第195話 闇臨せし闇導姫

「「ッ・・・・・!?」」

 陽華と明夜が昏く輝く闇色の光に目を細める。先ほどと全く逆の展開だ。

(使うかダークレイ。その力を・・・・・・・・)

「え!? シェ、シェルディア様これって・・・・・・!?」

「これは・・・・・・・私も初めて見るわね」

「っ・・・・・・・・・・!?」

(おいソレイユ! この黒い光はまるで・・・・!)

『し、信じられません・・・・・・・・これは、これは・・・・・・・・!』

 レイゼロール、キベリア、シェルディア、光司、影人、ソレイユらもその反応に驚きの色を含んでいた。唯一レイゼロールだけ、一見驚いていないように見えるが、内心ではダークレイがそれを使わざるを得ない状況になったという事に驚いていた。

 黒い光が収まる。するとその黒い光の発生源であった闇人は――

「・・・・・・・・誇りなさい。私がこの姿を晒すのは、レイゼロールを除けばあなた達が初めてよ」

 ――案の定と言うべきか。その姿を先ほどまでとは少し変えていた。

 まず黒と紫を基調としていたコスチュームには黒の透明感のあるレースのようなものが所々装飾されていた。フリルと相まって、少し可愛らしいと思う事も可能だが、どちらかというと神秘的といった方がしっくりくる雰囲気だ。両手の指貫グローブは何も変化はない。

 下半身のスカートとそれを留める2本のベルトも劇的に変わってはいない。スカートは上半身の衣装のように黒い透明感のあるレースのようなものが装飾されているだけで、ベルトは2本とも紫色だったが、片方の横のベルトだけ黒色に変化していた。

 ここまで見るとほとんど目立った変化はないように思える。だが、ダークレイには明らかに目立った変化が1つだけあった。

 それはダークレイの左半身の後ろに浮かんでいる翼のようなものだった。この翼のようなものは、鳥のような生物的な翼ではない。何やら黒い棒のようなもので幾何学的に編み上げられた、非生物的な奇妙なものだ。機械のような片翼、というのが1番それらしいだろうか。

「っ、その姿は・・・・・・・・」

「いったい・・・・・」

 ダークレイの片翼に目を奪われながらも、陽華と明夜は驚いたようにそんな言葉を漏らした。

「・・・・『闇臨』。光導姫の『光臨』を私の闇の性質で再現したものよ。一時的に私の闇の力を全て解放し、爆発的に自身の戦闘力を上げる・・・・・俗で簡潔な言い方をすれば、あなた達の『光臨』の闇版よ。まあ、私は闇人だからそれ以外の恩恵もあるけどね」

 ダークレイは2人の驚きに答えを与えた。闇の力を全て解放した状態のため、ダークレイの闇人としての能力も遥かに上昇している。それが意味するのは例えば、自然治癒能力の向上や身体能力の向上といったものだ。この恩恵により、ダークレイが先ほど陽華から受けた全身に響き渡ったダメージや、光司から受けた切り傷もかなりの勢いで回復していた。

「まあその分、限界時間は光臨同様に10分。それを過ぎれば一定時間凄まじく弱体化するデメリットはあるけれど・・・・・その前にあんた達を殺せば済む話だわ」

 ダークレイはそう呟くと、陽華と明夜に視線を向けた。言葉とは裏腹に、その視線は対等な敵を見つめるような、そんな視線であった。

「闇技発動、ダークアンチェイン・セカンド。――行くわよ、レッドシャイン、ブルーシャイン」

 ダークレイが闇技を発動させた。すると、ダークレイの肉体に黒と紫の入り混じったオーラが纏われた。闇臨前にも使っていた身体能力強化の闇技だが、闇臨した事によってその上昇幅は更に引き上げられ、黒と紫のオーラも少し透き通ったような色になっていた。

 ダークレイが陽華と明夜の光導姫を呼んだ直後、ダークレイは姿が消えたかと見紛うほどの超高速のスピードで2人のすぐ前に移動した。その余りの速度に、陽華と明夜はまるで反応できなかった。

 そして、ダークレイはそのまま自分の左拳を明夜の顔面に放とうとした。

「え・・・・・?」

「ッ!? 明夜引いて!」

 自身の視界に映るダークレイの拳に、遠距離型の光導姫である明夜はそう声を漏らす事しか出来なかった。だが、近距離型の光導姫である陽華はその拳には何とか反応する事ができ、ダークレイの拳を自身の左の甲で受け止めた。

