<社会人編>ep1

 あれから、十年の月日が過ぎ去った。中学の卒業式で、ルミちゃんと一緒に取った画像を眺めている。今でも童顔の部類にすっぽり入ってしまう私だが、それでも中学生時代は、当然今よりずっと若い。と、言うよりも幼い印象だ。今でも何か月に一度は、ルミちゃんとお茶したり、買い物に行ったりしている。スマホの画面に映る中学生のルミちゃんも可愛らしいのだが、現在は美しさにより磨きがかかり、洗礼されている。まさに、スタイリッシュな大人の女性だ。一緒に歩くのが、おこがましくて、若干恥ずかしさもある。だが、これを言うと、ルミちゃんは物凄く怒るので、最近は口には出さない。

 ルミちゃんは元気にしているのだろうか? そう言えば、現在は会えない期間が過去最長で、次の帰国予定は来月だと言っていた。来月が待ち遠しい、早く会いたいな。だから、今月末に開催される中学校の同窓会には、ルミちゃんは不参加だ。

「合田さん? 業務中にスマホを見ているなんて、余裕ね?」

「す、すいません!」

 同じ総務部の先輩に注意をされ、慌ててスマホを片付ける。パソコンに向き合い、事務作業に戻った。未だに独身のお局的存在の先輩には、何かと小言を言われている。建設会社の事務員として入社して五年。目立つことなく、浮いた話もなく、ルールを守って、ただ真っ直ぐに歩いてきた。他人から見れば、地味で退屈な人生なのかもしれない。だが、私はそれで良いのだ。そんな平凡な毎日を、人生を望んでいる。身の丈に合った、地に足を付けた人生を送っているつもりだ。

 中学校を卒業して、県立の高校へ進学し、地元の短大を経て現在に至る。それなりに友達も出来て、それなりに楽しい時間を過ごしてきた。だが、親友と呼べる存在は、ルミちゃんただ一人だ。それで、十分だ。ルミちゃんがいてくれたら、それで良い。ちなみに、まだ男性との交際経験はない。私は机の下で、スマホを触り、一枚の画像を開いた。私の初恋の相手である杉本勇一郎君が、満面の笑みを浮かべている。画像を見つめているだけで、頬の辺りが熱くなってくる。彼とは中学卒業以来、一度も会っていない。超が付く進学校を卒業し、誰でも知っている大学へと進学したとルミちゃん経由で聞いた。今では、国政進出を果たしたお父さんの秘書を務め、政治の勉強をしているそうだ。杉本君もいずれは、政界へと行くのだろう。私とは次元が違い過ぎて、この一緒に写っている画像でさえも、まるでCGのようだ。

 小さく溜息をついて顔を上げると、お局さんが睨んでいたので、慌ててキーボードを叩く。そう言えば、上川君も元気にしているのだろうか? 彼とも中学卒業以来、一度も会っていない。ルミちゃんの話だと、高校進学後猛勉強をして、俗にいう一流大学への進学を果たしたそうだ。しかも驚いたことに、弁護士資格を一発で取得し、今では弁護士事務所で働いているそうだ。あんなにもやんちゃだった上川君が、弁護士になっただなんて、未だに信じられず冗談みたいだ。『ジャイ子』という奇妙なあだ名も、中学校とともに卒業した。当時の感情はあまり覚えていないけれど、そんなあだ名でさえも懐かしく思える。

中学校時代に、輝いていた三人の光は、今でも健在のようだ。私は影ながら、彼女達の活躍を応援していきたい。

 定時が過ぎ、私は身の回りを片付け、帰路へとついた。会社を出た所で、同年代の男性社員に飲みに誘われたが、丁重にお断りした。お酒はあまり得意ではないので、場をしらけさせてしまう恐れがある。何よりも帰りに本屋さんに立ち寄って、ファッション誌を購入したい。そして、その雑誌に載っている可愛い服に似た服を、週末の休日に探しに行く計画を立てている。私の手取りでは、雑誌に載っている服なんか、手が出るはずがない。毎月、コツコツと溜めてきた貯金を叩けば、買えなくもないだろうけれど、それでも無駄遣いはしたくない。額が膨れていく預金通帳を眺めるのは、喜びではあるけれど、それと同時に虚しさも感じなくもない。いったい、何のためにお金を貯めているのだろう?

 実家に帰宅後、一通りのことを済ませ、ベッドに潜り込む。日課の読書の前に、中学校の卒業アルバムを開いた。ルミちゃん、杉本君、上川君、そして私。皆、まだまだ子供だ。アルバムをペラペラと捲るが、この三人以外の生徒をほぼ覚えていなかった。他の生徒と話した記憶もあまり残っていない。他の生徒達の印象が薄いというよりも、あの三人の印象が強烈過ぎたのだろう。そう考えると、急に同窓会が不安になってきた。一番の不安要素は、間違いなくルミちゃんの欠席だ。奇跡的に、帰国が早まったりしないかな? そんなことを願ったりした。杉本君も来るのだろうか? 忙しいみたいだから、あまり期待はできないけれど、一目見たい。上川君には、まだジャイ子と呼ばれるのだろうか? 

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