第3話 春人くんの「好き」

 小学校のとき。声も図体もでかくて、やることなすこと熱苦しいお兄ちゃんの陰で、春人くんはいつもニコニコしていた。背が低くて華奢で、目尻が垂れた目が印象的な、おっとりとした男の子だった。話し方ものんびりとして、そばにいるだけでふわふわとした気分になった。やんちゃだったあたしより、ずっと物静かで、性別が逆だったらよかったのに、なんて親によくからかわれたものだ。

 そんな春人くんがどんどん子供らしさを失っていくのをあたしは間近で見ていた。顔つきも、声も、身体のラインもみるみるうちに変わっていった。その変化を目の当たりにして、戸惑って、そして焦った。早く追いつきたいと思っても、目線は合わなくなっていくばかり。見上げて話すようになって、隣に座っても肩が触れるようなこともなくなって。そして、ぱたりと春人くんが家に遊びに来ることはなくなった。

 二人が中学を卒業したくらいからだったと思う。受験前まで、しょっちゅう、うちに来て、お兄ちゃんとゲームしたり漫画読んだりしてたのに。春人くんの姿は、あたしの前から幻のように消えてしまった。

 もともと、見た目も性格も正反対の二人。お兄ちゃんは小学校のときから野球少年で、春人くんはそろばんとか書道とか習っているようなインテリ少年だった。二人とも違う高校だし、それぞれ、新しい友達もいるだろうし。二人が遊ばなくなるのも仕方ないことだ、て理解はしてたけど、寂しかった。もう三人で遊ぶこともないんだろうな、て悟って、自力で春人くんに会うしかない、て思った。

 だから、春人くんに会いたくて、必死に勉強して、同じ高校に入った。春人くんを驚かせたくて、受験する前から、親にもお兄ちゃんにも口止めして……。

 そして、入学式の日。着慣れないブレザーの制服に身を包み、校内を探し回って、ようやく会えた春人くんはびっくりしてたけど、すぐにあのふわりとした笑顔を浮かべて、『つかさちゃん』て呼んでくれた。それだけで、ホッとして、嬉しくて、胸がきゅうっと締め付けられて――やっぱり、この人が好きだ、て痛いほど実感した。

 アドレナリンだかエンドルフィンだか、よく分からないけど、頭の中で分泌しまくり。なんともいえない恍惚感で、胸がいっぱいだった。今にも春人くんに飛びつきそうな自分を抑えるので精一杯。それで、『同じ学校なんだ、嬉しいな』なんて春人くんに言われたから、あたしは思わず、言っちゃったんだ。『春人くんに会いたくて。あたし、春人くんのこと好きだから』て、自分でも引くくらいど直球。そしたら、春人くんは『ありがとう。俺もだよ』って……。

 超爽やかに、お礼言われた。

 動揺のかけらも見えないし、照れる様子もなく……もはや、社交辞令?

 『恭平に連絡しとくね』て、それだけ言って、春人くんは行っちゃって……一気に興奮が覚めて、我に返った。だめだ、て思い知った。あたしの『好き』じゃ、春人くんの心を射抜けない。

 会えない間に、あたしたちの距離は開いて、あたしの『好き』と春人くんの『好き』もかけ離れていたんだ。

 春人くんにとって、あたしはまだ『妹』みたいな存在なんだろう。金魚のフンみたいにくっつき回る、やんちゃで生傷だらけの女の子。

 でもさ、春人くん。あたしも、十六。ごっこ遊びみたいなこと、もう嫌なんだ。

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