第42話 死闘、再び

「・・・・・・・強気ですね、スプリガン。1度私に勝ったから余裕というわけですか?」

「御託はいい。さっさとかかってこいよ・・・・・」

 苛立ちから影人は珍しく強気な言葉を連発していた。しかし、状況の把握は忘れてはいない。

 提督がこの場から立ち去ったことで、人払いの結界は消え去った。それはすなわち、一般人がこの辺りにやって来るというわけだ。本来なら、そのことを考慮しなければならないのだが、都合がいいというべきか、この周囲には人家は見受けられないし、人の姿も闇奴化していた人間以外はない。

 つまりはあの倒れている少女の安全さえ確保すれば何の憂いもなく戦えるというわけだ。

「闇よ。彼の者を彼方へと運べ」

「っ・・・・・・!?」

 フェリートはその言葉を聞いて身構えたが、それは意味のない行動だった。

 気を失っている少女の周囲に黒い腕が複数出現し、少女の体を持ち上げる。そして腕はそのまま地面を滑るように移動して少女を遠くへと運んでいった。

(これで大丈夫だろう・・・・・)

 イメージしたのはここから遠く安全な場所。要するに戦いの行う場所の範囲外だ。だから、少女が目を覚ました時に場所が分からないということはないだろう。

「意外とお優しいんですね。闇奴化していた人間を気にかけるなんて」

「・・・・・・・邪魔だっただけだ。それよりお前の右手は凍ったままだが、ハンデでもくれてやろうか? 別に俺は構わないぜ、にハンデをやるくらい」

 あえて嘲るように影人は言葉を紡ぐ。苛立ちから強い言葉を使ったのもあるが、これはフェリートを挑発する意味合いの言葉の側面の方が強い。

(これで多少でも苛立たせりゃ御の字だ。あいつを本気で怒らせたいなら、レイゼロールのことをバカにすりゃ一発だが、それはまだリスクが高い)

 フェリートは強い。言葉では影人は雑魚と言っているように等しいが、1度フェリートと戦っている影人からしてみれば、それは明確な嘘だ。では、なぜこんなことを言ったのかというと、理由は簡単だ。

 苛立てば行動が大振りになる。影人はその隙を狙おうと考えていた。

(確かに今の俺もかなり苛立ってるが、まだこんな思考を出来るってことは、冷静な部分もあるってことだ。なら苛立ちを上手い具合に強きな択を取れるように利用する)

 自己の客観視。影人はしばしば、己を客観的に見つめ直そうとする。しかも多くはスプリガン時、つまりは戦いの時だ。ではなぜ影人はそれを行うのか。

 そうでなければ、命がかかっているスプリガンの戦いでミスを犯す可能性が高くなるからだ。そして影人の場合、そのミスは命を失うことに直結する。

 ゆえに影人はそれが必要だと、スプリガンになって初めて戦った時から考えていた。

「言ってくれますね。どうしましたスプリガン? 今日はやけに強気・・・・・・・いや、苛立っているように見えますが」

 そんな影人の思惑は見事に外れたようだ。フェリートはニコニコと笑みを浮かべながら、的確に影人の心情を図ってきた。

(っ・・・・・・・よく見てやがる。やっぱりこいつはやりにくいな)

 心情を言い当てられた影人は、その事に驚異を感じつつもフェリートに言葉を投げかけた。

「――そいつは気のせいだろうな。今の言い方だとハンデはいらないってことでいいんだな?」

「ええ、不要です。――執事の技能スキルオブバトラー壊撃ブレイク

 フェリートはナイフごと凍っていた自分の右手を、胸の前に掲げた。すると、何の前触れもなくその氷にヒビが広がり、フェリートの右手を覆っていた氷は砕け散った。

「この通り、何の問題もありませんので」

「・・・・・・・・・性格の悪い野郎だ」

「褒め言葉として受け取っておきますよ」

 一見軽口をたたき合っているようにも見えるが、それはただの錯覚だ。

 実際フェリートは殺気をスプリガンに飛ばしているし、影人はフェリートの一挙一動を金の瞳で見つめていた。

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

 月の光が2人を照らす。こうして2人が向かい合うのは、これで2度目だ。

 ぬるい風が吹く中、先に動いたのはフェリートだった。

「執事の技能、刃物の雨ブレードレイン

 フェリートが鋭い目つきで聞き覚えのない言葉を唱えると、フェリートの周囲の空間からフェリートの持っているものと同じ、闇色のナイフが数百ほども出現した。そしてそれらのナイフの向いている先は、当然ながら影人だ。

