第6話 男神ラルバ
光司と明夜とスイーツを食べた翌日、陽華は物思いに
今は午後の授業中だが、陽華の思考は授業には全く関係ないものだ。
(香乃宮くん、ラルバ様って方に会わせてくれるって言ってたけど、いつになるのかな・・・・)
無論わかっているのだ。光司にそのことを頼んでまだ数日しか経っていない。そんなにすぐにはラルバには会えないだろう。
ましてや陽華が会いたいと言っている相手はソレイユと同じく神だ。
だが、陽華には
(スプリガン・・・・・)
自分を助けてくれた謎の男。光導姫に変身した自分と同じく、人間離れした身体能力に不思議な力を持つ存在でもある。陽華が彼について知っているのは、『スプリガン』という名前だけだ。きっとスプリガンというのは本名ではないだろう。だが陽華は彼をその記号でしか呼ぶことができない。
(私、最近あの人のことばっかり考えてる)
彼に助けられ、出会ってしまったあの日から、陽華はスプリガンのことを考えない日はなかった。彼のことを考えていると不思議な気持ちになる。胸のあたりが暖かく、心臓がいつもより速く鼓動を刻んでいる気がする。
(・・・・変な気持ち)
この気持ちが恋なのかどうか陽華にはわからない。もしかしたら恋かもしれないとは何度か思ったが、やはり陽華には確たる気持ちはわからない。
なぜなら陽華は今まで恋というものをしたことがないからだ。周囲の女子達が恋に興味を示しだしたときも、陽華はおいしいご飯と体を動かすことに興味を引かれていた(それは今もだが)。
そんなわんぱく小僧のような性格を今の今まで貫いてきたせいで、陽華は自分の気持ちがわからない。なんとまあ、情けないことだろうか。
(・・・・・・・というか、そのラルバ様がスプリガンのこと知ってるかも、まだわからないんだよね)
光司という守護者を見て、陽華はスプリガンが守護者だと推測しているが、実際にスプリガンが守護者かどうかはわからない。
本当に彼は謎の存在だ。
(また・・・・・・会えるかな)
気がつくと、授業終了を告げるチャイムの音が響いていた。
「あ、朝宮さんに月下さん」
授業が終わり、家に帰るべく正門を潜ろうとすると光司が声を掛けてきた。どうやらここで自分たちを待っていたようだ。
「どうしたの香乃宮くん?」
明夜がキョトンとした顔で光司の顔を見る。今日は書道部が休みなので陽華と一緒に帰ろうとしていたところだ。
風洛の名物コンビと有名人の会話に、下校しようとしていた生徒たちは興味を引かれたようで、3人に視線が集まった。
「ちょっといいかな?」
光司はそう言うと、どことなく歩き出した。どうやらついてこいということらしい。
陽華と明夜はお互いに顔を見合わせると、うなずき合い光司の後に続いた。光司と知り合いになって以来、光司は信頼できる人物だということは二人ともわかっていたので不審な気持ちはない。
しばらく光司の後をついて行くと、光司はとある喫茶店の前で止まった。
住宅街の中にポツンとある古い外装の喫茶店である。
「ここだ、入ったら説明するから、もう少しだけ我慢してほしい」
光司は振り返って申し訳なさそうに言うと、喫茶店の扉を開けた。チリリンと心地よい鈴の音が響く。
光司が扉を持ってくれているので、2人は礼を言うと中に入った。
正直、陽華と明夜はこんな所に喫茶店があること自体知らなかったが、中は至って普通の喫茶店だった。ただ店内にはお客は誰もいない。
