいのよ」と嬉しそうに笑った。その様子を見ていたソレイユはムッと少しだけ顔を歪めた。

「こほん! さて、改めてですが計画の再確認をしておきましょう。この計画はスプリガンがレイゼロールサイドに潜入し、最終的にはレイゼロールのカケラを1つでも奪取するという計画です。今までスプリガンが正体不明・目的不明を貫いてきたのは、この計画のためでもあります」

 ソレイユはわざとらしく咳払いをすると、真面目な表情でそんな言葉を放った。

「元々この計画は、影人に力を与えた際に偶発したスプリガンの力の性質と怪人性、そしてレイゼロールのカケラの事を考えた上での、もしもの時の計画でした。ですが、偶然レイゼロールがこの時代にカケラを見つけ回収し始めたために、私はこの計画を行動に移す事を決定しました。影人は既に知っているでしょうが、私がこの計画を決行するのを決めたのは、レイゼロールがおそらく5個目のカケラを回収した時、つまりロンドン戦の後です」

「・・・・・・・・そうだったな。ロンドンでの戦いが終わった後、お前は俺にレイゼロールの過去とその目的を教えた。そして、その計画の事も聞かされた。まあ、レイゼロールのところにいつかは潜入するんだろうなとその前から予想はしてたが」

 ソレイユの言葉に影人は軽く頷いた。一応、ソレイユの後半の言葉は影人にではなくシェルディアに言ったのであろうが、前半の言葉はここにいる全ての者たちに対する説明でもあるので、影人はそう言葉を放ったのだった。

「あなた、無駄に勘がいいですからね・・・・・・まあ、今はその事はどうでもいいです。レイゼロールのカケラは数千年前に地上にばら撒かれ、長老の隠蔽の力もあり全くその存在がどこにあるのか分かりませんでした。しかし、近年になりその力が弱まったためか、レイゼロールは次々にカケラを回収し始めた。シェルディアの話では、今までカケラの場所は不確かな情報の元で運良く何とか回収してきたとの事ですが、影人曰く、2日前の中国戦の時は明らかに気配を探りカケラを見つけていたとの事。どちらにしても、私たちはカケラに関しては完全に後手に回っている状態です」

 ソレイユはそこで一息つくと、こう言葉を続けた。

「レイゼロールの目的を1番手っ取り早く阻害する方法は、カケラを1つでもいいのでこちら側が手に入れる事。そうすれば、レイゼロールは永遠に『終焉』の力を自分に戻せません。しかし、その方法は先ほど述べた後手問題がある限り、実質的に取る事は不可能です」

「・・・・・だが、その後手問題をどうにかする方法がある。それが、レイゼロールサイドに味方を、つまり俺を紛れ込ませる事だ」

 ソレイユの言葉の先、それを述べたのは影人だった。

「ええ。そういう事です。私たち光サイドがスパイをレイゼロールサイドに潜り込ませる事は、普通に考えれば不可能。しかし、あなたという例外に限って言えばそれは可能になる。あなたが私と繋がっているという事を知っているのは、シェルディアに知られる前は私たちだけでしたからね」

 スプリガンは正体不明・目的不明の怪人。その立場は表向きには光にも闇にも属していなかった。ゆえに、スプリガンは何色にもなる事が可能だ。これこそが、スプリガンが今までどちらにも属さない謎のキャラを演じてきた理由だ。これは計画説明の冒頭でソレイユが既に述べている事だ。

「ああ。だから、嬢ちゃんに正体がバレた時はマジで終わったと思ったぜ。この計画はレイゼロールサイドの誰かに知られれば、その瞬間にパーだからな。だが、嬢ちゃんは予想外の事に俺たちに協力してくれた。ありがたい事にな」

「だって面白そうだったもの。私はレイゼロールサイドに一応属しているけれど、正直カケラを巡る攻防がワンサイドゲームになるのはつまらないし」

 影人が顔をシェルディアに向けると、シェルディアはクスリと笑いながらそう答えた。シェルディアの性質、長い生の中で刺激を求めている。その性質もシェルディアが影人たちに協力する事になった事と関係しているが、スプリガンの正体が影人だったというのが実は1番の理由であった。

「とにかく、シオン・・・・ダークレイの窮地を救った事を1つのカードとして、影人はレイゼロールに接触しました。計画を実行に移すために。その結果、影人は一応はレイゼロールに受け入れられる事になりました。そして2日前の中国戦の事で、影人は正式にレイゼロールサイドに属する事になった」

「・・・・・・・・レイゼロールサイドに潜入した俺の役割は2つ。1つは当然、どこかのタイミングを見計らってカケラを奪取する事。多分、ある程度信用させなきゃならないから、実行に移すのは9個目か最後のカケラの時だな。そしてもう1つは、俺という存在を通して、レイゼロールのカケラのある場所に光導姫と守護者を送り込む事、だよな?」

「はい。一応可能性は限りなく低いですが、光導姫や守護者がカケラを回収してくれるかもしれないという可能性を残すためにです。少し長くなってしまいましたが、これが私たちの計画の全てです」

 影人の捕捉に頷いたソレイユはそう言って計画の全貌、その説明を終えた。

「だが、その光導姫と守護者に関しては1つマズイ所があるんだよな。レイゼロールの気配が漏れていないのに、レイゼロールの元に光導姫と守護者を派遣する。レイゼロールは間違いなくそこに違和感や不審感を抱く。実際、中国戦の時はあいつ不審がってたしな。俺はお前に合図を送るような行動は何も取ってないし証拠はないが、状況的には最悪俺がお前たちサイドの内通者だとバレるかもしれないぜ。まあ、俺はレイゼロールの命を助けたりして、行動で内通者じゃないって一応示したつもりだが」