「へえ、これに反応できるの。でも・・・・・これは無理でしょ」

 陽華の反応速度を褒めつつも、ダークレイはそんな言葉を述べた。すると、ダークレイの機械的な左翼の一部分が闇色の光を発し始めた。

「なっ・・・・・・・!?」

「消し炭になれ」

 陽華がまさかといった感じでその目を見開く。その光がダークレイが杖形態の時に使っていたレーザーの光だと気がついた時には、もう遅かった。翼の一部分に集約していた闇の光は、超至近距離から黒い光線となって放たれた。

「水牢よ!」

 しかし、陽華の背後にいた明夜が咄嗟に機転を利かし、自分と陽華を水で包んだ。その結果、何も知らない陽華は急に水の中に閉じ込められる事になったが、レーザーは急に現れた大量の水に一瞬阻まれ、ギリギリで陽華と明夜の側を水を蒸発させながら進んでいった。明夜が咄嗟に出したこの水牢は光の力が込められている。ゆえに、レーザーは一瞬だけ水に阻まれたのだった。レーザーが水牢を破壊した事によって、水は地面へと流れ落ちた。

「っ・・・・」

 レーザーが避けられるとは思っていなかったダークレイはその顔色を少し変えた。

「はあッ!」

 水に濡れた陽華が、右のストレートを打ってくる。ダークレイはそのストレートを余裕を持って躱した。

「氷のいばらよ! 来たれッ!」

 陽華と同じく水に濡れた明夜が、杖を振るい周囲の空間から氷の荊を複数呼び出した。荊は陽華の拳を避けたダークレイに向かって襲いかかっていく。

「当たらないわ」

 ダークレイはバックステップで一旦距離を取り、荊が自分に取り付くまでの時間を稼いだ。 

 そして、氷の荊が全て前方から襲ってくるように誘導すると、ダークレイはこう言葉を紡いだ。

「闇技発動、ダークブレイザー・セカンド」

 再びダークレイの機械的な翼に闇色の光が集まる。先程よりも大きな光だ。そして、その闇色の光は幾条にも拡散して氷の荊を撃破した。

「レーザー・・・・・! って言う事はやっぱり・・・・・」

 その光景を改めて見た陽華は、ダークレイの『闇臨』がどのようなものであるのか分かった気がした。

 ダークレイは闇臨前に自分の武器を切り替えて戦っていた。近接戦の時はグローブ、中遠距離戦の時は杖で。距離による戦闘スタイルの切り替え。恐らく、それが元々のダークレイの能力だった。その証拠に、グローブを装着している時にダークレイはレーザーを放ってきていなかった。

 だが、闇臨後はグローブを装着しながらもレーザーを放って来た。あの機械的な翼から。つまり、あの翼が杖の代わりなのだ。

 切り替えていた戦闘スタイルを併用して扱えるようになる。おそらく、それがダークレイの闇臨だ。もちろん、基礎的な力なども闇臨前よりも遥かに上昇しているだろうが。

「明夜! 今のダークレイは近接戦も遠距離戦も関係ない! どんな距離でもすごく強いよ!」

「ええ! 大体タネは分かったわ! 要は超強くなったって事でしょ!」

「え!? い、いや確かにそうだけど・・・・・ああもう! こんな時までふざけないでよバカ明夜!」

「誰がバカ明夜よ!? 私は全くふざけてなんかないわ!」

 明夜の言葉を聞いた陽華は、思わずいつもの感じでそう言ってしまった。陽華からバカ呼ばわりされた明夜は自分が至極真面目に答えを返したというのにバカ呼ばわりされたので、こちらも軽くキレた。超がつくほどにシリアスな場面だというのに、全く呑気な奴らである。

(何を漫才してやがんだあの2人は・・・・・・・・)

 その様子を見ていた影人は呆れたように内心でそう呟いた。どう見てもふざけている場面ではない。

『いやお前が言うなよ・・・・』

『あなたが言えた義理ではないと思いますが・・・・』

 しかし、そう呟いた厨二前髪野郎に対し、即座にイヴとソレイユからツッコミが入った。両者とも影人の戦いを観察し、また念話が出来る都合上、影人が戦闘中にふざけているとしか思えないような事を言ったり思ったりしている事をよく知っている。ゆえに、半ば反射的にイヴとソレイユはそうツッコんでいた。