カウンターがあり、そこには固定されたイスが5台ほど並んでいた。テーブル席は4人掛けが2セット、2人掛けが2セットという定番のレイアウト。どこからともなく聞こえてくる、クラシック音楽。
「・・・・・いらっしゃい」
光司が扉から手を外し、バタンと扉が閉まると、そんな声が発せられた。
その声がした方向を見ると、そこには一人の女性がいた。
グラスを磨きながら、こちらに目だけ向けてくるその女性は、一言でいうと暗い感じだ。ただ、その濡れるような黒髪に、全く日に当たっていないのではと疑うような白すぎる肌に端正な顔のせいか、「
「こんにちは、しえらさん」
光司が爽やかな顔でしえらと呼んだ女性に挨拶する。それに対し、しえらと呼ばれた女性は「・・・・・ん」とだけ言って、再びグラス磨きに戻った。
「・・・・・もう奥に来てるよ」
「ありがとうございます。朝宮さん、月下さん、こっちだ」
ボソッとしえらがこぼした言葉に、光司は感謝の言葉を述べると、2人を先導して喫茶店の中を進んでいく。
てっきりここで座って何か説明を受けるものだと思っていた二人は、困惑しながらも、光司に続く。光司はそのまま奥の方のトイレがある通路まで行くと、正面の関係者以外立ち入り禁止と書かれたプレートの扉を開けた。
「香乃宮くん!? ここ入ったらダメなんじゃ・・・・・」
「大丈夫だよ」
明夜の心配の声に光司は笑って返す。扉が開かれると、突然暖かな光が陽華と明夜の視界を覆った。
「! わあ・・・・・!」
「すごい・・・・・」
「ははっ、確かに初めては驚くよね」
そこには美しい庭園が広がっていた。色とりどりの花に、手入れされた木、それらが日の光を浴びて、キラキラと輝いている。
そんな幻想的ともいえる庭に二人は少し見とれていると、どこからか声が聞こえた。
「いい庭だろ? 俺も気に入ってるんだ」
そんなセリフと共にこちらに近づいてきたのは一人の青年だ。
年の頃は20代くらいだろうか。パーカにジーンズというラフな格好の年若い青年だ。ただ、他と違う点を挙げるとすれば、彼が絶世ともいえる美青年というところか。
おそらく地毛であろう金色の髪は、陽光を受けそれ自体が輝いているのではないかと錯覚するほどで、その瞳は蒼穹の空を閉じ込めたような青。顔はまるで作り物のように完璧なバランスだ。だが、彼が作り物でないと証明するように、その顔には笑みが広がっている。どことなくヤンチャ坊主を想起させる笑みだ。
そんな完璧で絶世の美青年の姿に陽華と明夜は言葉を失った。彼の前では芸能人やアイドルですら霞んでしまうだろう。
「はあ・・・・全く、2人とも驚いているじゃありませんか」
「え? 何でだよ?」
「あなたの見た目のせいです!」
光司が珍しくその礼儀正しい態度を崩して、その青年と話している。そして、気を取り直したように、陽華と明夜に向き直る。
「コホン! ええと、ごめんね朝宮さんと月下さん。まずはこの方の紹介だけど、――このお方が、僕たち守護者の生みの親、いや神か。男神ラルバ様だ」
「「え?」」
突然のその事実に陽華と明夜はそろって声を上げる。
「やあ、うら若き光導姫のお二方。俺がラルバです。以後、お見知りおきを」
ラルバは丁寧に2人に向かって腰を曲げると、まるで執事のように挨拶した。
「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」
美しい庭園に二人の絶叫がこだました。
「いやー、悪い悪い。どうやら驚かせちまったようだな」
