陸の人魚は夜に出会う5



 ダラムコスタの町はレンガ造りの建物がひしめき合うように建てられた、このあたりで一番の大きな町だ。

 馬車が停まったのは目抜き通りで、まずはそこからラファティの家へ向かう。一本内側に入ると、馬車がすれ違えないような細く入り組んだ道が多いので、歩いていくほうが便利なのだ。


「きょろきょろするなよ、田舎者」


 漁村育ちのメリッサにとっては見たことのないものばかりで、いろいろなものに視線を奪われながら歩いていたら、カイルがそれをたしなめる。


「おまえ、田舎者丸出しだとなめられて、変なもの売りつけられたり、スリにあったりするからな」


 言い方には問題があるが、ようはメリッサが町で危険な目に遭わないように助言をしているのだ。

 出会って間もないが、彼の口の悪さの裏側になんとなく優しさを感じて、メリッサはなにを言われてもあまり傷つかなくなっていた。

 ちなみに、傷つかないからと言っても、腹が立たないわけではない。その二つが全く別の話なのだということをメリッサは彼とのつき合いではじめて知ったのだ。


 カイルに先導されて向かったのは通りから一本内側にあるラファティの薬局だった。

 レンガ造りの壁に蔦が絡む小さな家、正面の入り口には木製のつり下げ看板があり、大きく『薬』と書かれている。

 カイルがその扉を開けると、からんころんという小気味がよい音の鈴が鳴る。

 扉の開いた瞬間、懐かしい香りがメリッサの鼻をくすぐる。同じ薬草をあつかっているせいか、薬師の作業場はどこも同じような香りがするのだ。


「いらっしゃいませ、あら? アルフォード様……」


 応対したのは凜とした雰囲気の女性だ。年齢はメリッサよりは少し上、カイルと同じくらいだろう。彼女はカイルが連れているメリッサのことを不思議そうに見ていた。


「これは、うちで雇ったメリッサ・シーウェルという者だ。いちおう、薬師の資格持ちで……ラファティ殿は?」


「そうですか。私はここの助手でウィレミナです。よろしくね? メリッサさん。……師匠は、奥の作業場ですので、呼んでまいります」


 メリッサに対し、笑顔で自己紹介をしたウィレミナは、ラファティを呼ぶために店の奥へと消えていく。



『ちょ、ちょっと師匠せんせい! 人に店番させて昼寝するのやめてくれませんか?』


『うーん、僕は夏が苦手なんだよ。ウィレミナ君も知っているでしょう? 涼しい夜に仕事をするとどうしても……ふぁ……』


『お得意様がいらしてるんです! アルフォード様ですよ!? 子供じゃあるまいし、夜更かしはほどほどに! あいさつぐらいしてくださいよ』


 メリッサたちに聞こえないと思っているのか、先ほどの丁寧な応対とは打って変わって師匠に対して厳しいウィレミナの大きな声が、二人のところまで聞こえてくる。


 しばらくして戻ってきたウィレミナは、扉を開けた瞬間から客商売用のほほえみが顔に張りついていた。


「もうすぐ参りますので、座ってお待ちいただけますか?」


 店の中に用意されているのは木製の簡素な椅子だ。よく売れる薬は成人用の分量をあらかじめ計って紙で包んでおくのだが、場合によってはその場で薬を調合し、客の症状に合わせて処方することもある。そういう場合は客をまたせてしまうので椅子が用意されているのだ。


「ご丁寧にどうも」


 カイルが遠慮なく腰を下ろしたのを見て、メリッサもそれに続く。しばらくして白衣の男性が店の奥から顔を出す。


「いやぁ、おはようございます」


 のんびりとした口調の男性はぼさぼさとした茶色の髪をひとつに束ね、なんとなく曇っているような印象の四角い眼鏡をかけた三十代くらいの人物だ。



(なんか、とてつもなく怪しい……人魚っぽい?)



 人魚同士には互いの存在を認識できる能力などないのだが、メリッサ自身の身なりや父や兄の外見と比べて、似たり寄ったりだと彼女は感じた。


「…………」


「…………君は?」


「あ、はじめまして。オルシーポートという村から来ました、メリッサ・シーウェルです」


「あ、どうも。ヴィンス・ラファティです」


 そのまましばらくメリッサとラファティは見つめ合ったまま硬直していた。互いに眼鏡の奥に隠された瞳の色を見定めようとしているのだ。



(間違いない、ラファティ師匠せんせいは同族だ!)



 瞳の色の変化を見たわけではないが、メリッサはそう確信した。そしてラファティも同じように感じているはずだと思った。

 だが、カイルやウィレミナの前でそんなことを確認するわけにもいかず、この場は互いに人間として接するしかない。


「それで、今日この者を連れてきたのは……」


 カイルがラファティに、メリッサを雇っている経緯、腕のよい薬師で助手を探している人物がいないか教えてほしいと告げる。


「うーん。そうですねぇ……。今は思い当たりませんけれど、私も知人をあたってみます。若い女の子なら、信頼できる人物じゃないとあずけられませんしね。そうだ! 今度、お屋敷の仕事が休みのときに、あなたの実力を確認させてください」


 それは真っ当な提案だった。実力のわからない人物を他人に紹介などできない。わざわざ実力を確認する機会を作ってくれるのだとしたら、彼は真面目にメリッサの働き口を探すつもりがあるということだ。


「ありがとうございます! よろしくお願いします」


「よかったな、地味眼鏡」


 その後、あらかじめ依頼しておいたマーガレット用の薬を受け取り、二人は薬局をあとにする。


 メリッサの予想では、マーガレットの薬には人魚の血が混ぜられている。同族とのつながりができそうなことは純粋に嬉しいが、マーガレットにこれ以上いい薬を与えられる可能性がなくなり、胸がもやもやとした。

 できれば早いうちに、ラファティと二人で話す機会を作って、マーガレットを救う方法についても彼から聞きたいとメリッサは考えた。


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