第37話 決着、新たな隣人

「全式札、形態解除」

 未だ空中に漂う風音は全ての式札の変化を解除した。風音の周囲に再び合計10の式札が展開される。

 既に風音は落下態勢に移行している。このまま何もしなければ、あと数秒ほどで地面に激突するだろう。

(そろそろ終わりにしましょうか・・・・・・)

 だが『巫女』はそんなことは考えない。彼女にとってたかだか10数メートルの落下など恐怖を感じない。光導姫の使命は命がけ。どうしてこれほどの事で恐怖を抱くだろうか。

「全式札、寄り集いて――」

 上下逆の世界ではあるが、眼下では陽華と明夜の元に、2つの光が戻るような軌道で吸い寄せられていく。

 光はガントレットと杖に姿を変えると、それぞれの主の元へと返っていった。

「でもッ! まだ!」

「チャンスはある!」

 陽華はガントレットを装備し直した手を握り、風音が落ちるであろう落下地点めがけて駆け出した。明夜も杖を握り直すと、氷弾を4発発射した。

「――龍神となる」

 しかし、結果的に言えばもう遅かった。とおの式札は、1つに集まり光を放つ。明夜の放った4つの氷弾は、風音に当たる前に何か巨大な生物に直撃し、砕かれた。

 その生物は一見すると巨大な蛇のようであった。だが、その生物が蛇ではないと示すかのような特徴がいくつか見受けられる。

 まず手があった。人間と同じく5本の指ではあるが、その指には鋭いかぎ爪が生えていた。

 1番特徴的なのはその頭部だ。大きく開いた口には牙がびっしりとある。そして極めつけは、霊験あらたかなものを感じさせる立派な角だ。

 いつの間にか風音はその生物の頭に着地していた。

「「・・・・・・・・・・・」」

 その存在感に明夜も、陽華も駆ける足を止めてその生物を見上げた。いや、見上げるしかなかった。目を引きつける有無を言わせぬ存在感がその生物にはあった。

 風音の言葉からも分かる通り、それは本来なら空想上の生き物のはずだ。

 そう、龍などという生き物が本当に存在するはずが――

「グォォォォォォォォォォォォァァァァァァァァァァァァッ!!」

 だが、そんな考えを否定するかのように龍の咆哮が白い部屋に木霊こだました。

「「ほ、本物・・・・・・・・!?」」

 陽華と明夜は唖然とした顔でそう叫んだ。

「うん、そうよ」

 風音は荒ぶる龍の頭頂で、静かに微笑んだ。

「さて、大人げなく龍を出してしまったけれど、このまま模擬戦を続ける? 私としては、あなたたちの実力は十分に見れたから、もうここで終わってもいいんだけど・・・・・・・でも、もし続けたいっていうなら一応警告。この、雷を降らせたり、口から超高密度のエネルギーを吐き出すから、気をつけてね」

「ええ・・・・・・・」

「む、無茶苦茶だ・・・・・・・」

 風音の言葉の内容を聞いて明夜と陽華が、立ちすくむ。そんなに優しい笑みを浮かべながら言う内容では、決してないと思うのだが。

 陽華と明夜は互いに顔を見合わせた。自分たちの数十倍もあろうかという龍が、雷を降らせたり、口からビーム(超高密度のエネルギーとは、おそらくそういうことだろう)を撃つというのだ。はっきり言って勝てる気がしない。

「「・・・・・・・・・降参します」」

 陽華と明夜は諦めたようにそう言って、両手を上げた。

「2人の降参を認めます。――芝居」

 陽華と明夜の負けを認める言葉を聞き終えた風音は、厳かにそう宣言し傍観者である新品に視線を向けた。

「わかっているでありますよ。――この模擬戦、勝者『巫女』!」

 第3者であり光導姫でもある新品の言葉を以て、陽華と明夜の初めての模擬戦は幕を閉じた。








「まるで意味が分からんッ・・・・・・・!」

 ピンポンピンポンと隣の部屋――シェルディアが入って行った部屋のインターホンのボタンを連打しながら、影人は混乱していた。

 時刻は午後7時半を少し過ぎたところなので、チャイムを連打したくらいで、他の住民から文句は言われることはないだろう。だが、他の住民に見られれば怪しいとは思われるかもしれない。

 客観的に考えてみてほしい。顔の半分を前髪で覆われた男が、チャイムを連打している。まず関わってはいけないと思うのが普通だ。

 今日という日は、影人が知らないだけで、実は陽華と明夜が日本最強の光導姫と闘っていたりした日なのだが、見た目陰キャ野郎はひたすらチャイムを連打していた。温度差で風邪引きそうである。

(嬢ちゃんが鍵を開けてこの部屋入ったってことは、答えはもう決まってるようなもんだが、何か、何か信じたくねえ・・・・・・・!)