「・・・・・よくもまあそんなやり取りが出来るものね」

 流石のダークレイも少しだけ呆れた表情を浮かべた。だが、ダークレイはすぐさまその顔を戦う者の顔に戻すと、更なる闇技を発動させた。

「闇技発動、ダークブレット・セカンド。闇技発動、ダークプリズムレイション」

 ダークレイの両の拳に濃密な闇が纏われる。純度の高いより濃密な闇だ。そして、ダークレイが続けて新たなる闇技の名を呟くと、ダークレイの片翼全体が黒く発光し、片翼は細やかな――まるでオニキスのような美しい輝きを放ちながら――小さな光の集合体となって陽華と明夜の方に襲いかかった。そして、それと同時に一時的に翼を失ったダークレイも、2人に再び襲撃をかける。

「あんたはまだ私について来れるかしら? レッドシャイン」

 当然のように超スピードで陽華に接近し、右足を引いたダークレイは陽華にそう問いかけた。

「ッ!? 明夜! 光の方をお願い!」

 ダークレイが蹴りを放ったタイミングで反応した陽華は、ダークレイの蹴りを左腕で受け止めながら相棒にそう叫んだ。

「了解! 氷の礫よ、幾百にも分かれ迎撃せよ!」

 陽華にそう頼まれた明夜は、自分たちに向かってくる無数の黒い光に対抗すべく、氷の礫を創造した。その数は明夜の言葉からも分かる通り、数百ほどだ。

 無数の闇の光と氷の礫が空中で激突し合う。そのさまは見ようによっては、黒い宝石と白い宝石がキラキラとぶつかり合い弾けていくような美しい光景であった。

「シッ・・・・!」

 一方、陽華とダークレイは格闘戦に移っていた。ダークレイは闇臨によって上昇した身体能力と、それを更に強化する闇技もより強まった事で、尋常ではない速さとキレのある肉体攻撃を会得していた。

「くっ・・・・!」

 陽華はその攻撃に反応こそギリギリ出来ていたが、ダークレイの攻撃を受ける側にならざるを得なかった。それ程までにダークレイの攻撃は激しく正確だった。

 ダークレイが左の手刀を陽華の首筋に放つ。陽華はその手刀を首を後ろに逸らして避ける。ダークレイは追撃するように右の拳を陽華の喉元に放った。陽華はその拳を左手の溜めの短い昇拳で逸らした。

 だが、その対応がまずかった。

 ダークレイは跳ね上がった自分の右手を利用して、陽華の髪を掴んだ。

「っ!?」

 ダークレイが陽華の髪を思い切り引く。毛が丸ごと抜けるような、そこまでの強さではなかった。だが、陽華はバランスを崩してしまった。

 そして、バランスを崩した陽華に、ダークレイは蹴りを放った。蹴りは陽華の腹部に直撃した。

「がっ・・・・・・!?」

 その衝撃に陽華が声を漏らす。ダークレイは今度は逆に思い切り陽華の髪ごと頭を押した。その反動で陽華の体はガラ空きになった。ダークレイはそこに自身の高威力の拳を打ち込もうとした。

「ッ! 光炎よ! 燃え盛れッ!」

 だが、気合いで痛みと衝撃から無理やりに立ち直った陽華は、そう叫ぶと自分の右手から炎を立ち上がらせた。その炎は近くにいるダークレイを焼き尽くさんばかりの勢いであった。

「っ!? ちっ・・・・・」

 炎のせいでダークレイは拳を陽華に放つ事が出来なかった。だが、ここでチャンスを不意にするダークレイではない。

「闇技解除。そして闇技発動、ダークウインド」

 ダークレイは翼を無数の闇の光に変えていた闇技を解除した。2秒後、闇の光がダークレイの左の背中に戻っていき、再び機械的な翼がダークレイに顕現する。

 そして、ダークレイは新たな闇技を発動させる。ダークレイの元に再び顕現した片翼の全体に黒いエネルギーが宿る。ダークレイはそのエネルギーが宿った翼を思い切り炎に向かってはためかせた。

