<社会人編>ep2

 同窓会の当日、買ったばかりの洋服を着て、駅前のホテルへと向かった。ホテルのフロアを貸し切っての同窓会だ。同級生が一堂に会する。受付を済ませ、中に入ると、もう大勢の人でごった返していた。知らない顔ばかりである。辺りを見回していると、知った顔があったので、接近して挨拶をした。三年生の時の担任の先生である。私が名を名乗って挨拶をしたが、コピペのような表情と会話であった。愛想笑いを浮かべ、お辞儀をし、その場を離れた。どうやら、担任の先生は、私の事を覚えてはいなかったようだ。他にも数人、見たことのある先生はいたのだが、きっと私のことなんか覚えてはいないだろうから、話しかけるのを止めた。

 会場の隅っこで、ビュッフェスタイルの食事を持ってきて、会場の景色と同化する。とても居心地が悪い。それぞれが、中学時代のグループに分かれているのだろうか。皆は楽しい時間を過ごしているようだ。その中で、一際大きく騒がしい集団がいる。私はその集団をなんとなく眺めていると、心臓が激しく飛び上がった。集団の中心にいる人物に釘付けになった。杉本勇一郎君だ。遠くてもはっきりと分かった。杉本君を凝視していると、一瞬目が合った気がして、反射的に目を逸らしてしまった。きっと、気のせいだろう。これだけ大勢の人がいて、そんな訳がない。コンサートに行って、アーティストと目が合った気になったあれと同じだ。勘違いも甚だしい。

 まだ同窓会は中盤だが、私は途中退席することにした。最後にもう一目だけ杉本君を見ようと思って、顔を上げると彼がこちらに近づいてきた。私のはずがない、近くにいる女子達が色めきだっている。ウーロン茶を入れたグラスを口につけながら俯いた。

「もしかして、ジャイ子ちゃん?」

 ウーロン茶を吹き出しそうになった。口元を隠しながら、そっと目だけを上に向けると、目の前に杉本君が立っていて、にこやかに微笑んでいる。私は小さく頷いた。

「うわー懐かしいね。て、言うか、見違えたよ! 物凄く綺麗になったね」

 杉本君は真っ直ぐに私を見つめている。全身が心臓になったように、体が激しく脈打っている。お酒は飲んでいないけれど、顔が熱くなってきた。

「時枝さんや上川は、来ていないの?」

「ルミちゃんは、今日は来られないみたいです。上川君は、ちょっと分からないです」

「どうして、敬語なのさ?」

 緊張を通り越して、吐き気をもよおしそうだ。体が宙に浮いているように、フワフワしている。その後も、中学生時代の思い出話や現在の話をした。

「上川に殴られたのは、強烈だったなあ! 今でも覚えてるよ。今でも付き合いはあるの?」

「ルミちゃんとは、今でも仲良しだけど、上川君とは卒業以来会っていないよ」

 会話を続けるにつれて、緊張が解れてきた。もっとお話がしたいと余裕が出てきた時に、杉本君は呼ばれて別の場所に行ってしまった。去り際に『またね』と、笑顔を見せてくれた。それだけで、十分であった。それだけで、同窓会に顔を出した甲斐があった。短い時間であったけれど、まるで夢見心地であった。

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