カラカラと笑うとラルバは頭を掻いた。場所は変わらず喫茶しえらの美しい庭園だ。庭の木の下に備え付けられた白い丸テーブルと、精緻なデザインのイスにラルバに光司、陽華と明夜は腰掛けていた。
「まあ、まずはお茶でも呑んで、リラックスしようぜ。ここの紅茶は本当にうまいからさ」
そう言ってラルバはあらかじめ用意されてあったティーカップに、テーブル中央に置いてあったポットから紅茶を注いだ。まずは自分のカップになみなみと紅茶を注ぎ、続いて明夜のカップに紅茶を注ごうとする。
「いや自分でやりますから! 神様にお茶を入れさせるなんて、恐れ多すぎるので!」
明夜が慌ててラルバを止めようとするが、ラルバは笑って明夜を制した。
「いいから、いいから。ここは俺に任せてくれって、これでもお茶汲みには自信があるんだ」
「で、でも・・・・・」
「気にしなくていいよ、月下さん。この
「言いやがったな光司? そこまで言うならよく味わいやがれ」
光司の言葉もあり、おとなしくカップを差し出した明夜の元に紅茶が注がれていく。続いて陽華のカップ、最後に光司のカップに紅茶が注がれていく。
「さあ、冷めない内に」
「じゃ、じゃあ・・・・」
「いただきます・・・・」
そう言って陽華と明夜は紅茶を口にした。暖かい紅茶が二人の口を潤した。
「あ、おいしい」
「本当だ、すっごいおいしい!」
「だろだろ? ふふん、見たか光司、俺のお茶汲みの才能を」
二人の感想からドヤ顔で光司に向き直るラルバ。光司はお茶を一口飲むと、こう言った。
「確かにおいしいですけど、これラルバ様がうまいというより、しえらさんの紅茶がおいしいだけでは?」
「バカ野郎! 確かにしえらの紅茶がうまいのが99パーセントそうだが、残りの1パーセントは俺の入れ方がうまいんだよ!」
光司の言葉にムキになるラルバ。なんだか子どもっぽい神様だなと陽華と明夜は思った。
「あはは・・・・なんだか香乃宮くん、いつもと違うね」
「うんうん、確かに。なんだか年相応っていうか何て言うか」
陽華と明夜がこそこそと話していたのをラルバは聞き逃さなかった。
「ほう、お二方。普段の光司は一体どんな感じなんだ?」
「ちょっと、ラルバ様!」
光司がどことはなく恥ずかしそうにして、ラルバに顔を向ける。ラルバはそんな光司を宥めるように手を向ける。
「ええっと、普段はとても礼儀正しくて・・・・」
「学校の女子の人気ぶっちぎりの1位です」
陽華に続いて明夜がキリッとした顔で言葉を続けた。その言葉を聞いたラルバは「ほーう」とニヤニヤした顔で光司を見た。
「へえー、お前普段そんななのか。ガキのころから知ってる奴が、俺の知らない一面を身につけてるってのは複雑というかちょっと悲しいな」
「・・・・・ほっといてください」
プイッとラルバから顔を背けた光司はまだ湯気が立っている紅茶を飲んだ。その仕草がなんだかひどく子どもっぽい。
「あの・・・ラルバ様は香乃宮くんのことを小さい時から知ってるんですか?」
明夜がおずおずといった感じでラルバに質問する。確かに今の感じだとラルバは光司を小さい頃から知っているように思えた。
「まあね、詳しい事情は言えないけど、俺は光司を小さい頃から知ってるし、光司も俺とは長い付き合いなのさ」
ラルバはチラッと光司を流し見ると、口角を上げた。光司は変わらず紅茶を味わったままで何も言わない。
「さて、んじゃそろそろ本題に入ろうか」
ラルバは少し真面目そうな顔つきになると、陽華を見た。
「朝宮陽華さんだっけ、君は俺に何か聞きたいことがあるそうだね?」
