第8話 フェリートVSスプリガン

 日が沈んだ神社に陽華の声が響く。辺りが暗くなったことで周囲にポツポツと明かりが灯ってゆく。

「・・・・・スプリガン、ですか」

 明夜に襲いかかったフェリートは、左手に光司と切り結んでいるもう1人のフェリートと同じように、闇色のナイフを出現させた。そしてそのナイフで自分の右手を拘束している鎖を断ち切った。

「・・・・・・・」

 スプリガンは断ち切られた鎖に視線を落とすと、面白くなさそうにフンと鼻を鳴らし、鎖は虚空に消えた。

「っ! このッ! 明夜から離れて!」

 陽華は未だスプリガンを見つめるフェリートに、高速の右ストレートを放つ。

「おやおや」

 フェリートは陽華の一撃を見ずに避けると、超速のスピードで後方に移動した。すると、光司と切り結んでいたもう1人のフェリートも、光司に強烈な蹴りを叩き込み後ろに退却した。

「ぐっ・・・・・・!?」

 腹部に手痛い一撃をもらった光司は、そのまま陽華と明夜のいる場所まで吹き飛ばされる。

「大丈夫!? 香乃宮くん!」

 明夜が地面に転がった光司に心配の声を投げかかけ、陽華と2人で光司を助けようとする。

「僕は・・・・・だ、大丈夫だ! それよりもッ!」

 光司はなんとか上体を起こし、2人のフェリートを睨み付ける。そして剣を再び握りしめると、必死に立ち上がろうとした。

「ダメッ! 無茶だよ香乃宮くん!」

「そうよ! あんな蹴りを受けたら普通の人は死んでるんだから!」

 陽華と明夜は深刻なダメージを受けても戦おうとする光司を止めようと制止の言葉を放つ。しかし、光司は痛みに歪む顔になんとか笑みを作った。

「本当に、大丈夫だよ、今の僕は・・・頑丈だからね。だから、まだ、戦え・・・・・ぐっ!?」

 ヨロヨロと立ち上がろうとする光司だが、その途中で激痛に顔を歪め再び地に沈んだ。陽華と明夜は半ば叫びながら光司の名を呼んだ。

「・・・・・・・・」

 スプリガンはそんな光司を一瞥すると、光司を介抱している2人にこう言った。

「おい、そこの2人。そいつを連れて速く逃げろ」

 並び立つ2人のフェリートに意識を向けながら、スプリガンは立ち塞がるように光司たちの前に移動した。

「ッ! ダメだよ! あなた1人だけ残るなんて!」

 陽華が泣きそうな声でスプリガンに叫ぶ。無理だ、スプリガン1人であいつに勝てるわけがない。

 しかしそんな陽華の思いなど、どうでもいいといった感じで、スプリガンは冷たい言葉を返す。

「・・・・・足手まといなんだよ。お前らは」

「っ・・・・・・・」

 その言葉に陽華の心は大きなショックを受けたが、同時にその冷たいほどの正論に陽華は打ちのめされた。そして、それは陽華だけでなく明夜も光司も理解していた。2人もスプリガンの正論に何も言い返せない。

「・・・・・・2人とも、ここは、退こう」

 苦しげに息を吐きながら、光司は自分を介抱してくれている陽華と明夜にそう告げた。

「ッ・・・・・・でもっ!」

「悔しいがっ・・・・・・彼の、言うとおり・・・・・だ!」

 陽華が迷いと葛藤のある目を光司に向けるが、光司は息も絶え絶えにスプリガンの背中を見つめる。

「・・・・陽華、ここは退きましょう」

「明夜・・・・・・」

 明夜が声のトーンを一定に抑え、感情の読み取れない顔でそう言った。

 つき合いの長い陽華だからわかる。明夜がこんな表情をするのは、様々な激情を瀬戸際せとぎわで抑えているからだ。

 親友のそんな顔を見た陽華はもはや何も言えなかった。

 そして明夜は光司の腕を自分の肩に乗せ、光司を立ち上がらせようとする。陽華も慌てて明夜と同じようにもう片方の腕を自分の肩に乗せた。

 フェリートの妨害が来ると覚悟していた陽華たちだが、意外にも2人のフェリートは何もしてこなかった。

 2人は光司を立ち上がらせると、光司に寄り添い、神社から逃げようと鳥居に向かって歩き始めた。そのまま退場するかに見えた3人だが、鳥居を潜ろうとする瞬間、光司が振り向いた。