 闇の力を宿した圧倒的な暴風が巻き起こる。その強力に過ぎる風は陽華の炎を消し飛ばした。

「なっ!?」

 今まで見た事がなかった闇技に、そして自分の猛る炎が消し飛ばされた事に、陽華が驚いたような声を上げる。むろん、陽華自体も炎を消し飛ばす程の強風の煽りは受けた。陽華の体は地面から浮き、後方の空間へと飛ばされていく。

「あなたをこれで終わりにする。片翼よ、その姿を変えろ」

 ダークレイがそう唱えると、片翼がひとりでにその姿を変えていく。1本の棒のようなものに。そしてダークレイは左手でその黒い棒、いや杖を空中に浮かんでいる陽華へと向けた。

「闇技発動、ダークイレイザー・セカンド」

 黒杖こくじょうの先端に魔法陣のようなものが展開し、凄まじい闇のエネルギーが集中する。バチバチとエネルギーが爆ぜる音がする。

 そして、集中した闇のエネルギーは全てを消し去る闇の極光となって陽華へと放たれた。その闇の極光は、明らかに闇臨前よりも強化されていた。

(これは流石にヤバいかも・・・・!)

 自分に向かって迫って来る闇のレーザーに、陽華は冷や汗を流す。これをまともに受ければ、自分はその瞬間に消し炭だ。

「浄化の力を宿し水よ! 月のように輝き、荒れ狂う奔流となれ!」

 陽華を助けようと明夜の声が響いた。明夜は陽華の斜め後方から、自分の力を大いに込めた水の奔流を、自分の杖の先端から放った。その水の色はただの青や水色ではなく、クリスタルブルーだった。これは最大浄化技に近い、光臨した明夜の大技だった。

 明夜の放ったクリスタルブルーの水の奔流が、陽華を守るように闇色のレーザーと激突する。その結果、陽華は消し炭になる事はなかった。

「明夜!」

「礼はいいわよ! そんなの聞いてる余裕ないし!」

 明夜のおかげで安全に地面に着地した陽華は、明夜の元へと駆け寄った。明夜は杖に力を込めながら、陽華にそう叫ぶ。

(な、なんて威力よ・・・・・! 私の世界初公開の大技で拮抗させるのがやっとなんて・・・・・・・・・・!)

 内心で明夜はそんな事を思った。この技は光臨した自分が出せる最高火力の技だ。だというのに、ダークレイの闇のレーザーは今にもこちらを押し切る程のパワーを感じさせる。

 やがて、拮抗していた光の力と闇の力を宿した奔流たちは弾けるようにその場で消滅した。明夜とダークレイはお互いに奔流を照射する限界時間を迎えたのだ。

「・・・・・・」

「はあ、はあ・・・・・・」

 ダークレイは黒杖を携えたまま涼しい顔を、明夜は疲れたような顔を浮かべた。その両者の様子の違いは、まるで力の差を示しているようであった。

「明夜・・・・・」

「陽華、マズイわ。あんたも分かってるとは思うけど、強い。光臨した私たちがまた押され始めてる。闇臨したダークレイ・・・・とんでもないわね」

 明夜は厳しい目をしながら陽華にそう言った。

「うん、分かってる。それに、私たちの光臨の時間ももう半分を過ぎた。向こうにも闇臨のデメリットはあるみたいだけど・・・・・・・・ここからは時間との戦いでもある」

 明夜の言葉に頷きながら、陽華がそう言葉を述べる。自分たちが光臨して5分が過ぎた。残り5分の間に勝負をつけなければ、その時点で陽華たちの敗北が決定してしまう。

 だが、果たして闇臨したダークレイを5分以内に倒す事が出来るのか。元々明らかに自分たちより強かったダークレイが更に強くなったのだ。その力の一端は、今の攻防で嫌と言うほどに2人とも理解していた。

「・・・・・それでも負けるつもりはないけどね。この戦いだけは負けられない。例え強敵が更に強くなったとしても」

「もちろん。私と明夜なら絶対にやれるよ。どんな絶望でも、どんな窮地でも、2人でなら乗り越えられる」

 しかし、明夜と陽華は闘志を、光を失ってはいなかった。2人は自然と強気な笑みを浮かべていた。


 ――光臨した光導姫、闇臨した闇導姫。光と希望を諦めない者たちと、闇と絶望に諦め切った者。対照的な者たちが繰り広げるこの戦いは、既に最終局面へと向かっていた。

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