「は、はいッ!」
そうだ、光司は陽華の願いのためにラルバに会わせてくれたのだ。正直、なぜラルバがこちらの世界にいるのか、なぜ人間のような格好をしているかなどの疑問はあるが、今はそれはどうでもいい。
陽華はすぅと深呼吸すると、ラルバの吸い込まれるような瞳ををしっかりと見てこう言った。
「ラルバ様、守護者の中にスプリガンという人はいますか?」
ある種の決心と共に陽華はラルバにその質問をぶつける。もしかすると――そんな期待が陽華の胸の内にせり上がってくるが、しかしラルバの答えは、陽華の期待していたものではなかった。
「スプリガン? いいや、俺は今まで全ての守護者に与えてきた2つ名は覚えてるが、そんな守護者はいないし、いなかったな」
「そう、ですか・・・・・」
もしかしたらと思っていた唯一の答えがこれで、完全に否定された。スプリガンという少年はまた謎の存在へとなった。
「そのスプリガンって奴は一体どういうやつなんだい?」
ラルバが当然だがそんなことを聞いてくる。そこで陽華はスプリガンと名乗った謎の少年のことをラルバに話した。
「・・・・・なるほど、人間離れした身体能力に、謎の力か・・・・・・確かに、新人の光導姫の君らならそいつを守護者と思っても無理はないね。だけどね、そいつが守護者というのは、ありえないんだ」
「え? 何でですか?」
ラルバの言葉に明夜が疑問の声を上げる。その疑問は陽華も思ったことだ。
「守護者というのは光導姫を守る存在だ。守護者には光導姫と同じように、人間離れした身体能力はあっても、君たちのような特別な力はないんだよ。守護者の他の能力はというと、武器を一つ召喚できるくらいしかない」
「じゃ、じゃあ、スプリガンは一体何者なんです?」
「それは俺にもわからない。男は光導姫になれないし、守護者を生み出せるのは俺だけだ。別に疑っているわけじゃないが、君たちの言うスプリガンという奴が本当にいるなら、それは神の俺にもわからない謎の存在だ」
ラルバは何か警戒したように思案顔になる。隣で話を聞いていた光司もひどく驚いた顔をしている。
「ソレイユにはこの話は?」
「あ、はい。もうお話しました。ですが、ソレイユ様も何も知らないって・・・・・。一応、ソレイユ様もスプリガンは守護者ではないだろうって、言っておられたんです。でも、それでも・・・・!」
ラルバの問いに陽華は言葉を振り絞った。そうだ、わかっていた。スプリガンが守護者ではないであろうことは。前にソレイユと会ったときにそう言われた。
だが、諦めきれなかった。もしかしたら、万が一でもスプリガンは守護者かもしれない。光司という守護者に助けられた陽華は彼にスプリガンを重ねた。
「陽華・・・・・」
明夜が親友の名を呼ぶ。正直、明夜には陽華がどうしてもう一度スプリガンに会いたいのかわからない。確かに明夜ももう一度スプリガンに会いたいとは思う。だがそれは、しっかりと彼に感謝の言葉を言いたいからだ。親友と自分の命を助けてくれたスプリガンに明夜はそっけない言葉でしか、感謝の言葉を伝えていない。
「・・・・・そんなにそいつに会いたいのかい?」
陽華の態度から何かを察したのだろう、ラルバは陽華にそう問いかけた。
「は、はいッ! も、もう一度だけでも彼に、スプリガンに会いたいんですッ!」
「ッ!?」
頬を上気させながら自分の思いを話す陽華を見て、ズキリと光司の心が痛んだ。
(何だ・・・・・なぜ僕の心は痛むんだ?)