「趣味の悪い・・・・・・・!」

「ありがとうございます」

 パチン、とフェリートが右手を鳴らす。それを合図に数百のナイフが影人へと襲いかかった。

「ちっ! 闇の壁よ、そそり立て!」

 影人の目の前に闇色の壁が出現する。前方から飛んできたナイフは全て、その壁に刺さるか、弾き飛ばされた。

「――壊撃ブレイク

「っ・・・・・・・・・!」

 突如として闇色の壁は砕け散った。そしてその向こうから、両手にナイフを持ったフェリートが強襲をかけてきた。

(くそっ! あの崩壊させる闇の力・・・・・・・武器にその力を付与できるのか!)

 フェリートが破壊の力を宿した2つのナイフを神速といえる速度で振ってくる。おそらく少しでも掠れば、かなり危ない。

 前進してナイフを振るってくるフェリートの攻撃を、影人は金の瞳の動体視力とスプリガンの身体能力をフルに使ってバックステップで避けていく。

 しかし、どうしても避けられない一撃があったので、影人はその一撃を右の拳銃で受け止めた。

 そしてフェリートのナイフを受け止めた銃は、ヒビが広がっていき、やがては完全に砕け散った。

(やっぱりこうなるか・・・・・・・!)

 予想していたことなので、驚きはあまりない。影人はナイフを避けながら言葉を紡ぐ。

「闇よ、我が手に集い弾けろッ!」

 刹那の隙を突いて、右手をフェリートの胸へと伸ばす。影人の右手とフェリートの胸部の間に闇が渦巻く。

「っ! 頑強がんきょう!」

 振るっていた右のナイフは、スプリガンの左の拳銃に受け止められていた。スプリガンの拳銃は先ほどと同じように砕け散ったが、フェリートは冷や汗を流した。

 なんとか闇による肉体の強度の強化が終わると同時に、フェリートの胸部に凄まじい衝撃が襲う。

「ぐっ・・・・・・・!」

 それでも完全にダメージを相殺できず、フェリートは衝撃によって後方へと弾き飛ばされた。

「ちっ・・・・・・・・」

 むろん、影人も近くにいた事に変わりは無いので、後方へと飛ばされた。だが、右手を伸ばした後、素早く両手を胸の前で交差させてたのでダメージはほとんどない。

 必然、両者は再び距離を取る形となった。

「危ない、危ない。あやうくモロに喰らうところでしたよ」

「・・・・・・・・・・・」

 相変わらずの完璧な笑みを浮かべるフェリートに、影人は内心あの破壊の力をどうするべきか思考を練っていた。

(フェリートの手か、ナイフに触れれば物質は崩壊する。それは俺の闇で創造した物も例外じゃない。だが、今の俺にあの破壊の力を受け止められる事が出来る物質は作れない・・・・・・)

 おそらく1度だけ耐えられる物質は作れる。いや、作れるというより、闇による強化で物質を強化すれば1度は耐えられるのではないか、というのが影人の仮説だ。フェリートのあの破壊の力が自分と同じく闇の力である以上、それは闇の力で対抗出来なければ道理に合わない。

 しかし、今の影人に出来る闇による強化は常態的なものではなく、一時的なもの。フェリートのように常態的なものではない。よって、受け止められたとしても1度だけだろう。まあ、この考え方も影人の仮説が正しいものとした場合だが。

(・・・・・・・なら、数で行くしかねえか)