「・・・・・・スプリ、ガン。今回は、感謝する、でも、僕、は、お前を・・・・・・・・・ゲホッゲホッ!」

「香乃宮くん!?」

 光司が激しく咳き込む。無理もない。あれほどの衝撃ならば、いくら守護者変身時が頑丈といえども、骨の1本くらいは折れているかもしれない。

「・・・・・・・・」

 スプリガンは何も答えない。光司は数瞬スプリガンを見つめていたが、すぐに陽華と明夜と共に神社から姿を消した。

 後に残されたのは、闇に溶け込むような外套を羽織ったスプリガンと、2人のフェリートだけだ。

「・・・・・・意外だな、あいつらを逃がすなんて」

 スプリガンがフェリートたちにそう語りかける。スプリガンが見ていた限り、フェリートの狙いは陽華と明夜だった。しかしフェリートはこの場から逃げさろうとしていた2人を追撃しなかった。

「ご冗談を。私が何かしようものなら、あなたが動いたでしょう?」

 スプリガンから見て右のフェリートが、かすかな笑みを浮かべながら反応を返した。確かにその通りだったのでスプリガンは何も言い返さなかった。その代わり、2人のフェリートを見て、辟易とした表情を浮かべた。

「・・・・・・・どうでもいいが、さっさとそのを解いてくれ。双子じゃないんだろ?」

「・・・・・・・なぜ分身だと?」

「視てたからな」

 そうスプリガンの金の瞳は、なぜフェリートが2人いるのかを捉えていた。スプリガンの金の瞳は視力が比較的に向上している。それは動体視力も含まれる。

 フェリートは最初の超速のスピードでの突進の時に分離したのだ。背中から分離したもう1人のフェリートは、空を蹴るとそのまま明夜の後ろに着地したのだ。

「いい眼をお持ちだ」

 フェリートはしみじみといった感じで目を細めると、指をパチッと鳴らした。すると、影人から見て左のフェリートが闇となりもう1人のフェリートに吸収された。そして、フェリートはニコニコとした顔でスプリガンに語りかける。

「では、私からも。あなたは――ですか?」

「・・・・・・・どういう意味だ」

「分かっているでしょうに。あなたの先ほどの力は私と同じ、つまり闇の力です」

 フェリートは一瞬恐ろしいほどの真顔になり、スプリガンを見つめた。つまり、フェリートはこう言っているのだ。お前も闇人かと。

「先ほどの守護者の少年があなたを信用できないと言ったのは、あなたの力が闇の力だと気づいたからでしょう。しかし、妙ですね。あなたが私と同じ闇人だとするならば、なぜ光導姫を助けたのです?」

 フェリートが芝居がかったような口調で、首を傾げた。その際、右目の単眼鏡モノクルが微かに揺れる。

「・・・・・・おしゃべりな奴だ。答える義理があると思うか?」

 おそらくもう3人は安全な場所に逃げたことだろう。ということは、必然的に陽華と明夜も変身を解除したはずだ。ということは、人払いの結界が解除されたということでもある。そうなると、この場所に人が近づいてこないとも限らない。