光司が正体不明の痛みに困惑している間に、ラルバはほんの少し口角を上げて空を見上げた。
「そうか、いいねえ青春だ」
「え?」
ラルバの言葉に陽華は不思議そうな顔をした。どうやら、まだちゃんとは自分の思いを理解していないようだ。
ラルバはそんな陽華を見て心が暖かくなった。そして再び陽華の顔を見ると、こう言った。
「よし、俺の方でも色々調べてみよう。俺もそのスプリガンってヤロウは気になるしな」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「よかったね、陽華!」
陽華が花が咲いたような笑顔で、ラルバに感謝の言葉を述べる。明夜も嬉しそうに陽華の肩を叩いた。ただ、光司だけが複雑そうな顔をしている。
「さて、真面目な話も終わったし、お茶会を楽しもうか!」
ラルバがパンと手を叩き破顔した。ラルバの言葉通り、それから一同はお茶会を楽しんだ。
「そういえば、今更なんですけど、ラルバ様はなんでこっちの世界にいることができるんですか?」
紅茶を飲み干した明夜が本当に今更ながらその事を聞いた。
「ん? ああ、確かに俺たち神は普段は神界にいるけど、別にこっちの世界に来れないってわけじゃないんだ。ただ、こっちの世界では君たちと同じ肉体で活動してるから、色々と不便ってだけなんだよ」
「へぇー、そうなんですか。じゃあ、ソレイユ様もこっちの世界に来ることができるんですか?」
ラルバの話を聞いていた陽華が明夜に続けてそんな質問を投げかける。
「確かに、ソレイユもこっちの世界に来ることはできるけど、それは難しいな」
「え? 何でですか?」
「ソレイユが忙しすぎるからだよ。ソレイユは、レイゼロールの闇奴を唯一浄化することのできる光導姫を生む神だ。今も闇奴は世界のどこかに出現しているかもしれない。ソレイユは世界中から闇奴の気配をいち早く察知して、光導姫に知らせ、必要があれば転送しなければいけない。それをするには神界に留まるしかないんだよ。こっちの世界に来ると、神の権能は使えないからね」
ラルバはゆっくりとその理由を語った。一見、無表情に見える顔にどこか苦悩に満ちたような瞳を伏せながら。
「そんな・・・・じゃあ、ソレイユ様に自由な時間はないんですか?」
明夜が信じられないといった顔でラルバを見た。
「ないことはないよ。レイゼロールもどこかで休息は取るだろうしね。ただそんな時間は限りなく少ない。しかも、神界にいる神は睡眠も食事も取らないで平気だからね。ソレイユがこっちに来たのなんて、それこそ何百年前になるかな」
陽華と明夜は絶句した。前に神界に行ったときは、そんな感じは毛ほども感じなかった。あの慈愛と優しさに満ちた女神の姿が2人の脳裏に蘇り、2人はどうしようもない、悲しい気持ちを抱いた。だが、それよりも2人の心にはソレイユに対する感謝の心を抱いた。
「ソレイユ様・・・・・いつも私たち、人間のために頑張ってくれてるんだね」
「そうね・・・・・ソレイユ様のために私たちができることは一つしかないわ、陽華」
「うん、明夜」
二人はガシッとお互いの手を握ると、息を合わせて宣言した。
「「私達がレイゼロールを倒して、ソレイユ様を自由にする!」」
決意に満ちた2人を見たラルバは、目を見開いて、やがてその優しさに思わず笑みがこぼれた。
(ソレイユ、お前が選んだ子たちはとても優しいな・・・・・)
ラルバは心の中でそう呟くと、隣の光司を茶化した。
「だとよ、光司。お前もしっかりこの子たちを守ってやれよ?」
「わかってますよ! 2人は僕が守って見せます!」
ムッとしたような顔で光司はラルバに向かって宣言した。光司のその言葉に、陽華と明夜は「ありがとう、香乃宮くん!」「これかもよろしくね!」と感謝の気持ちを述べる。
「もちろん。僕からも改めてよろしくお願いするよ」
光司はいつもの爽やかな笑顔で言葉を返した。
「さてと、んじゃ俺はそろそろ行こうかね」
ラルバはそう言って席を立った。
「え? どこかに行かれるんですか?」
「ああ、ちょっと観光にね。実は君たちと会ったのも、今度は日本に行こうと思ってたのが、ちょっと理由として入っててね。ほら、俺はソレイユほど忙しくないし、たまにはこっちの世界を観光するんだよ」
