第10話「素直になれる」
10話「素直になれる」
カフェで依央と会ってから、依央は頻繁に連絡をくれるようになった。
あれから同じカフェで待ち合わせをして本を貸したり、その話をしながら過ごしていた。
夕映を貸した本を、彼はすぐに読んでそして感想を教えてくれた。そして、本を大絶賛してくれるのだ。自分の好きな本を、喜んで読んでくれるのは、夕映も嬉しかったので次々に本を貸して、その都度に会っていた。
そして、俺様で強引な彼はというと、連絡は少なかった。
斎は社長とあって忙しいのか、ジムに来ていても、夕映より早く帰ってしまう事が多かった。それに連絡をくれても夕映と予定が合わなかった。
そのため、すれ違いの日々になっていたのだった。
斎とどうなってしまうのか。
そうやって考えてしまう事もあったけれど、アクションを起こしてこない彼に対して、夕映はどうしていいのかわからずにいた。
斎の告白を断り、「おまえに好きって言わせてやる。」と言われてから、夕映から連絡しずらかった。連絡してしまったら、彼に会いたい、好きになっている、という気持ちを表してしるように感じてしまうのだ。
斎からの連絡を待たないようにしていたけれど、スマホが何かを通知する度にすぐに画面を見てしまうのは、前回から変わることはなかった。
そんなある夜。
図書館で会ってから約1ヶ月が経った日に彼から電話がかかってきた。
スマホの表示に「九条斎」と出ているだけでドキッとしてしまう。夕映は小さく深呼吸をしてから、通話ボタンを押した。
「……はい。」
『遅い。………何回か電話したんだ。』
「え、お風呂入ってたから気づかなかった。」
『なるほど。じゃあ、テレビ電話に切り替えるか。』
「や、やめて!」
『くくく…………冗談だ。』
電話口から彼の笑い声が聞こえる。
それだけで、何故か気持ちがくすぐったくなる。
けれど、その気持ちもすぐに変わってしまう。やっと、斎の声が聞けたのに、モヤモヤとした気分になってしまうのだ。
素直に喜べないなんて、可愛くもないなと夕映は自分でもわかっていた。
けれど、その気持ちは大きくなるばかりだった。
「………どうしたの?電話なんかくれて。」
『別に。』
「…………忙しいなら無理しなくていいよ。」
『なんだよ。………何怒ってるんだ?』
「怒ってなんかない。」
斎と話していると、どうしても怒ってしまう自分がいる。彼の前では女の子らしくしようとかは思わないけれど、異性から見て可愛くはないだろうなと自分でも思ってしまう。
けれど、何故か彼の電話を待っていた自分への苛立ちと、告白までしておいて連絡もしないで思わせ振りな態度を取る彼への怒りが、態度に出てしまうのだと考えると、我慢する必要もないな、とも考えてしまう。
そんな怒っている理由を夕映は考えているというのに、斎は全くいつも通りの返答をしてきたのだ。
『なんだよ。……おまえ、俺から連絡くるの待ってたんだろ。』
「なっ!?そんなことっっ………。」
『あるだろう?だから拗ねて、怒ってるんだろ。』
「そんなことないよっ!」
図星をつかれて焦ってしまう夕映をよそに、斎はいつも通りの冷静な声だった。
『わかるさ。お前の事なら。』
その堂々とした声は、夕映の体にすーっと染み込んでくるように馴染んだ。
周りから見たら押し付けられているように感じられるような言葉かもしれない。けれど、夕映には違って感じられる。
なんでこの人は自分の気持ちをわかってくれるんだろう。そして、それを彼らしく教えてくれる。素直になればいいのに、と。
自分の気持ちにまっすくで思ったことは言葉にする彼らしい態度だった。
そして、夕映はそんな斎の事をとても尊敬していたのだった。
私も、自分の気持ちに素直になりたいと。
「………なんでなのか、わからないけど……。斎からの連絡を待っていた自分がいるの。」
『それで?』
「………だから、電話が来て安心したけど。でも、もっと早く電話がほしかった。」
彼に優しく問われると、素直になれる。
それは昔も今も同じのようだった。
夕映の答えを聞いて、小さく息を吐きながら、少し困ったような声で斎が返事をした。
電話越しで顔が見えないけれど、今、彼がどんな顔をしているのか。夕映には容易に想像出来た。
困ったように、眉を下げて優しく子どもをあやすように笑うのだ。
慈愛に満ちたような、そんな優しい微笑みで、それを見るだけで夕映はとても幸せな気分になるのだ。
そして、それは今も同じだった。
『そうやって言えばいいだろ。』
「そう、だよね………。」
『じゃあ、今日連絡するまで、一人で悲しく過ごしてたって事か。』
「そんな事ないよ!依央くんとお茶したりしてたし。」
『…………依央と?』
素直になれてホッとしたのもつかの間。
口が滑って出はないが、夕映はまた口を滑らせて余計なことを言ってしまったようだった。
斎の声が、先程よりも幾分低音になっていたのた。
それは、彼が機嫌が悪くなった証拠でもあった。
せっかく笑い声まで聞こえてきたのに、と夕映はガッカリしながらも、言い訳を言うしかなかった。
「依央くんがね、飲み会で途中からいなくなった私を心配してくれてたみたいで。それで、会ったときに声をかけてくれて。近くのコーヒーショップで会ったんだけど、そこのコーヒーがお気に入りみたいで!あ、私は………。」
『で、お茶して何してんだよ。』
「えっと……本の話をしてるよ。私が好きな本を教えたら気に入ってくれたんだ。」
『………本の話ね。』
独り言を呟くように、そういうと少しの間、斎は黙ってしまった。夕映は、必死にフォローをするけれど、電話の向こうの彼はドンドン不機嫌になっているようだった。
「ねぇ、斎。明日のお昼は時間ある?そこのキーマカレーがとっても美味しいの。斎にも食べてほしいな。」
『………昼間なら少し時間つくってやれる。』
「本当?よかった。コーヒーもおいしいよ。」
『おまえが好きなのは?』
「え?」
『コーヒーは依央が好きなんだろ。お前の好きな飲み物は?』
「ミントココアだけど……。」
『じゃあ、それにする。』
「……わかった。」
きっと目の前に彼がいたら「何、ニヤニヤしてるんだよ。」と言われているぐらい、夕映の頬は緩んでしまっていた。
斎は、夕映の好きなものを知ろうとしてくれた。それは昔からそうだった。
自分の好きなものよりも、夕映の好きなものを共有してくれようとするのだ。
苦手だったり、好きではなかったりする事もあるけれど、「俺は好きじゃないけど、おまえが好きならいいだろ。」と言って、まずは知ろうとしてくれる。
そんな所が彼の素敵な所だと改めて夕映は思った。
『おまえ、笑ってるだろ。』
「え?そんなことないよ。」
『絶対ニヤついてるな。』
「なんでー?」
『俺と会えるのが嬉しいからだろ。』
「……そういう事にしておこうかな。」
心が温まったまま、夕映は彼との短い時間の会話を楽しんだ。
そして、次の日のデートを少しだけ、楽しみになっていた。
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