 その感覚が何故なのかは分からない。だがそれは、まさかの出来事に影人がまだ現実を受けきれていない、ということの1つの証明であった。

 そしてすぐにドアが開かれて、シェルディアが中から顔を出した。

「? どうしたの影人。私としては、今の今でこんなに速く会いに来てくれるとは思っていなかったのだけれど」

「いや、どうしたのじゃねえよ!? どうして嬢ちゃんが俺の家の隣の部屋にいるんだよ!?」

 キョトンとした顔のシェルディアに、影人は少し大きな声でそう言った。

「なぜって・・・・・・・・が私の滞在先だから」

「・・・・・・・・・・・・嬢ちゃん。俺はさっきの嬢ちゃんの悪戯っぽい笑顔を思い出した。俺が聞きたいのはそういうことじゃない。を教えてくれ」

 とぼけたような顔のシェルディアを見て、影人はため息をつく。先ほどシェルディアが浮かべたあの表情は、影人の反応が楽しみだったからだろう。そうに違いない。

 状況は未だに受け入れがたいし、混乱していることも変わりは無い。だが、それは一旦置いておく。影人が聞きたいのは、なぜシェルディアがこの部屋の主となったのかの理由だ。

「つまらないわね。もう少し慌てふためくあなたを見ていたかったのだけれど。まあ面白かったし、よしとしましょう」

 金髪の少女は数秒で不満げな表情に変わると、チラリと影人を見た。

「とりあえず、サプライズだったかしら。それは成功ね」

「サプライズ? まさか、それが理由か・・・・・・・・・?」

 信じられないといった感じで影人の口から言葉がこぼれる。自分を驚かせたいという理由だけで、シェルディアは部屋を借りたのか。いや、それ以前に金銭面はどうしたのだろう。部屋を借りるには敷金や礼金といった多大な金銭が必要だ。それにどのようにして子供のシェルディアが部屋を契約できたのか。影人の疑問は尽きなかった。

「色々気になるって顔ね、影人。まあ、そこは気にしないで。ちゃんと人間のルールにのっとって、この部屋は手に入れたから」

 影人の考えを見透かしたように、シェルディアはそう言った。「人間のルールに則って」という表現は独特というか、普通は使わない表現だが、シェルディアという少女はそのような言葉を使うことが多い。そのような表現もシェルディアを不思議と思う要因の1つだ。

「ああ、後は理由ね。もちろんそれもあるけど、それだけじゃないわ」

「・・・・・・・・というと?」

 気にしないで、とシェルディアに言われてしまったので、そのような面はもう何も言わない。おそらくシェルディアの両親がとてつもないお金持ちだとか、そういうことだろう。影人はそう納得した。

「あなたが気に入ったから」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 たっぷり5秒ほど沈黙して、影人は訳が分からないといった風に、言葉を絞り出した。先ほどシェルディアがこの部屋に消えていったときにも、沈黙して驚いたものだが、今のシェルディアが放った言葉はそれ以上に驚くべきものだった。

「俺を気に入った・・・・・・・・・・・・・?」

 何だそれは。それが理由だというのか。

 信じられないといった感じで、気がつけば影人は首を横に振っていた。

「あり・・・・・えないだろ。俺なんかの・・・・・・・・それだけのために・・・・・・・」

「いいえ、正しくそれが理由よ」

 呆然とする影人に、シェルディアが言葉を投げかけた。

「誇っていいわ、帰城影人。あなたは私が興味を抱き、それでいて本当の意味で優しい人間よ。だから、私はここを滞在先に決めたの。まあ、コンシェルジュに電話したりと面倒ではあったけれどね」

「・・・・・・・・・・・・ははっ、何だよそれ」

 ドヤ顔で胸を張るシェルディアを見たら、もう笑うしかなかった。

 やはりこの少女はどこかずれている。だが、それがシェルディアという少女なのだと影人は改めて思い知った。

「・・・・・・そうか。なら、もう受け入れるしかねえか」

 この少女は変わっている。それはもう疑いようのないことだ。

 でなければ、自分などを気に入ったからという理由だけで、ここまでしないだろう。

「ええ、受け入れなさい」

「ああ。・・・・・・・・・母さんとかにも嬢ちゃんが隣人になったって伝えとく。じゃあ、また明日」

「ふふっ、そうね。また明日」

 こうして、帰城家の隣に新たな隣人が増えたのであった。








「いやー、連華寺さんめちゃくちゃ強かったよね」

「ほんと、最後の龍とか反則もいいところだわ」

 影人が新たな隣人と話をしている間、陽華と明夜は公園のブランコに座りながら、昼間の模擬戦のことについて語り合っていた。

 陽華と明夜の家は昔からつき合いのあるお隣どうしだ。だから何か話したいことがあるときは、こうして夜の公園で話すということが2人の慣習になっていた。

「でも闘ってよかったよね。連華寺さんから色々アドバイスももらったし」

「うん。しかも週に1回だけど、私たちに稽古つけてくれるってことだし。本当にありがたいことだわ」

 模擬戦が終わった後、風音は2人に様々なアドバイスをくれた。それは戦闘の立ち回りについてのことや、光導姫の属性についてといったものだ。本来そのような内容は夏の研修で習うとのことだが、「これくらいは」ということで、話してくれた。