 得策とは言えない策ではあるが、それは仕方がないだろう。影人は脳内で数十の剣をイメージした。

「闇の剣よ、我が両の手に、虚空へと浮かび我に付き従え」

 影人の両手に闇色の剣が出現する。そして影人の周囲に合計20の剣が虚空から展開した。

「ああ、物量で来ましたか。ですが、私も今回の戦いにあまり時間は掛けられないという個人的な問題がありまして。――ゆえに短期決戦で、全力で全速で行かせてもらいます」

 フェリートは声のトーンを低いものに変えると、5つの言葉を口にした。

執事の技能スキルオブバトラー五重奏クインテット。――すなわち、壊撃ブレイク加速アクセラレイト頑強がんきょう幻影ファントム強化リインフォース

 執事の技能、五重奏。それはフェリートの万能の闇の力を5つ同時に発動させるものだ。これは強力無比な分、消耗が著しく激しい、いわば一種の諸刃の剣だ。

「――今日は月が綺麗ですね。あなたが、死ぬには良い日だ」

 そしてフェリートはその超速のスピードを以て、影人の視界から消えた。

「っ・・・・・・・・!?」

 影人の眼を以てしても、その初速は捉えられなかった。だが、幸いなことにフェリートが向かってくる方向は分かっている。

(田んぼから水の跳ねた音は聞こえなかった。なら奴の来る方向は――)

 影人は全神経を前方へと集中する。真正面からは何の風も気配も感じない。

 そうであるならば――

「上だよな・・・・・・・!」

 視線を上空へと向けると、フェリートの右手による突きが影人の視界いっぱいに迫っているところだった。

 影人は驚異的な反射速度で首を少し傾けることに成功した。なんとか攻撃を確実に避けた。そう影人は思ったのだが、影人の頬にはフェリートの攻撃が掠ったのか、血が流れていた。

(っ!? 嘘だろ、完全に避けたはずだ!? いや、それよりもまずい! フェリートの手にはあの破壊の力が・・・・・・・!)

 だが、当然のことながらフェリートが攻撃の手を緩めることはなかった。先ほどよりも恐ろしく速く、おそろしく強くなったフェリートの攻撃に影人は極限の集中を以て対応するしかなかった。言葉を紡ぐ暇などもありはしない。

 フェリートの手刀や正拳には両手の剣で対応する。もちろん、フェリートの拳は破壊の力を宿しているので、影人の剣は一撃を止めるごとに崩壊して砕け散っていく。その度に、影人はあらかじめ召喚しておいた剣を持ち、フェリートの攻撃から身を守っていた。

(このままじゃジリ貧だ・・・・・・・! 剣のストックも残り8本しかない。しかも、どういうわけか、フェリートの攻撃が多少。剣の腹で受け止めてるからズレてもなんとか受け止められてるが、謎を解かなきゃまずい!)

 影人の極限の思考の間にも剣は、フェリートの攻撃から身を守るため砕け散っていく。残り7本。

 そう。いったいどういう理屈かは分からないが、フェリートの攻撃は――いやフェリート自身というべきか――その実体とは確実にズレているのだ。剣の腹でフェリートの拳を正確に中心で受け止めたとしても、なぜか衝撃は中心ではなく少し左よりから感じる。そのズレが影人の頬の掠り傷を作ったのだ。

 そして影人の頬の傷から少しずつではあるが、ヒビが広がっていた。

(どうする帰城影人!? どうすりゃ、こいつに勝てる!?)

 フェリートの蹴りを左の剣で受け止める。足にも破壊の力を宿しているらしく、剣は砕けた。残り6本。

(くそッ! 無い物ねだりはしたくないが、せめて無詠唱で力を使えれば・・・・・・! 強化を常態的に使えれば・・・・・・!)

 影人は俗に言うピンチの状態だった。今のフェリートに対して、自分は防戦一方だ。そして剣が尽きれば、自分はフェリートの破壊の力に対する対抗手段を完全に失うことになる。

 フェリートの神速の手刀を右の剣で受け止める。剣のストックは残り5本。

(はっ、イキってたツケが来たってか・・・・・・・・だが、まだ俺は死ぬ気なんてないんだよ・・・・・・・・!)

 徐々に死が迫るにつれ、逆に思考が冷静になってくる。ゆっくりと広がる頬のヒビのことなども、完全に思考から排除する。

(さっきの言葉からフェリートは体を闇で強化してる。だからただの斬撃じゃ攻撃は通らない)

 レイゼロール程ではないだろうが、今のフェリートにダメージを与えるなら、闇で一撃を強化しなければならない。影人はフェリートの貫手を剣でいなす。残り4本。

(仕掛けて通すしかない。たぶんチャンスは1回。やるなら、フェリートが油断する可能性のある最後の1本)

 苛立ちを強気な択に利用する。それは影人が決めていたこと。まだ、影人の苛立ちは心の中で燻っている。その苛立ちを以て、死ぬかもしれないという恐怖を錯覚させる。

 フェリートが避けることの難しいタイミングで、神速の手刀を3回放ってきた。影人は受け止めることを余儀なくされる。3、2、1と連続で剣は砕かれる。残りの剣は1本。

 だが、影人の目は死んではいなかった。金色の瞳の奥には怒りの炎が確かに燃えていた。

(さあ、伸るか反るか)

 影人は最後の剣を手に取った。







(っ・・・・・・! 本当によくも今の私の攻撃を捌き続ける! これでも私の最強の形態の1つなんですがね・・・・・!)