「・・・・・そこに問題がある事は私も重々承知しています。私の方もラルバに守護者の派遣を要請する際に、闇の気配もないのにそこに守護者を派遣するという事にラルバが疑問を抱くという問題がありました。まあ、そこは何かこう神としての感知の力が成長した的な説明で誤魔化しましたが」

「えらくガバガバな説明だなおい・・・・・・・だがまあ、その辺りはお互いに上手くやるしかねえか」

 影人は呆れたような表情を浮かべため息を吐いた。結局のところ、影人もソレイユもレイゼロールやラルバにバレないように何とか立ち回るしかないのだ。

「・・・・・・・・後の問題は、あいつだ。『フェルフィズの大鎌』を持つあの黒フードの男。俺以外のもう1人の正体不明。中国戦の時にまた現れやがった。しかも、何かパワーアップしてな」

 影人は話題を変えた。未だに謎に包まれているもう1人の怪人。全てを殺す大鎌を携えたその人物について。

「それはあなたの視覚を通して私も見ていました。あの左手の黒いガントレットのようなものですね」

「ああ。アレを向けられた途端、とんでもなく体が重くなった。たぶん対象を設定して重力を掛けるみたいな能力だ。かなり厄介だぜ、アレは」

 実際にその力を味わった影人は難しげな顔を浮かべそう言った。対象を動けなくしてそこに必殺の大鎌の一撃を叩き込む。その相性は凄まじいものだ。

「本当に、あの人物はいったい何者なんでしょうね・・・・・・・・」

「さあね。一応、私とレイゼロールはその『フェルフィズの大鎌』を持つ者とが繋がっているんじゃないかって考えた事もあるけど・・・・・・証拠も何もないし、やっぱりその可能性は低いと私は思うのよね」

「「ある人物・・・・・・・・?」」

 シェルディアの言葉を聞いた影人とソレイユは、同時にそう言葉を呟いた。

「シェルディア、そのある人物とはいったい誰なのです・・・・・?」

 ソレイユがシェルディアにそう質問した。シェルディアは少しだけ言いにくそうな表情を浮かべた。

「もしかしたら、あなたはショックを受けるかもしれないけど、一応答えてあげるわ。あくまで可能性の話よ」

 シェルディアはソレイユを気遣うようにそう前置きすると、その人物の名前を口にした。


よ。あの『フェルフィズの大鎌』を持つ者と、ラルバは繋がっている可能性がある」


 それはソレイユと幼馴染の男神の名であり、守護者の神の名前でもあった。












「・・・・くしゅん! んん? 誰か俺の噂でもしてるのか?」

 ソレイユや影人、シェルディアが神界で密談をしている頃、地上にいたラルバはくしゃみをしながらそんな言葉を呟いた。

(しかし、地上は寒くなってきたな。こんな事なら、南半球の方の国にでも行けばよかったか。いや、それはそれで暑いし嫌だな)

 現在ラルバがいる場所はオーストリアの首都であるウィーンという都市だ。時刻はまだ朝の7時ほど。街を歩く人の姿はようやく増えてきたという感じだ。

「ふぅー、よいしょっと・・・・・」

 それから数十分後。公園のベンチにラルバは腰掛けた。ソレイユへの土産は既に買った。ラルバはたまに地上に降りては、ソレイユへの土産などを買う。神界を離れられないソレイユのために。

(・・・・・・・・・しかし、ここ数日で状況がまただいぶ変わったな。レイゼロールは6個目のカケラを手に入れた。そして、奴・・・・スプリガンは明確に俺たちの敵になった・・・・・)

 ゆっくりと思考する時間が出来たラルバは、ふと最近の情勢について思いを巡らせた。最も大きく変わったのは、スプリガンが光導姫を攻撃し光サイドの敵となった事だ。光導姫と守護者の視界を通してそれを見たソレイユとラルバは戦いの後、緊急の会議をし、翌朝には全世界の光導姫と守護者にスプリガンが明確に敵となったという事を伝えた。スプリガンが自分たちの敵になる事に反対していたソレイユも、前回の約定の事もあり今回は素直にスプリガンを敵と認めた。

 ただ、スプリガンを敵と認めたといっても、スプリガンはレイゼロール、最上位闇人級の戦闘力を持つ危険人物だ。ランク外の光導姫や守護者、ランカーである光導姫や守護者であっても歯が立たない。ゆえに、ソレイユとラルバはスプリガンに対する対応をレイゼロールと最上位闇人と同じものに設定した。つまり、スプリガンが現れた際にはランク10位以内の最上位の光導姫と守護者を派遣するといったものだ。

 更に、スプリガンに関しては神出鬼没なので、スプリガンが出現した場に最上位以外の光導姫と守護者がいれば逃亡するようにとも、ソレイユとラルバは伝えた。

(2日前の中国戦の時スプリガンはレイゼロールといた。スプリガンはレイゼロールの仲間になった可能性が高い。あいつはレイゼロールを守りもしていたからな。・・・・・・ちっ、中間者の時も、敵になっても本当に邪魔な奴だぜ、あいつは)

 内心でラルバは舌打ちをする。スプリガン。その存在はを抱いているラルバにとって目障りでしかない。

「・・・・・・・・だが、邪魔をするならだけだ。そして、その先にいるレール・・・・・いや、レイゼロールを必ず・・・・・」

 ラルバは、底引えのするような、しかし何か強い意志を感じさせるような声音でそう呟いた。その青色の瞳を、自身の瞳の色と同じ蒼穹に向けながら。


 その目は確固たる何かを宿している目だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る