 しかも週末に1回だけだが、自分たちと模擬戦をしてくれるということになった。

 風音が言うには、「ぶっちゃけてしまうと、格上の相手と闘うことが1番手っ取り早く強くなれる」らしい。それはそうだろうが、どうして自分たちにそこまでしてくれるのかと問うと、風音は優しげな笑みを浮かべてこう言った。

「誰かのために強くなりたいという人に悪い人はいないから」

 どこか答えになっていないような気もしたが、それでも風音の優しさは陽華と明夜の心に響いた。

 そして今日はもう疲れているだろうからと、そこで今日は解散になったのだ。

 後は再び永島の運転するリムジンで、風洛高校の前まで送ってもらった。

 自分たちと風音を繋げてくれた光司はというと、どこか浮かない顔をしていたが、「君たちならきっと強くなれる」と自分たちに言ってくれて、今日はそのまま別れた。

「・・・・・・・私たちって本当に運が良いというか、恵まれてるわね」

「だね、いろんな人に助けられてる。・・・・・・でもさ、明夜。それってきっと感謝こそすれネガティブな気持ちを抱くのは違うよね。私、守る力を貰ったのに、守られてばっかりだってちょっと落ち込んでたけど、それももうやめる」

 吹っ切れたような表情を浮かべながら、陽華は親友の顔を見る。実はレイゼロールが襲来したときから、陽華は密かにそんなことを思っていた。だが、風音と闘って、その強さと優しさに触れてそんな考えはなくなっていた。

「・・・・・・・・そっか。陽華はやっぱり強いなぁ。その切り替えの速さが陽華の良いところだよね」

 ポツリと明夜みやがそう呟いた。幼馴染だからこそ、明夜には陽華の心の強さがよく分かる。昔から陽華は気持ちを切り替えるのが速いのだ。

「何言ってるの明夜。ポンコツなんだから、そんな難しいこと考えちゃ頭パンクしちゃうよ?」

「誰がポンコツよ!? ひどいじゃない陽華! 私せっかく真面目に話してたのに!」

 親友の不意打ちのような毒舌に、明夜は拗ねたような表情を浮かべた。普段はクールビューティー風の明夜だが、親友しかいない場では意外と感情的なのだ。

「あはは! そうそう、それでいいんだよ。明夜のいいところは、その単純さなんだからさ。だからさ、これからも単純にやることをやろうよ。・・・・・・私は明夜みたいに心が強くないから、時々落ち込んじゃうけど、その分ちゃんと気持ち切り替えるからさ。だから、これからも光導姫のお仕事がんばろう?」

「陽華・・・・・・・・・」

 陽華の明るくて暖かい言葉が、明夜の胸にみる。全く、この親友は昔から太陽のように暖かで優しい。言葉に出すのは恥ずかしいので、絶対に言わないが、陽華と親友になれたことは明夜の密かな自慢だ。

「・・・・・・・・そうね、頑張りましょう。あ、なら連華寺さんを超えるって意味でも、ランキング1位目指しちゃう? 目指すなら最強でしょ?」

「お、いいね! なら目指しちゃおう! でも、私達ランキング1位の人、どんな人か知らないけどね」

「それは連華寺さんに聞けばいいでしょ。ついでにランキングに入る方法とか、上げるやり方もね」

 2人は顔を見合わせながら、笑みを浮かべた。幼馴染で親友ということもあるが、それ以前に陽華と明夜は馬が合う。つまり、気が合うのだ。

「でさ、いつかあの人に・・・・・・・・・あの人の背中に追いつこう」

 そう言って陽華が拳を突き出す。あの人とは、固有名詞を出していないが、自分たちを何度も助けてくれた黒衣の怪人のことだ。

「ええ、追いついてやるとも。あのスプリガンにね」

 明夜は突き出された陽華の拳に自分の拳を、コツンとぶつけた。男っぽいが、これは昔から2人が約束をする時の仕草なのだ。

 そんな2人を祝福するかのように、優しい月の光が陽華と明夜を照らした。

 

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