彼とあたしの「好き」の距離
立川マナ
プロローグ
少しだけ朝早く家を出て、校舎裏に立ち寄る。赤いリボンにチェック柄のスカート――そんな似合わないブレザーの制服に袖を通して、一ヶ月。それがあたしの日課になった。
校舎の陰で薄暗く、ひっそりと静かなそこには弓道場があって、ストン、ストン、といつも小気味いい音が響いている。
弓道場を囲むように張られた緑のネットにはりつくようにして、弓道部の朝練を覗く。弓を構えてずらりと並ぶ弓道部員の中で、ひときわ目立つ先輩がいた。
ふわりと風に揺れる、柔らかそうな短い黒髪。背が高くすらっとして、袴姿が他の誰よりも様になっている。理知的な顔立ちからは聡明さが滲み出て、堂々たる佇まいは涼やかで凛として、横に並ぶ弓道部員たちの姿が霞んで見える。――少なくとも、あたしの目には。
「今日も
眼福、眼福、と拝みたくなるその袴姿たるや。春人くんと同じ高校にはいるため、必死に勉強した甲斐があったというもの。
弓道場に立つと、春人くんは別人のように変わる。いつもの朗らかな印象とは打って変わって、冷酷ささえ漂わせて的を睨みつけ、弓を引く。おっとりとした優しげな目元が、そのときだけは、煌めく刃みたいに鋭く光るんだ。そして、静かに、でも、確実に。春人くんの放つ矢は、誰よりも優美な流線を描いて的を射抜く。そのたびに、ぞくりと脊髄のあたりがくすぐられる感覚がして、あたしは一人で身悶えた。
あんなふうに見つめてもらえるなら――あの眼差しを独り占めできるなら、あたしは喜んで的になる。そう本気で思っちゃうのは純愛だからか、あたしが変態だからか。
矢を放った余韻に浸るようにしばらく静止してから、春人くんは両手を腰に当て、ふうっと息をつく。そうして、ようやくこちらに気づいたようにハッとして、ふわりと微笑むんだ。本当に嬉しそうに、柔らかに。もう六月も目前なのに、春風でも通り過ぎたかのような清々しさに包まれる。
――その笑顔を、あたしはずっと見ていたいといつも願う。できれば、そばで。
でも、すぐにその笑顔はふらりとどこかへ行ってしまうんだ。
いつものように、後輩らしき女子に話しかけられ、にこやかに談笑を始める春人くんを、あたしはただ見ているしかできない。
年の差は変わらないはずなのに、年を重ねるごとに、春人くんとの距離は開いていった。ほんの数年前まで、手をつないで、笑いあっていたのに。今じゃ、春人くんの笑顔なんて、ずっと向こう。ネット越しだよ。
あのさ、春人くん。そろそろ、気づいてくれないかな? あたしの心もそこの的みたいに、春人くんに射抜かれまくって穴だらけ。もう何年も、野ざらしのまま放置です。
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