 ただの光導姫ならば、ただの守護者ならば、3秒で殺せる。上位の光導姫と守護者でも五重奏状態のフェリートなら、10秒もあれば殺せるだろう。

 だが、スプリガンは驚異的な身体能力と、動体視力、それに冷静に過ぎる判断でフェリートの予想を超え続けた。

(しかも幻影で私の本体をズラしているのに、最初の攻撃でそれを理解し、対応するなんて化け物ですか)

 フェリートは執事の技能、幻影を自らに纏うことによって自分の位置情報をズラしていた。最初の攻撃こそスプリガンの頬に掠りはしたが、攻撃が当たったのはそれだけだ。

 壊撃によってスプリガンの頬にはヒビが広がっているが、ヒビによってスプリガンが死ぬのはまだまだ先だ。そしてそんな時間までフェリートはスプリガンを生かそうとは考えていなかった。

(ですが、残りの剣は1本。追い詰めましたよ!)

 フェリートの壊撃を付与した攻撃に寄って、スプリガンの剣は残り1本となった。勝利はすぐそこだ。

(レイゼロール様。この勝利とスプリガンの首をあなたに捧げます・・・・・・!)

 フェリートの全身全霊の両手の手刀がスプリガンに迫った。








(さあ、いくぜ・・・・・・・・!)

 フェリートが両手で手刀を放ってきた。おそらくこの攻撃は、影人の剣を壊すための攻撃だろう。今、フェリートは油断はしていないだろうが、ほんの少し気は緩んでいるはずだ。チャンスはここしかない。

「貫けぇッ!!」

 闇による一撃の強化。脳内でイメージを描き、それを実現するための最小限の言葉を叫ぶように口に出す。脳内でイメージしたのはありったけの力。それを次の一撃に託す。

「!?」

 まさかここで影人が仕掛けてくるとは思っていなかったのか、フェリートは攻撃の最中だというのに驚いた表情を浮かべている。いや驚いているのは、初めて自分が叫んだことへの驚きか。

 影人は最後の剣を両手で持つと、思いきりそれをフェリートめがけて突きを放つ。その際、フェリートの手刀が影人の両肩を切り裂いたが、心配は後だ。

 傷口からは即座にヒビが広がっていくが、その甲斐あってか影人の必死の一撃は通るかに思えた。

(ッ! おそらくこれを受ければまずい! 頑強と強化で肉体を強化していても前回と同じ二の舞になりかねない!)

 スプリガンに前回、腹部に穴を開けられたことを思い出す。フェリートは加速アクセラレイトの速度を以て、スプリガンの両肩を切り裂いた両手を即座に戻した。そしてその両手で、なんとかスプリガンの剣を掴むことに成功する。

「残念でしたねスプリガン・・・・・・・・! これで私の勝ちは確定した!」

 フェリートの両手に掴まれた最後の剣は、ヒビが入り崩壊していく。完全に勝ちの目を潰されたスプリガンに、フェリートは高らかな勝利宣言を行った。


「――ああ、そうだな。お前なら受け止めると思ったよ。だから、


 だがスプリガンは、影人は笑っていた。

「!? 何を言って――」

 訳が分からなかった。もうスプリガンに剣はない。いかんせん、言葉を紡ぐ暇などはフェリートは与えない。事実の再確認をしたフェリートはスプリガンのその言葉をハッタリだと受け取った。

 そして次の瞬間、フェリートの肉体の中心から少しズレた場所を

「な・・・・・・・・・・」

 自分の体を完全に貫通した右手を見て、フェリートは何が起こったのか分からないという表情をスプリガンに向けた。

?」

 満身創痍の黒衣の怪人は冷たい笑みを浮かべていた。

 

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