 だから、スプリガンは先に動いた。

「闇よ、つるぎせ」

 スプリガンがそう呟くと、右手に闇色の剣が現れた。そして、スプリガンは闇に紛れる黒い流星となり、フェリートに右上段から斬りかかった。

 しかしフェリートも同じように闇から剣を創造すると、涼しい顔でその一撃を受けた。

「これが答えですか・・・・・! いいでしょう、ならあなたを半殺しにして、もう一度聞きましょう!」

「やれるものならな・・・・・・」

 フェリートが左手に闇色のナイフを創造し、それを超至近距離から左手のスナップだけで放り投げる。それはスプリガンの左目を狙って飛んだ。

 スプリガンはバックステップでそれを避ける。しかしフェリートはその動きを予測していたようで、さらに左手から2本の闇色のナイフをスプリガンに投擲とうてきした。

「まだまだ!」

 フェリートはまるで餌を追う獣のように、剣を携えスプリガンに追撃をかける。

執事の技能スキルオブバトラーが1つ、分身ダブル

 駆けるフェリートから闇が分離し、フェリートの姿を形作る。先ほどの分身だ。そしてご丁寧にもその分身も剣を持っている。

「ちっ・・・・!」

 2本のナイフと2人のフェリート。その厄介な攻撃をスプリガンは全て捌かなくてはならない。

「剣よ! 鎖よ!」

 脳内にそれぞれのイメージを描きつつ、スプリガンは左手にもう1つ剣を出現させ、虚空から闇色の鎖を放った。

 鎖で高速で飛翔してくるナイフ2本を払い、スプリガンは二刀流で2人のフェリートに対応した。

 右手の剣を逆手に持ち、右のフェリートの一撃を受け止め、左手の剣で左から襲撃してきたフェリートと切り結ぶ。

 そしてスプリガンはその身体能力を生かし、右のフェリートとつばぜり合いをしている剣を逸らし、受け流す。その受け流した勢いで体を捻り、左のフェリートのこめかみに蹴りを叩き込む。

 分身のこめかみを蹴り抜いたスプリガンは、再びその勢いを利用して左足でかかとからの回し蹴りを本体のフェリートに放つ。

「くっ・・・・!」

 左のフェリートはスプリガンの蹴りを受け、消滅した。どうやら衝撃を与えれば分身は消えるようだ。

 一方本体のフェリートはスプリガンの左の蹴りを頭をそらして避ける。スプリガンは体勢を崩したフェリートを見て、両手の剣を2つの拳銃に変化させた。

「形状変化、銃」

 そして至近距離から闇色の弾丸を一斉掃射。体勢を崩したフェリートはまともに全ての銃撃を受けた。

「ぐっ・・・・・・!?」

 どうやらダメージは受けるらしい。闇人というものは光導姫以外の攻撃を受け付けないのではないかと危惧していたが、これならやれそうだ。

「闇のばんよ」

 未だ空中に浮いていたスプリガンは、空に1つ板きれのようなものを出現させた。そして右足でそれを蹴ると、一回転して地上に着地した。

(案外、動けるもんだな)

 スプリガン状態はまだ2回しか経験していない。正直、2回目で自分が動けるかどうか不安がなかったといえば嘘になる。

「・・・・・・全く、足癖の悪いお人だ」

 フェリートはまるで何事もなかったように、手を後ろに組んでスプリガンを見つめた。それを見たスプリガンは少しだけ目を見開いた。

「・・・・・・でたらめなやつだ」

「あなたが言いますか。しかし・・・・・・本当にあなたは何者ですか? 見たところ闇の性質は私と同じに見えますが・・・・」

 フェリートは単眼鏡モノクル越しに改めてスプリガンを観察した。先ほど剣だった闇は銃の形態に変化している。

(正直、この謎のスプリガンなる少年はあの守護者よりも厄介ですね)

 スプリガンの外見からおそらく少年であろうと予測した、フェリートは心中でそう分析する。はっきり言うと、自分がダメージを受けたのは随分と久しぶりだ。

(先ほどの攻撃は『執事の技能スキルオブバトラー』が1つ、頑強がんきょうで耐えましたが、私も油断していたようですね・・・・)

 フェリートの闇の性質は『万能』。自らの闇をありとあらゆる形態に変化させることなどが可能な性質だ。先ほどのスプリガンの銃撃も自らの体を闇で打たれ強く調整したから、フェリートはほとんどダメージを受けずに済んだのだ。

(さて、どうしかけますか――)

 フェリートがスプリガンにどう攻めるか思考していたところ、突如頭に自分が仕える主人の声が響いた。

『フェリート、時間だ』

「! おや、もうそんなに時が経っていましたか・・・・・」

 自分の主人――レイゼロールの声は一言自分にそう話しかけると、もう何も言わなかった。

 闇人はレイゼロールとの念話が可能だ。なぜなら、闇人の力の元はレイゼロールなのだから。しかし、その念話はレイゼロールから闇人への一方通行である。そこが難点と言えば難点だ。(ついでに言うと、闇奴は知能レベルが低く、言語を理解できないため、実質的に念話は意味を為さない)

