第11話「変わらない笑顔と気持ち」






   11話「変わらない笑顔と気持ち」







 斎とお気に入りのカフェに行き、2人で約束通りミントココアを飲んだ。


 「甘い。」といいながらも、斎は最後までしっかり飲んでくれていたし、「おまえが好きそうな味だな。」と、笑いながらそう言った彼を、夕映は少し照れながら聞いていた。


 そして、彼が運転する車に乗って帰るところだった。本当は、家まで歩いて帰れると言ったのだが、「大学の頃使ってた車で来た。」と言われ、その車が酷く懐かしく感じ、見たいと思ってしまったのだ。

 そして、家まで送ってもらうだけのはずが、何故か反対の方向へと向かっていた。




 「あのー、斎………今からどこにいくの?」

 「秘密。」

 「今日は昼間しか空いてなかったんじゃないの?」

 「そのために、昨日は遅くまで仕事をしたんだろ。」

 「だからって、勝手にどこかに行かないで。どこに連れていくのかだけでも、教えてよ。」

 



 夕映がそう言った時、赤信号になり車が停止した。

 斎は、ハンドルに腕を置き、夕映の方を向き、ニヤリとした顔で微笑んだ。



 「俺の部屋。行った事ないだろ?」

 「……帰る。」

 「なんでだよ。」

 「なんでだよ、じゃないでしょ。付き合ってもいない男の人の部屋なんて行くはずないでしょ?」

 「じゃあ、付き合えばいい。」

 「そうじゃないくて!」



 夕映が抗議をしても、彼は楽しそうに笑っており、信号が変わったのを良いことに前を向いてしまった。



 「斎。」

 「わかってる。俺の部屋じゃない。懐かしいところだ。」

 「懐かしいところ?」

 「まぁ、楽しみにしてろ。」



 そう言うと、斎は車を走らせた。その後、何回聞いても彼は目的地を教えてはくれず、夕映は少し不安になりながら、助手席に座り、運転する斎をみるしかなかった。







 「よし、着いたぞ。」

 「えっ………ここって。」

 「俺の実家。懐かしいだろ。」

 「それはそうだけど………。」



 目の前に見えるのは、とても大きく豪華な家だった。周りの家の十数倍も土地が広く、家は外国お城のようだった。庭も広く、プールやテニスコート、屋根付きベンチなどもある。

 大学の頃は、彼は実家に住んでいた。彼の性格からして一人暮らしをしそうだったけれど、実家からかよっていたのだ。

 当時の彼に理由を聞くと、「父親から仕事で学ぶことが多いからな。家にいた方が話す時間も多いだろ。」と言われたのだ。その考え方は、彼が仕事に対して真面目に取り組んでいるのがわかるもので、夕映は彼の姿勢がとてもかっこよく見えた。


 そのため、付き合っていた頃によく遊びに来ていたのだ。

 斎の両親は、パーティーでよく見ていた夕映が恋人になった事を喜び歓迎してくれていた。

 そのため、一緒に食事をする事も多かったのだ。


 けれど、別れてからはもちろん、この家に来ることはなかった。夕映が父親に誘われても、パーティーに行きたくない理由が、ここにもあったのだ。


 車から降りつつも、少し気まずい様子で斎の実家の建物を見つめた。



 「俺の両親なら海外出張中でどっちもいないぞ。」

 「えっ。」

 「どうせ、会ったどうしようとか考えてたんだろ。安心しとけ。」

 「………それを早く言ってよ。」

 「言ったら、目的地がわかるだろ。……ほら、行くぞ。」



 斎はそう言うと、さっさと前を歩いて行ってしまう。

 彼のさりげない気遣いが嬉しくて、夕映は口元を緩めながら、彼の後ろを小走りで追った。



 すると、玄関のドアが開き、黒いスーツを着た男性が立っていた。



 「斎様。おかえりなさいませ。……そちらにいらっしゃるのは、夕映様ですか?」

 「神楽、急に来て悪かったな。」

 「神楽さん。お久しぶりです。」



 夕映は、小柄で細身の50代ぐらいの男性を見つけてすぐに近づいた。彼は、斎の実家の使用人の一人で、大学の頃によくお世話になっていたのだ。いつも笑顔で優しく迎えてくれる神楽が、夕映は素敵だなと思っていた。

 そんな彼に会えたのが嬉しくて、思わず笑顔になってしまう。



 「夕映様。ますます綺麗になられて。九条夫妻は夕映様に会えなくなって寂しくなされていましたよ。」

 「ごめんなさい。でも、こうして神楽さんにまた会えて嬉しいわ。」

 「私もです。今日はゆっくりして行ってください。」

 「ありがとう。」



 数年ぶりに会っても優しくしてくれる神楽と話をしているだけで、当時の事を思い出してしまう。ほんわかとした気持ちになりながら、神楽と話をしていると、斎が神楽に声を掛けた。



 「神楽。こいつの服ってまだあるだろ?俺の部屋にあるはずだから持ってきてくれないか。」

 「え……。」

 「かしこまりました。どのようなお洋服でしょうか?」

 「テニスウェアだ。」

 「かしこまりました。」



 深く頭を下げてから、神楽はすぐに家の中に戻ってしまう。それを目出追いながら、夕映は驚きで斎に何と声を掛けていいのかわからなくなっていた。



 「………どうした?テニスしたくないのか?」

 「ううん。したいけど………。」

 「じゃあ、どうして黙ってるんだ。」

 「……私の洋服とか靴とか、残してあるの?」



 斎と夕映が別れたのは、大学を卒業する間際の頃だ。それから、時間が大分経っている。

 それなのに、彼の部屋に自分のものが置いてある。その意味を考えてしまい、驚きと戸惑いがあった。


 彼は、自分の事を嫌いになっていなかったのだろうか。

 今まで、ずっと。




 夕映の問いかけを聞いた斎は、少しも顔色を変えずに、夕映を見つけた。

 そして、当然の事のようにあっさりと理由を教えてくれた。



 「おまえが勝手に俺から離れただけで、俺はお前から離れたいとは思ってなかったからな。」

 「斎………。」

 「それに、あれから俺も一人暮らしをしてたんだ。お前の荷物は実家に置いたままだっただけだ。」

 「………そう。」

 「ほら、早く行くぞ。」



 斎はそう言うと、夕映の腕を掴んでから、ずかずかと歩き始める。

 その手がいつもより熱くなっており、彼が少し照れているのがわかった。



 斎が久しぶりに会ってすぐに夕映にやり直したいと言ってきた理由。

 それは、本当にただの遊びではないのかもしれない。

 夕映は、そう感じてしまう。



 それが、妙に恥ずかしく、そして嬉しくて。

 繋いだ手から、自分の感情が伝わってしまいそうで、夕映は下を向きながら彼の後ろを歩いたのだった。





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