陽華の問いに笑って答えたラルバは、そのまま陽華たちが入って来たドアに向かった。
「あ、お茶のお代は気にしなくていいからね。俺は、いっつもしえらにツケてもらってるし。じゃあね、お嬢さん方、また会おう」
ラルバはそう言うと、ドアを開けて庭から出ていった。後に残された陽華と明夜はちょっとポカンとしている。なにせけっこう突然だったからだ。
「まったく、あの
「え、そんな悪いよ、こんなにおいしい紅茶頂いたんだから、私たちも払うよ」
「そうよ香乃宮くん。私たちも払うから受け取って」
陽華と明夜が急いで自分たちの鞄から財布を取り出そうとするが、光司はそれを
「本当にいいよ。僕も楽しかったしね、でもその様子だと納得はしてもらえなさそうだね・・・・・わかった、ならまた今度ここに来てあげてくれないかな。しえらさんもきっとその方が喜ぶだろうしさ」
2人の表情から、絶対に納得しないだろうと悟った光司は、少し苦笑いでそう提案した。光司の提案に2人はしぶしぶといった形で納得した。
「まあ、それなら・・・」
「うん。その方が確かにお店の人も嬉しいだろうし・・・・」
明夜と陽華はお互いに顔を見合わせた。そして光司に向き直ると、2人はお礼の言葉を口にした。
「じゃあ、今日はごちそうさま。本当においしかった! 絶対にまた来るね!」
「今日はありがとう香乃宮くん。また友達にも教えとくわね」
光司は「どういたしまして」と返すと、ふと表情を変えてこう続けた。
「二人とも誤解しないでほしいんだけど、ラルバ様はただ観光してるわけじゃないんだ。ソレイユ様が神界から出られないから、ラルバ様はソレイユ様に観光話やお土産をもっていくんだよ。ラルバ様自身も決して暇ではないって言うのにね」
ラルバという神は優しくてとても暖かな神様だ。光司は子どもの時から、それを知っている。だから同じく心優しいこの2人には、ラルバのことを誤解してほしくなかった。
光司のその話に2人は一瞬キョトンと目を合わせると、笑い合った。
「あはは! そんなの話してたらわかるよ! ラルバ様がとってもいい神様だってことは!」
「誤解なんて全然! でも香乃宮くんは本当にラルバ様のことが好きなのね!」
「な!? そ、それは違うよ月下さん! 僕はただ、守護者の神がいい加減な神様じゃないって、言いたかっただけで――!」
明夜の言葉につい本心とは違う言葉が出る。顔が熱い。きっと今自分の顔は赤いだろうなと、恥ずかしい気持ちとは客観的に光司は思った。
こうして本日の神様とのお茶会は幕を閉じた。
三日月が映える夜。光司たちと分かれ東京を観光していたラルバは、小さな公園で夜空を見上げていた。
(謎の存在スプリガンか・・・・・)
人間離れした身体能力に、特別な力。まるで男性版の光導姫のような不思議な存在。陽華の話を聞いた後から、正直ラルバの思考はこいつのことで頭がいっぱいだ。
(光導姫を助けたってことは、敵じゃないのか・・・・・いかんせん、俺もソレイユも知らない謎の怪人だ。今はまだ警戒しといたほうがいいな)
陽華には悪いが、本当にそのような存在がいるなら、まずは警戒しなくてはならない。それが例え、光導姫の命を救ったとしても。
(数日前にソレイユから新人の光導姫に、実力のある守護者をつけてやってほしい、って言われたときも妙だと思ったが、まさかソレイユが何か企んでるのか?)
考えて、いやないないとラルバは首を横に振った。ソレイユとはそれこそ何千年の付き合いだが、ソレイユはそんなことをする神ではない。
(というか、好きな女を一瞬でも疑うなんて俺はバカか!?)
ラルバは余計に首をブンブンと横に振った。実は、ラルバはソレイユにずっと片思いしているのである。
しばらく夜風に当たって頭を冷やそうと、そのまま公園のベンチでゆっくりしていると、三日月が雲に隠れてしまった。そのせいで公園は先ほどよりもさらに暗くなった。
「・・・・・俺の知らないところで何か動いてるのか?」
ポツンと呟いた言葉は無人の公園に溶けて消えてゆく。1
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