「すみませんが、お楽しみはここまでのようです。しかし、このままでは私の失態という残念な結果しか主人に献上できません。ゆえに――」

 灯籠の光に照らされて、フェリートが、はあっ、とわざとらしいため息をつく。そして、静かな殺意の灯った目を正面の謎の少年に向ける。

「あなたの首か、腕の1本でも土産にさせていただきましょう」

「・・・・・・なら俺は痛みっていう土産をお前にくれてやる」

 スプリガンが二丁の闇の拳銃を構える。一方、フェリートは左足を大きく引き、右手を手刀の形にし、左の腰だめに構える。その様はまるで手刀による居合術のようだとスプリガンは感じた。

「あいにく、執事ですので痛みには強いですよ?」

「・・・・・・執事関係ないだろ」

 どこかずれている気がしないでもない敵に、スプリガンは少し呆れた。そして、ほんの数瞬、風の音だけがこの場を支配した。

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

 風に舞った木の葉がひらりと参道に落ちたその瞬間、地上の流星となったフェリートがソニックブームを発生させながら一直線にスプリガンめがけて駆ける。その際、参道の石畳はフェリートの踏み込みにより、破壊の跡が残る。

 それは人間はもちろん、上位の光導姫・守護者であっても知覚することはできない、まさに神速の一撃であった。フェリートは知覚外からの一撃――手刀を居合の要領でスプリガンの首に振るった。

「ちっ・・・・・!」

 しかしスプリガンは本来知覚することができないはずの一撃を視た。それは全ての視力を限界を超えて上げるこの金の瞳のおかげだ。

 今まさに自分の首をねようとするその手刀を避けようと一瞬の行動アクションを起こす。

 まず体を逸らして、コンマ数秒の時間を稼ぐ。そして両足をくうに投げだし、両手の銃を星がまたたく夜空に向ける。スプリガンの体勢は、まさにずっこけて今にも地面に後ろから激突するような体勢だ。

 その体勢のまま、スプリガンは両手の拳銃のトリガーを引いた。別に当てようと思って撃ったわけではない。その証拠に闇色の弾丸はフェリートにかすりもせず、虚しく空に消えた。

 ではスプリガンは何のために銃を撃ったのか。それは、拳銃を撃ったときの衝撃を利用するためだ。

 スプリガンは実際に本物の拳銃を撃ったことはない。当たり前だ、なにせ自分はただの平和な島国の少年なのだから。

 だが拳銃を撃つとき衝撃が発生することは知っている。それは例えば片手で拳銃を撃てば、一般人なら自分が後方に吹き飛ぶほどの衝撃だ。いやもしかすると、肩の骨が外れるかもしれない。

 先ほどスプリガンは空中で二丁の拳銃を撃ちまくった。その際にもその衝撃は発生していたのだ。スプリガンはその衝撃を以て、空中で数秒、銃撃を行えた。ではなぜ、初めて拳銃を使ったスプリガンが二丁の拳銃をまともに撃てたのか。それは簡単だ。スプリガンの身体能力は人間を凌駕している。それは筋肉・骨の強度も含まれている。

 ゆえにスプリガンはその拳銃の衝撃で通常よりも速く、地面に体を激突させることに成功した。そのせいで、フェリートの必殺の一撃は後ほんの少しというところでスプリガンの首を逃した。

 フェリートのその一撃は空を切り、その衝撃は夜空の雲の1つを綺麗に分断した。

「おっかねえな・・・・・・!」

 反転した世界からその光景を見たスプリガンは、思わず声を漏らす。あんなものを受けていれば、いかにスプリガン状態でも自分の首と胴体はおさらばしていたことだろう。

「っ・・・・・・!?」

 まさかこの一撃まで避けられると思っていなかったフェリートは、その顔を驚きの色に染めた。

 そして必殺の一撃を外したフェリートに訪れたほんの一瞬の隙。スプリガンは二丁の拳銃を虚空に溶かすように消すと、左手を右手に添えフェリートに伸ばした。

「闇よ、の者を貫け――望み通り、痛みをくれてやるぜ」

 地面に倒れたスプリガンはがら空きのフェリートの胴体に狙いをつけ、自分とフェリートの間の空間から、闇色の槍の先端を出現させた。

「ぐっ!?」

 フェリートはとっさに頑強を発動させたが、それでも超至近距離からの闇の槍はフェリートの胸と腹部の中間あたりを貫いた。

「がはっ・・・・・・!?」

 スプリガンは攻撃が通ったのを確認すると、すぐさま立ち上がり後方に跳んだ。フェリートの体は槍で貫かれた後だけが残り、血のような黒い液体を口と貫かれた場所から流している。

「・・・・・驚いた、お前らにも血は流れてるんだな。まあ、色は違うが」

 灯籠の光に照らされたフェリートが流した液体を見て、スプリガンはそんな感想を漏らす。貴族の血は青いと昔は言ったらしいが、どうやら闇人の血は黒いらしい。

 スプリガンが冷めた目でフェリートを見つめる。その目を見たフェリートは、この謎の少年に恐怖を覚えた。

(まったく、恐ろしい少年だ・・・・・・!)

 確かに自分は全力を出してはいなかった。だが、先ほどの一撃は限りなく全力に近い一撃であった。先ほど退却した守護者と光導姫ならば、反応すらさせずに殺せただろう。しかし、スプリガンと呼ばれたこの少年は、その一撃を避けあまつさえ反撃まで行ってきた。フェリートは闇人になって随分と長い古株であるが、今までこのような力と身体能力を持った人物とは戦ったことがない。

(ここは、もう退くしかないですね・・・・・)

 光導姫を殺すという本来の任務も達成できず、守護者の1人も殺せていないが、ここは退くしかない。自分からお任せくださいとのたまってこの様だ。大失態もいいところだが、腹部あたりから流れる闇人の血がこの状況を許さない。

 闇人は光導姫にしか浄化されない。それは闇奴も同じだが、この黒い血を流してしまうと闇の力が一時的に下がってしまう。ゆえに今、フェリートは弱体化している。

 退くと決めると、フェリートは弱体化している闇の力を振り絞り、2つの力を発動させた。

「・・・・・あなたのことは、覚えておきますよ・・・・・!」

 闇人といえど痛覚は存在する。腹部近くの激痛に顔を歪ませながら、フェリートが左目の裸眼と右目の単眼鏡からスプリガンを睨み付ける。

「ぐっ・・・・・・執事の技能スキルオブバトラーが1つ、幻影ファントム回復リカバリー

 フェリートがそう呟いた瞬間、辺りが霧に包まれ、廃墟のような建物の空間に変わった。そして正面にいたはずのフェリートの姿は今はどこにも見当たらない。

「これは・・・・・・」

 スプリガンは突然の景色の変化に戸惑ったが、まさか急に神社が廃墟に変わるはずがない。おそらく、これは幻影というやつだろうと見当をつける。

「なら・・・・・・闇の鎖よ」

 スプリガンは周囲の空間から闇色の鎖を召喚した。そしてその鎖を今さっきまで、フェリートがいた場所に向かわせる。

 これが幻影ならば、負傷を負ったフェリートはその場から動けないはずだ。

 しかし、スプリガンの考えとは裏腹に鎖はただ空間を漂うだけだ。

「いない・・・・・?」

 では奴は一体どこへ――スプリガンがそう考えていると、突如辺りの光景が元の神社に戻った。やはり幻影だったようだ。

 しかし、フェリートの姿はやはりどこにも見あたらなかった。

「退いたか・・・・・」

 フェリートの姿がないことを確認したスプリガンは、先ほどの幻影が退却するための時間稼ぎだということに気がついた。先ほどの負傷で動けたのは意外だが、逃げられたものは仕方ない。

「まあ、俺の仕事は終わってるしな・・・・」

 そもそも自分の仕事は、陽華と明夜を守ることだ。その目的は果たせたので、これ以上自分がどこに逃げたかもわからない奴を追う理由はない。

解除キャンセル

 スプリガンがそう呟くと、変身が解除された。後に残ったのは、学生服の前髪が長すぎる冴えない少年と、黒い宝石のついたペンデュラムだけだ。

「・・・・・・神社の人かわいそうだな」

 スプリガンから帰城影人に戻った少年はフェリートが破壊した石畳を見て同情の念を抱いた。いったい、修繕費はいくらなのか。

「まあ、俺は悪くないし・・・・・」

 人ごとのような感想を置いて、影人は林から鞄を取って帰路についた。

 今日のアクロバティックな動きから、明日の筋肉痛が確定している影人は少し憂鬱な気分になった。

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